いち
ふと、気が付くと、目の前に顔を出すところがぽっかり空いている着ぐるみが三体、目の前に何かに吊るされているかのように浮かんでいました。そもそもですが、その着ぐるみ以外に周りには何もありません。真っ白い空間が広がる中に私は何故かいました。
「…何してたんだっけか。」
思わずそんな声が出て。思い出そうと頭を捻っていたところに声が聞こえました。
「あんたさっき死んだところだよ。魂が消えてなくなるところをおれがちょちょっと捕まえてここに連れてきたってーわけだ。」
「…そうでしたか。あたしの記憶だと確か大学に行こうとしてたような気がしたんですが」
「ああ、薬でラリった男が後ろから車で突っ込んだんだよ。即死だったからな。痛みも無くてよかったろう。」
「…ふむ」
蓮っ葉そうな目つきの悪いお姉さんが露出の高い服で胡座をかいた格好で目の前に現れると、指で着ぐるみを指差しました。正直着ぐるみよりもそのこれでもかと強調された胸の谷間や、見えそうで見えないしゃらしゃらとした飾りのついたベリーショートなスカートの下が気になります。
「で、だ。こいつをどう思う?」
「着ぐるみ、ですか。しろくまみたいのはもっふもっふで可愛いですし、ゴーレムというか某国営放送の○ーも君みたいのも可愛いけど、最後のワイバーンみたいなのはどうやると人が動かせるのかっていう感じですけど、デフォルメされてて可愛いですよね。」
あたしも可愛い物は大好きです。が。
「そうかそうか。中々わかるじゃないか。それがな?こいつらはおれが作った一品物のアーティファクトなんだけどな?着るとすげえんだよ。クマは可愛いのに超馬力が出るし、ゴーレムも馬力はすげえんだが防御力はもっとすげえ。ドラゴンは空も飛べるし頭からいかづちも吐けるしよ。」
目をキラッキラさせながら嬉しそうに話す女性に内心ちょっと呆れながらも、まだ幼い従姉妹が喋っているかのようにすごいねぇ、そうだねぇと相槌を打っておきます。
「でもよ、おれが着るんじゃ意味ねえのよ。可愛いところがみたいし、おれはそもそも怪力だし素で空だって飛べるし、生半可な攻撃じゃ傷一つつかないしな。だからよ。あんたこれ着てくれねえかな?」
「えっ?」
「黒縁メガネのちんまい巨乳女子が着ぐるみで大暴れ。最高!」
ぐっ、とサムズアップした女性をおっさんか!とツッコミたいところだったものの、なんとか我慢していたのを渋ったのかと勘違いしたのか女性は条件を上積みしてきました。
「えとな、早着替えも出来ねえとアレだし、意のままに物を出し入れ出来る空間系のアーティファクトもつけるし、大暴れする為のごっついけどちょっとキュートな専用武器も付けるしさ。何なら空調にトイレや風呂、水周りも完備の、外見テントに見えて内部は立派な家、認証したやつしか入って来れないセキュリティ万全なイミテーションハウスもあげるからさ。無論、あんたのいた世界じゃないから言葉も問題無いようにしとく。どう?」
「…あたしが断ったところでただ死ぬだけなんでしょう。やりますけど、もっふもっふして大暴れする以外に何かやらないといけないんですかね?」
女性はブンブンと横に首を振ります。
「確かにあんたの行く世界には魔王とかいるけどさ、あいつイケメンだし、特に人間達の王に比べても悪いことしてないし。…そうだな、余生を拾ったと思って冒険者稼業でもしたらどうだい。金も稼げるだろうし、こいつら着てたらまず死なねえからな。」
「そ、そうですか。わかりました。」
女性はちょっとホッとした様子で頷きました。こちらも小説みたいになんか大変なことをしなきゃならなくても良さそうなのでホッとします。
「よかったよ、断られたらまーた可愛い女子が死ぬのをまって規則違反して連れてこなきゃならんかったからな。」
「き、規則違反?」
マジですか。
「ああ、本当はこうやって魂を捕まえるのはおれらみたいなものづくりの神はしちゃいけねえんだ。」
「ええと、大丈夫なんですか?」
「まあ、今までずっと真面目にお勤めしてたからな。大丈夫だろうよ一回くらい。…ああ、あんたについても大丈夫だぞ。むしろ今度死ぬ時はおれとかから無体を強いられたってんで転生ボーナスが付くはずだ。美味しいだろ?」
「は、はあ。わかりました。」
困惑するあたしに比べ、女性はニコニコしていましたが、ぬん、と気合を入れるとあたしの背中をバンっと叩きました。痛い。
「よし、いろいろとオマケしとくからさ、頑張っておくれよ。こっそり眺めて勝手に癒されてるからさ?」
その言葉を最後にあたしの世界はあっさりと暗転していくのでした。
◇◇◇◇◇
つん、つんつん。
あたしは突つかれて目が覚めました。どうやら森の中の獣道でうつ伏せになっていたようで、体を起こすと目の前には太めの木の棒を持った少年が一人、びびった様子で立っていました。アレで突つかれたのでしょうか。
「うお、死んでたと思ったのに立ち上がった!?…って何これ。人入ってたのかよ」
「悪かったわね、死んで無くて。ところでここは…ってトレーボルの村の近く?」
なんでだかわからないけど、というかさっきの女性のオマケとやらだろうけど、自分がどこにいるのか、それがどこなのかは何と無くわかるようでした。右も左も分からないよりはいいんだけど、それはそれで何かつまらないような気もするのは贅沢、うん。贅沢だね。
「お、おう…。そ、そうだけど。姉ちゃん何それ。毛皮着てんの?」
「ええ、着ぐるみっていうのよ。本物よりは可愛いでしょ?」
「そうだな、なんか可愛い…ああ、姉ちゃんも可愛いからな、キグルミってーのだけが可愛いんじゃないからな」
とってつけたようなお世辞に思わず爪を伸ばして少年のほっぺを抓ります。
「イテテテ、もげる、もげるぅー!」
「アラゴメンナサイネ?」
「なんだよ、褒めたんじゃねえかよう。」
「ふん、どうでしょうね。」
手を離しつつ、少年の格好をよく見ます。はて。道に落ちている動物の死体を拾って売らなければ困るような見窄らしい格好はしていません。むしろ、生きてるかどうかわからないような物に触って危険に近付くなんて、御付きの人から怒られるような感じです。って御付きの人なんて側には見えませんねぇ。
「ところで少年。そんな立派な服着てるのになんで森の中で一人なの?」
「…それは語るも涙的な…。いて、いひゃいっへ!」
この口か!とばかりにほっぺをしろくまの爪でまたしても器用にも抓りあげると、少年は私のもふもふの腕に縋りながらちゃんと話す、話すからぁ!と涙をにじませています。ちょっと可愛い。
「はぐれて迷子なんだよ。」
「それはシンプルね。…それじゃお姉さんはもう行くから。」
「ちょ、ま、せめて村まで」
「まーたーなーいー」
後ろをくるっと振り返って立ち去ろうとしたあたしの背中に、少年が抱きつくように縋りついてきます。
「こら、変なところ触んない!縋るふりしてお尻にぐりぐりしないでよこら!」
「うほぅ、もっふもっふ…。」
「こんの、エロガキめ!」
あたしは縋りついている少年をべりっと引き剥がすと、顔の前に片手でぶら下げました。本来であればそんなこと、ただの女子大生であるあたしには無理なんだけどそれはさすがに怪力の着ぐるみ。糸でも垂らしてるのかという感じに軽いです。
「で、遺言は?」
「えええー!?」
「せめて村の方に投げてあげよう?」
乙女の尻を無断で味わった罪は重いのです。が、少年はじたばたしながら抵抗します。まぁ、あたしも本気でぶん投げたりはするつもりは無いんですけどね。本当ですよ?
「ど、どうせ姉ちゃんも歩いて村にいくんだろ?いいじゃないかよう。」
「残念でしたっ。さっと飛んでベリースクに行っちゃうのよね。」
「クマなのに飛ぶの!?」
「しろくまは飛ばないわよ?」
「じゃあ魔法か!」
「それともまぁ違うんだけど、まあそんなものよ。」
しつこいのもまぁ危険を考えればそんなものか、と思いながらも身なりの良さを考えれば、連れて行った先に待っているのは面倒かお礼かのどちらかなぁ、と考えているといつの間にか数人に囲まれていました。立ち回りなど経験のない私だけれど、とりあえず周りを見回してなんとなく数を数えると、道の前後に四人、茂みに三人の計七人。みんななぜか息を切らしてますが、なにがしかの得物を手にぶら下げています。
「…少年、この人達は知り合いかしら?」
「さっき馬車を襲った人たち、かなー、ははは。」
乾いた笑いをする少年を無視し、汗だくの男達の中でも一際悪者顏の男が剣であたしを指しながら口を開きました。
「そこの、もっふもふのカワイイ姉ちゃん。悪いことはいわねぇ、その坊主をよこしな。じゃねえと…わかるな?」
「…渡さないと身の危険を感じるわね。…というかなんでみんな期待に満ちたような目をしてるのかしら!?」
「…もっふもふでちょう気持ちいいぜ?毛皮も姉ちゃんの尻も」
「!って何言ってるのこの子は!遠慮なく引き渡すわよ!?」
一瞬リーダーと思しき男と隣にいた男がきょとん、とした顔でお互いを見あいましたが、にやり、と笑うと再度こちらを向きます。
「…やっぱ両方ゲットすっか、野郎ども!」
「きゃああ、このクソガキぃぃぃ!」
迫り来る男達を視野に入れつつ、どうせ結果が同じならと子供をちょっと離れた藪の中に放り投げます。あわわわ、と武器を取りだそうとして地面にドスンと落としてしまいました。が、その武器の重量がとんでもないものだった様子で、落とした、ただそれだけのことで長物の頭は地面にめり込んでしまっていました。男達がそれを見て一瞬動きが止まったのをいいことに、それを引っ張るかのようの掴み、あたしはハンマー投げの要領で一回転。
たったそれだけのことで、子供を確保に行った一人を除いた全員がミンチになって吹き飛ぶ、という状況となり、それを引き起こしたあたしも、どごでごぐしゃぁぁぁっ、という音で振り返った残りの男も呆然と立ち尽くしています。
あたしはただ、闇雲に振り回したつもりでした。それが、まるで如意棒のように柄が伸びると、長物の先端についている、ハンマーようになっている部分がちょうど男共に当たるくらいの長さになったのです。
ちなみに、片側は肉球マークのハンマーですが、反対側には斧がついていて、柄の延長上の先端には爪のように見える太い刃物が一本ついている、ハルバードのようないわゆるポールアーム武器というものかな。何故か槍でもないのに朱色。というか、金属部分まで見事な朱色で、血の色があまり目立ちません。
まだ一人いる、とハルバードを両手で横に構えます。じり、じり、と一歩ずつ子供と残っていた男のところににじり寄ると、敵対関係にあったはずの二人が腰を抜かしたのか、座ったまま同じ方向に後ずさっています。
「ひ、ひぃぃ、わ、悪かった、俺らが悪かった、て、手をひく、手を引くから、た、助けてくっ」
「…!」
「あわわわわ」
男もテンパっているようだけど、あたしも充分テンパっているんです。仲間を呼ばれたら、とか、振り回して偶然当たったけど次はどうすれば!とか頭の中でぐるぐると考えが回って。
こちらを向いて後ずさっていた男が振り向きざま立ち上がったのをみて、さらにテンパったあたしは、ハルバードを男にぶん投げてしまいました。足の方に飛んでったのは欠片ほども残っていなかった理性の成せるワザでしょうか。それでも着ぐるみの補正なのでしょうか、男の太ももを貫抜いて地面へと縫い止めています。あまりの痛みに男は悶絶していますけど。
それを見て、すぐさま正気に返った子供が男の武器などを取り上げて男をガクガクと揺さぶってます。未だ刺さっているハルバードがとても痛そうです…。
「父さまは!母さまは!」
「ぎ、ぎゃああ、やめ、やめろおおお、いういう、いうから、あああ!」
その様子に既視感を感じながらもあたしはその様子を腕を組んで黙って見ていました。情報は必要ですからね。
「おめえが逃された後、ほ、殆ど馬車に乗ってた女に撃退されちまったよ!逆転の手のつもりで坊主を探したってぇのに!くそ、って痛ってぇ、ちょ、ぐりぐりすんな坊主ぅぅぅ!」
「さすが母さまだ!」
だから汗だくだったんだ、と今更ながら納得したあたしでしたが、そこで人殺しをしたことを思い出してしまいました。あまりにもあっさりやってしまったし、テンパってしまってたから忘れていたんだけど。
でも、なんともない、ですね。
こう、何というか小説とかでは葛藤が、とか、このぶちまけられた内臓とかでゲロをこう、ということも特になく。なんというか、血の匂いがすることはするのだけれど、あまりひどく臭うわけではないのです。これも着ぐるみ効果なのでしょうか。というか、目の前の男もしっこやらうんこやら漏らしてるようだけど、特に臭いません。まぁ、視覚だけであればほら、ホラー映画やら何やらでこう、耐性があるわけですよ。こんなもの、さいしんのしーじー、と思えばなんてことはありません。五感がフルに影響するのであればまた少し違ったのかもしれないですが、必死だった上に、振り回したときも特に感触もなかったですし。そんなこんなで心が落ち着いて来るのを確認したところで、あの女性におまけでもらったっぽいこの世界の一般常識を元に子供に声をかけました。
「ねぇ、そこらの男達から使えそうなもの集めてくれないかしら、坊や?助けてあげたわよね?」
「な、お、おう…。」
少し嫌な顔をしたものの、子供はおとなしく死んだ男達や、今尋問していた男の腰や背嚢から使えそうなものを集めて来てくれました。
「盗賊を返り討ちにしたんだから、その持ち物はあたしのもの、でいいのよね?」
「うん、いいはずだけど…。」
「よし、ありがと。」
何本かは衝撃で鞘など使い物にならない物もあったけど、数本の剣や短剣に金貨や銀貨、幾許かの宝石などを男達は身につけていました。それに塩などの調味料。背嚢もそのまま使えるものが多いようだったので、これは後でちょっと血を洗い流したりしようと思う。ざっと金目の物を選り分けた後、子供を手招きして金貨を一枚手の上に乗せました。
「集めてくれたお駄賃よ。正直触る気になれなかったから、助かったわ。」
「お、おう」
そういって頭を撫でてあげると、子供ははにかんだような笑顔を見せた。正直、このあたりの物価なんかはイマイチよくわからないのだけれど、母さまとか父さまだの言うところをみるといいところの坊っちゃまなのだろう、金貨とはいえ端金なのかも知れない。だけど、気持ちは気持ちだからね。
「それにしても意外と持ってたわねぇ。金貨に宝石、宝飾品なんかも価値なんてさっぱりわからないけど幾つかあったわ。」
所謂アイテムボックスのアーティファクトを発動して戦利品を格納すると、痛みに呻いている男を着ている服で後ろ手に縛り、今更殺すのもアレだし、と刺したままだったハルバードを抜いて子供の方を振り返ったところで、がささ、と音がしたと思ったら途端に脇腹に軽い衝撃が走りました。
「なっ!?」
「んっ?」
また子供が抱き着きでもしたのかと衝撃のあった方を覗くと、そこには腕を押さえて剣を取り落とす妙齢の女性の姿がありました。
「母さま!」
「ええと…。」
どうやら斬りつけられた様子。でも着ぐるみがびくともしなかったので腕を痛めた、といったところでしょうか。子供が母の元に駆け寄りました。慌ててあたしもフォローの言葉を投げかけます。
「だ、大丈夫ですか?」
「か、母さま、このお姉さまが助けてくれたのです!敵ではありません!」
お、おねえさま…さっきまで姉ちゃん呼ばわりだったじゃないの…。まぁ突っ込んでも仕方がありません。
「!す、すみません、息子の恩人に勘違いとはいえ刃を向けるなど…!」
向けるどころか思いっきり当たりましたけど。多分、あたしがこれ着てなかったらまっぷたつとかそんな感じじゃないかしら。
「いえ、結果的に息子さんに怪我無く…ってちょっと擦り傷が?放り投げられた時に?あはは、ゴメンね。…で済んで良かったです。」
「本当に、ありがとうございます!万が一守りきれない時の為に逃したはいいものの、それが裏目に出てしまいまして…。」
結果的に見捨てることにならずに済んだし、まだこちらにも慣れてないのに事情聴取だのなんだのと面倒くさいことになってもアレだし、とお暇させてもらおうと試みます。
「盗賊どもから貰う物ももらいましたし、保護者の方も来られたようなので、あたしはこれで失礼をば…」
「いいえ、是非我が家でお礼を!」
「お姉さま、是非!」
「えーと…」
結局、押しの強い二人には敵わず、しかも遅れて現れた護衛やお父さんらしき男性からも囲まれて説得されついていく羽目になりました。
ちょうど修理が終わったらしい馬車に一緒に乗せられ、がたんごとんと運ばれて行きます。脱がないの?と聞かれましたが、着替えも何も持っていませんし、脱いだらきっと裸です。というか、トイレしたい時はどうしたらいいんだろう、と思ったら、頭の中にちゃんと答えが準備されていました。と〜っても抵抗がありますが、そのまま垂れると一瞬で分解されて消えるそうです。確かに着てても暑くも寒くもありませんし、とても快適に出来ているようです。ただし、お腹は減りますし喉も乾くんですけど。
坊やの名前はエルウィン・ハイレーン。お母さんはレイアさんだそうです。昔、結婚するまではこの王国の後宮護衛騎士団の団長さんを務めていたという腕っこきで、一撃で決めるつもりで斬ろうとしてあんな風に跳ね返されたのは初めて、と言ってました。すいません本当に。それと、旦那さん?。影が薄いみたいですけど、一応この地方の領主様だとか。ていうか領主様の一行がこんな簡単に襲われて散り散りになるとか大丈夫なのとか思ったのは秘密です。
休憩を挟みながらも踏み固められただけの道を数時間揺られてたどり着いたのは、そこそこ大きな街。城壁で囲まれているこの街は、領主の館があるそうです。今回はちょうど昨日休暇で別荘に行っていた帰りなのだとか。初めて見る異世界の街並みは、中東のバザールのような雰囲気です。いろいろなものを眺めるたびに関連する情報が頭に浮かび、理解が深まっていきますが、やはり初めて見るものはとても鮮やかで、感動をもたらします。
「しばらくゆっくりして行ってください。」
とは領主である旦那さんのお言葉。褒賞なども幾らか頂いたのですが、あたしが一番お願いしたのはハルバードの使い方をちゃんと習うことでした。レイアさんとそのお抱えである、元部下の二人にみっちりと仕込んで貰うことになりました。しろくまとハルバードのほうである程度補正を効かせてくれることは既にわかっていますから、基本の型を毎日朝から晩まで習った後は、細かいテクニックを体に覚えこませる為にこれまたひたすら二人と組手をするのでした。無論、ただの女子大生だったあたしには体力なんてありませんから、着ぐるみは着たままサポート全開ですが、ハルバードだけはお二人を壊してしまいかねないので訓練用の一品となりました。それでも力はできるだけ抑えるようにしてましたけど。
そんなこんなで約二ヶ月。ちょっとしたことでここまで長くヒモになるとは思ってもみませんでしたが、教える側も楽しかったそうで、館を去る時にはもっといてくれればいいのに、と引きとめられたくらいでした。流石にこれ以上いるとそろそろあの女性に怒られそうな予感もありましたから、そろそろ出発です。多対一の練習も数度ですがさせていただきましたし、後は実地で覚えて行けばいいでしょう。市場で生活必需品や保存の効く食料をたっぷり買い込んだら出発です。…出発前にレイアさん達から名残惜しげにたっぷりモフられましたが、エルウィン君によるセクハラだけは防ぎ切りました。流石にこれだけ毎日鍛えていれば、ほんの少ししか鍛錬をしていないエルウィン君なんて避けまくりです。とても残念そうな顔をしていましたがこれでもあたしは嫁入り前の娘ですし、当たり前のことです。レイアさん的には『お嫁に来てもいいのよ?』だそうですが、残念ながらあたしの好みは渋いダンディーなおじさまですし、領主様を見ていても正直エルウィン君が将来渋いダンディーなおじさまにはなりそうもないですからね。
街の人たちとも一頻り別れを惜しんだ後、あたしは街の外に出ると一瞬でドラゴンの着ぐるみに着替え、空に飛び立ちます。街中から飛び立つとそれはそれで街の防御用の結界に引っかかるんだそうで、その対策といったところでしょうか。早着替えを何度もレイアさん達の前でしていますが、裸は見えなかったとのお言葉を信じて着替えてますけど、本当のところはどうなんでしょうか…。
頭の中には地図がしっかりあり、最初の目的地である迷宮のある都市の場所もしっかりわかります。スケールがわかりませんからどれくらいで着くかなんてのはさっぱりわかりませんが、とか飛ぶ前は思っていたのですけども、実際に飛んでみると飛行速度は音速を軽く超えるようでして、あっという間に到着してしまいました…。地図上ではそれなりに離れてるんですけど、この世界って思ったより狭いのかな、と思ってしまったのも仕方のないことかもしれませんが、それは決してあたしのせいではないと思います。ええ、きっとそうです。