あの日
『ねえ、はるまくん!こーしえんにいこ!』
『...なに、それ?』
『すごいところ!やきゅうのじょうずなひとだけがいけるんだって!』
『...やきゅう、したことないけど。』
『だいじょーぶ!はるまくんならきっといちばんになれるよ!』
幼い兄妹、あるいは姉弟のようにみえる子供たちが、辺り一面黄色の花が咲き誇る庭園で戯れる。
少女は一目で質の良さがわかる白を基調とした黒いフリル付きのドレスと、幼いながらも際立つ美貌を除けば、背格好相応の快活さが覗える。
しかし対する少年は、服装も容姿も少女に引けを取らないものの、活発さは感じられない。
とは言え、皮肉たらしい表情を浮かべているわけでもない。おそらく、物静かな性格なのだろう。
『かっこいいんだよぉ!ぴっちゃーってひとが”いちばん”なんだって。はるまくん、きっとにあうよ!』
『........。』
少女が夢見心地のうっとりした表情で言う。そんな彼女をあまり感情の覗えない瞳で見つめる少年。
少女はそんな少年の気を引きたくて、早口にまくりたてる。
『おとこのこだけしかだめだから、わたしとあきははおうえんするの!はるまくん、すぽーつとくいでしょ?やろうよ!』
『......かなのちゃんは、ぼくがやきゅうをやると、うれしい?』
『え..う、うん!とっても!』
あまりにも直接的に訊かれたので多少はどもってしまったが、答えに偽りが無いことを伝えるため、身振り手振りを全力で行う。
『...うん、わかった。ぼく、やきゅうやるよ。』
『ほんと!やくそくだよ?ゆびきりゆびきり!』
ふたりは互いの小指を絡め合い、そっと唇を啄ばむように重ねた。ふたりの約束の仕方は、いつからかこのような形と決まっていた。
『あー!またちゅーしてる!はるま!おねーちゃんからはなれて!』
そこへ、ふたりの姿を認めるや否や一人の少女が駆け寄ってきて、少年を少女から手荒に引き剥がそうとする。
『あきは...!はるまくんにらんぼうしないで!』
『うぅ!...は、はるまのせいだもん!あきははわるくないもん!』
『.....ふふ、あはははは!』
駆け寄ってきた少女は、先の少女ととても容姿が似通っていた。違うのは『色』位だろう。此方の少女は、黒を基調とした白いフリル付きのドレスを身に纏っている。
そんな鏡合わせのようなふたりが言い争う様子は、物静かな少年にとっても、声を上げて笑い出してしまうくらいには愉快だった。
『かなのちゃん、いいよ。ぼくはきにしてないから。...あきはは、だいすきなおねーちゃんをとられたくないだけだよね?』
『うぅ!...はるまなんかきらいだぁぁぁぁ!?は、はなせぇ!』
突然少年に手を握られ、なんとか振りほどこうとする少女だが、一向にほどけない。
『かなのちゃん、そろそろもどろう。たぶん、あめ、ふってくるよ。』
少年は、空いている左の手を、もう一人の少女に差し出す。
少女は、その手を取り、嬉しそうにに抱きついた。
『えへへ。はるまくん、あったかーい!』
『...いまはなつだよ?あつくない?』
『もう!こまかいことはいいの!』
『こぉらぁ!はーなーせー!』
三人はいつものように並んで、いつものようにじゃれつき、いつものようにゆっくり歩いていく。
いつまでもこんな時間が、続くと信じて。
この日想った未来が、訪れることを疑わず。