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6 花婿の秘密 (後)

 あのひとの部屋は、もちろん後宮の奥である。

 中庭を抜けると、後宮の部屋の灯りはどれももう消えていた。その内の一つの窓に向かって、ファランは小石を投げた。


「誰?」

と声がして窓際に出てきたのは黒曜だった。すっかり大人(?)の雌猫となって、きびきびした白瑛とは対照的な艶のある声になっている。


「まあ、ファランさま。こんな時間にどうしました?」

「…淑陽様はお部屋にいらっしゃる? お一人?」

「ええ、今晩は皇帝陛下も宴会が長引いて、こちらにはいらっしゃらなかったようです。お入りになりますか?」

「いや、それは淑陽様のお体に障るし、成人した僕にはもう許されなくなった。ただお話がしたいんだ」

「では、お待ちになって」


 黒曜の姿が消えると、すぐに淑陽が現れた。灯りは消えたままなので、表情はよく見えない。


「どうしたのです、ファラン、いえ…殿下」

「淑陽様、お休みのところを…」

「すぐに部屋に戻りなさい、こんな時間にここに来てはいけません。人目に触れるようなことがあっては・・・」


 声を抑えてはいるが、いつもと違って厳しい口調だ。


「わかっています、でも、美鈴は僕のことを男性として愛してくれて、僕は、美鈴を…愛せないんです、女性として」


 淑陽が息を呑む気配がした。まるで、ファランの言葉の真意を既に知っているかのように。


「でも、美鈴は初夜がどういうことなのか知っていました。それで…」

「うまくはぐらかして、逃げてきたのですね。あなたの秘密を、まだ美鈴に話せていないのですね」

「…! 淑陽さま・・・」

「知っていますよ、ええ、気づいていました」


 本当に、このひとにはなんでもわかってしまうのだ。


「…誰よりもずっと、あなたに聞いてほしかった。でなければ、これからも、ここに居られないと思うのです。もっと早くに打ち明けるべきでした」

「いいえ、私こそ、あなたの“母”として、早くに自分から聞くべきでした。 今となってやっとその理由もわかります。あなたのお母様のご苦労も…。 あなたも、なぜ“皇子”として育てられたのか、もうおわかりですね? “姫”として、ではなく」


 淑陽の単刀直入な質問に、ファランはゆっくりと答えた。


「はい…この国では、皇女が継承権を持ち、結婚せずとも帝位につけるからです」

「そう。 あなたがもし皇女として育てば、皇后様、皇太子様に次ぐ三番目の後継者とされる。嫡子でなくても、女子は嫡子の男子と同等に扱われますからね」淑陽はそこで息をついた。「しかし、お母様は大変に陛下に愛された。となると、あなたが継承者に指名される可能性も高くなる。この事は必ず災いになるとお母様は気づかれたのですね」


 いつのまにかファランは涙が止まらなくなっていた。やはりこのひとは、すべてを知りながら変わらず自分に接してくれていたのだ…。


「けれどまだ、美鈴を娶ったあなたにはまた継承権の問題がついて回ってきました。陛下も、臣下の位を授けたのはやはり皇后様や皇太子様へのご配慮なのでしょう。 すべては、生きていくためです。ただ、ここへ来たのはあまり褒められる事ではありませんよ」

「わかっているんです。でも、僕には美鈴をどうしてあげることもできない…」

「とにかく今日はもう帰りなさい。そして戻って美鈴に訳を話すしかありません。あの子は信頼できる子だし、何よりもあなたのことを慕っています。 今は美鈴があなたの家族なのですよ。その絆を大切になさい」

「はい…」


 そうだ、この秘密があろうとなかろうと、美鈴のことはずっと実の妹のように大切に思ってきた。彼女を傷つけまいとするあまり、話せなかったのだ。


「僕、部屋へ戻ります」


 その時、黒曜が声を上げた。


「ファラン、急いで!誰か近づいてくる!」


 黒曜の声に急き立てられて、まともな挨拶もできないままファランはその場を去った。



 部屋に戻ると、美鈴は着替えもせず寝台の上で小さな寝息を立てていた。ファランを待っているうちに眠ってしまったようだ。十二歳の彼女には無理もない、今日は朝から目眩(めまぐる)しい時間を過ごしてきたのだ。


「ごめんね、美鈴…」


 ファランは起こさないように寝着を着せて、寝台の中に彼女を寝かせた。


「明日、君が目を覚ましたら、ちゃんと話すよ…」




 しかし、その翌朝にファランが真実を話すことはできなかったのである。

主人公を単に男にしなかったのは、こういう設定にしたからなんですけど、フクザツすぎますかね・・・?

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