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目的地である街には冒険者ギルド、があるそうです。あの女性が指していた冒険者というものは、正式にはこのギルドに所属している人たちを指すものなのはオマケ知識でわかっていましたから、冒険者になるにはどうすればいいかはこれまたオマケ知識で大体わかってます。あたしは道行く人達に冒険者ギルドの場所を聞いて向かいました。前にお世話になっていた街に比べるとゴミゴミしているというか活気のある街ですが、教えられた通りに歩いたら着きましたから、人はそんなに不親切では無いようですね。しろくまの着ぐるみに一瞬ギョッとしていましたけど。
どこの西部劇の酒場だよ、と思うバタンバタンするドアを開けると、すぐ正面に女性が座っているカウンターがありました。左手には酒場が、右手にはハローワークのような掲示板とレコードショップのような棚が据えられている、カフェのようなスペースがあります。酒場のほうが本当に飾りっ気もなく木の丸テーブルに丸椅子がズラッと並んでるだけなのに比べると、カフェのようなスペースのほうは、観葉植物のようなものが置いてあったり、机や椅子もちょっと洒落た物が置いてあります。この差は一体…と眺めているとカウンターの女性から声をかけられました。
「どうしましたか?もふもふの方〜?」
「あ、すいません。冒険者登録に来たんですが、つい、中を見てしまいまして。」
「うふふ、初めての方は結構そんな感じの方がいらっしゃいますよ。」
うふふなんてそんな笑いがお似合いの美人さんは、喋りながらも一枚の紙を渡してくれました。一緒に渡された鉛筆のような物で名前や得意な攻撃方法などを書いて返します。最後に、水晶玉のような物に素手で触れて欲しい、ということでしたので、着ぐるみを上半身だけ脱いで触ります。って酒場のほうから何故かどよめきが聞こえて来たような…。
「あらあらうふふ、花梨ちゃん、そんな格好、確かに私がお願いしたことですが、早く何か着たほうがいいですよ?」
「え、っと。あ、そうかそうですね。すいません。」
記入した紙を見て名前を確認した様子の美人さんから指摘され、慌てて着ぐるみを再度着込みます。そうでした、ビキニトップだけしか上半身には着ていませんでした。
「…測定用の器具が全然反応しなかったのでもしやと思いましたが…冒険者には向いていないかもしれませんよ?」
「え?」
「冒険者に向いていないかもしれません。」
「ええ!?」
「あのですね、測定された能力値が絶望的なのですよ。子供以上、一般の女性以下で。その代わり、何やら見たこともない加護があるようですので、それ次第なのですかね…。」
「加護というと?」
美人さんが素敵な上目遣いでこちらをちろっと見上げてます。まぁ、座ってるから自然とそうなるのですけど。
「加護というのは、それがあるだけで何らかのボーナスがあるものですね。例えば火の神の加護であれば感じる暑さが減少するとかですね。
で、花梨ちゃんの加護は、服飾の神、ベルーナ様の加護のようですが…”メガネ女子着ぐるみ無双の加護”。
それと、鍛治神フォルゴレの、”揺れる双峰、メガネ女子無双の加護”。」
美人さんが気まずそうに目を逸らしました。ええ、そうともさ。見たまんまですもん。…あの女性はベルーナ様っていうんだね。フォルゴレさんというのはあのハルバードを作ってくれた人なんでしょうか。よくわかりません。
兎に角、冒険者証自体は発行するし、依頼の受注や素材の買取なども問題ないそうです。ただ、実力の程がわからないので腕試しをして、大体のランクを定めて受けれる依頼の難易度を決めるとのこと。モンスターを倒す以外にも本当は色々と試験した方がいいとは思うのですが、そういうのは無いのでしょうか?。
一応聞いてみたところ、特にそういうのは無いらしいです。普通は新人の頃に先輩に連れられて覚えるそうで、登録直後は数回ギルド指定の人について行くのが通例とのこと。無論、それはもう充分身に付いているからと拒否することが可能らしいんだけど、自信がないなら一緒にいっておいた方がいいとのこと。そうだよね、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥ってね。
そうこうするうちに、ギルドの職員さんの準備が出来たとのことで、訓練場へと連れて行かれます。そこにはなんだか年季の入った様子の胸部と小手がプレートアーマーの厳ついおじさまと、割と軽装備のレザーアーマー着用のひょろっとしている隻腕のイケメンが待っていました。
訓練場は全てに屋根が掛かっているわけではなく、真ん中の辺りの天井からは空が見えます。そこからは光が差し込んではいますが薄曇りで暑すぎることもなく、過ごしやすい陽気です。
ただ、基本的にあたしは着ぐるみの中なのでとても快適です。着ぐるみなんて蒸れっむれで汗だくのイメージがあったのですが、まぁ、シモの処理までしてくれるわけなのでその辺は超性能ということなのでしょう。…そういうわけで、着ぐるみの中はさっきのビキニトップ以外はすっぽんぽんだったりします。じゃないと汚れるからね。
その格好はなんだ、と聞かれたことでそんなことを思い出していると号令がかかりました。先攻は厳ついおじさんのようで、腰からスラリ、と幅広のロングソードを抜くと、来いと言わんばかりに左手をくいくいと動かします。
お言葉に甘えて、といったところでしょうか、予備動作無しで全力で踏み込むとハルバードで彼の柄を下からスピード重視の最小限の動きで思いっきり叩きます。厳ついおじさんはどうも油断していたというか、反応出来ずにアッサリと剣を手放す結果になりました。…飛んでいったロングソードが高い天井に突き刺さって落ちてこないんですが、謝ったほうがいいのかな…と見ていると、勝負あり、の声が掛かります。
「何やってんすかデグースさん。」
「…お、おお、反応出来んかったわい。すっかりやられたな。」
「す、すいません。剣、天井に刺さっちゃったようで。。。」
素直に謝ると、片腕の青年が手をヒラヒラさせて心配ない、といってくれました。後でデグースさんが自分で取るから、と。
「冒険者にはランクがあるんだけど、そうだねえ、デグースさんは数年前に引退したとはいえAランクまでいった人なんだよね。その人に一発完封勝利ってことだから、B相当もしくはどんなに低くてもCランクからスタートじゃないかな?」
ランクのことはともかく、ダンジョンにも入れますか?と尋ねると勿論、という返事が来ました。先程聞いた、その他のことはデグースさんがそのまま担当してくれるらしく、モンスターの解体からダンジョン内でのキャンプの仕方やマナー、その他細かい暗黙の了解なども教えてくれるとのことでした。一応、レイアさんからも大まかなことは聞いていますが、もう一度現地でちゃんと教えてもらうのがいいかもしれません。今日すぐ、というのも無理があるということで、明日からダンジョンに潜ろうということになったので、お勧めの宿屋を受付嬢に聞いて泊まりました。お風呂も完備でいい宿屋です。
予期せずおっぱいを衆目に晒したこともあって、襲われるかもとか心配していたのですが、デグースさんを完封したことが知れ渡ったというか受付嬢さんや本人が吹聴してくれた結果、何も起こらずに翌朝を迎えました。
約束していた時間にギルドに向かうと、デグースさんはカフェのようなスペースで普通にコーヒーのような物を飲んで待っていました。てっきり酒場のほうにいるかと思ってました。厳つくて正直ここにいるのは似合いませんが、それは言わないお約束。
「おお、カリン。おはよう。」
おはようございます、と返すと厳ついその顔を少し緩め、手を差し出して来ました。
「それじゃしばらくの間よろしく、だな。一応希望通り、基本的な事から一から教えるからな。」
デグースさんとのダンジョン行は、一週間に渡りました。言っていた通り一からモンスターの解体にダンジョン内で冒険者とかち合った時のマナーやら何やら、みっちりと教えてもらいました。予定と違ったのは二人揃った時の破壊力と撃ち漏らしのなさが半端なく、初心者どころか上級者の潜るような深い階層まで到達してしまったということでしょうか。デグースさんも思わず復帰しようかなとかこぼしていましたが、いやいやと首を振って自分で否定するという作業を繰り返してました。
デグースさんは相当真面目なようでしたが、すぐに及第点だと放り出さずに一週間みっちりと先生役をやってくださいまして、おかげで行ってない階層の部分についてもすぐに必要になるだろう、と色々な情報を教えて貰え、本当に助かりました。そろそろ潮時どころかやり過ぎだなと先生役を降りたのは、本来Aランクの冒険者達でバランスよく構成されたグループがたおすフロアマスターを二人で勢いとはいえアッサリと倒してしまった時でした。二人で戦利品を山分けし、ホクホク顏で帰りながらも、明日からは誰か相棒を見つけるか、一人でやるならこんな深いところまで潜らずにまず浅いところで頑張るんだぞ、とお言葉を頂いて免許皆伝を頂いた次第です。
その後、一人でダンジョンに潜る日々が続きました。デグースさんの言いつけは特に守らず更に深い階層に潜っていきましたが、危なげなく狩り続け、お金も順調に溜まっていきます。何せ、武器も鎧もアーティファクトの為に滅多なことでは損耗せず、出費は食料の類だけなのですから。しかも、アイテムボックスに荷物も戦利品も入れ放題。他のグループの様に荷物持ちの人足も要りませんし、そういった人を守ってあげる必要もありません。着ぐるみの超性能に支えられたあたしは罠も何もかもを踏み潰してはモンスター達を蹴散らかし、ずんずんと奥に突き進み、数ヶ月経ったある日、最下層に到達しました。
そこで待ち受けていた、というか、最下層を探索し尽くした最後の部屋は、寝室でした。そこにはSF映画で見る様なコールドスリープ装置が置かれ、中には一人の人型に見える何かが横たわって居ました。鍵が掛かっていたことでドアを蹴破った時にスイッチが入ったのか見る間に解凍され、あたしが覗き込んでいるのに御構い無しにガルウイングの様に上にカバーが跳ね上がりました。わわわ、と避けれたので事なきを得ましたが、危ないです。
中から出てきたのは一人の中年に差し掛かった男性のようでした。ただ、完全に生身の人間というわけではなく、サイボーグ化された人のようです。話をしてみると、百万年ほど前に滅びた文明の生き残りという事でした。現状の話などをしてみるとどうやら文明レベルは地球の物よりも相当先に進んでおり、現状のこの世界の技術や人種的にも断絶しているようでした。何せ、見た目からして全く違いますしね。サイボーグということを差し引いても全く違うのです。
これからどうするのかを聞いたのですが、文明がある程度進むまで、また寝るとのことでした。それでもこのコールドスリープの装置は何度も凍結、解凍を繰り返しても大丈夫な仕組みだそうで、もふもふも素敵だし気が向いたら遊びに来てねとのことでした。好みの顔をしていたのでモフらせて、と言われた時に断れずにモフらせてしまったのは秘密です。
それに、折角知り合ったしと、ここへ瞬時に来ることができるマジックアイテムもいただきました。今周りがどうなってるかわからないから、ということで外に出ることの出来るアイテムなんかは貰えませんでした。まぁ、往復してたのが片道になるだけでかなり楽になるわけですし、よしとしましょう。
◇◇◇◇◇
しかし、友達が出来たとやる気に満ちたあたしを待っていたのは、あっけない幕切れでした。着ぐるみを含めアイテム類を身につけていないお風呂に入っていた時に襲われ、抵抗も出来ずに殺されたのです。幸運にも金銭目的でしたし、泥棒さんは女性でしたので犯されたりとかはせずに済みましたが、それにしてもなんというか、こう、残念です。彼には二、三回しか会いに行けませんでした。
まぁ、目的も無くただ最下層に向けて突き進んでいただけでしたけど。ただ、本来の目的である、しろくまやゴーレムの着ぐるみを着て大暴れしましたし、恥ずかしい話たっぷりおっぱいも揺らしてますし、加護をくれた二人も満足するでしょう。薄れていく意識のなかでそう考えたところで、不意に場面が切り替わりました。
「ああ、キミは…ふむ。」
殺風景な部屋の中でオフィスに置いてあるようなデスクに座った方が黒縁眼鏡を押し上げながら書類を確認しています。老眼、ですかね。
「そうだよ、老眼。…で、書類を見た結果、あなたが生まれ変わるのにはかなりボーナスをつけてあげないとならないことがわかったよ。」
考えたことが伝わったことに若干驚きながらも、そうですか、と首を傾げると、座っていた方がにっこりと微笑みます。
「君が彼女から渡されていたアーティファクトの類は全部アイテムとしてではなく、君の能力として組み込みます。流石に取得していた金銭や素材の類はアイテムボックスからは消去させてもらうけど、得ていた技術や記憶は殆ど残してあげられるかな。まぁ、流石にちょうどいい年齢からのスタートとかではなくて、転生先で普通に生まれてもらうけどね。」
わかりました、と頭を下げると男性は頷きました。
「まぁ、同じ世界だから。ただ、年代は千年ほど後の世界だよ。ボーナスがつくのは今生に限るから、また油断してうっかり死なないよう頑張ってね。行ってらっしゃい。」
一度死んでしまったけど、友達になったコールドスリープした彼にまた会えるのはちょっと楽しみかな。あたしの冒険が、また新たに始まる。