9 黒い牒(ふだ)(前)
「ファラン琥珀三位、真実を話す気になったか」
審議の場である謁見の間に再び連れて行かれると、そこには昨日と同じ面々が居た。鳳潔は飽くまでファランを疑う姿勢を崩さない。蒼武も、昨日と同じ視線のままファランを見ている。
「それよりもまず、毒殺ならば私でなくてもできるはず。陛下のお部屋に最後に入ったのは誰か、お調べになられるべきでしょう」
床に直接座らされるという、皇族にとっては屈辱的な扱いを受けながらも、ファランは毅然として問い返した。そんなことは問題ではなかったのだ。
「それはそれ、これはこれじゃ。他の者にあのお優しい陛下を弑する理由なぞあろうはずがない」
鳳潔が、夫を亡くした未亡人という一面を垣間見せた。しかしそれはほんの一瞬だった。
「まず謀反の疑いが強いのはそなた。では晩部屋を空けた理由を申せるのか?」
「それは…」
ファランが口籠もった時、蒼武が口を開いた。
「お前が真実を告白しない限り、暗殺した者が見つかるまでは囚人として幽閉することになるが、それでもいいのか? 美鈴が悲しむぞ」
美鈴…。彼女をことを思うとファランは胸が痛んだ。
その時、謁見の間に駆け込んできた者がいた。
「ファラン殿下の部屋から、毒薬が見つかりましてございます!」
「なんだって!」
そんな馬鹿な…。ファランは冷水を浴びせられた心持ちだった。
明らかに、これは誰かに仕組まれている。ファランを邪魔に思う誰かに。
「僕の部屋に誰かが持ち込んだんだ、そんな物は知らない!」
鳳潔が高らかに嗤った。
「これでもまだ白を切るつもりか。のう、ファラン。素直に話せばお前とて成さぬ仲だが妾の息子、陛下にも愛された”光の御子”をむざむざ死なせとうはない。どうなのじゃ」
どうしよう。このまま本当のことを告白してしまおうか。
しかし、だからと言って父暗殺の疑いが晴れるとは思えない。それどころか、女だと知られたらそれこそ皇位を狙ったと思われてしまう。鳳潔の言葉に乗せられてはいけない。
「ええい、認めぬか! それでは死罪じゃ」
とうとう業を煮やした鳳潔が喚く。重臣たちは慌てて形式だけでも刑罰の審議を始めた。
九人の重臣たちが、箱に見えないように白い牒と黒い牒のどちらかを入れていく。白が多ければ無罪、黒が多ければ有罪…。
牒を持たないが、箱を開けたのは玄峰だ。
「白牒一枚、黒牒八枚でございます」
勝ち誇ったように鳳潔が叫んだ。
「ファラン琥珀三位、只今より臣位を失い、罪人として処罰する」
体から血の気が失せていった。
薄れゆく意識の中で聞いたのは、白牒が入っていたことに対する重臣たちの驚きと裏切り者は誰かという怖れの囁き、
「陛下の崩御を国民に知らせ、刑を執り行うのは、少々日を置いて蒼武様の即位など諸所の準備が整ってからがよろしいかと存じます」
という玄峰の声だった…。
気づくと、今までの部屋ではない冷たい石造りの床に横になっていた。辺りは暗く、わずかに小さな窓から月の光が漏れ込んでいた。
依然朦朧とする意識の中、どこかきなくさい臭いを感じると城内がにわかに騒がしくなった。いくつかの足音が騒がしく近づいてくる。
「ラン兄様!」
美鈴の声だ。まさか、まだこれも夢なのだろうか?
すると、急に室内が明るくなった。ファランが起き上がった瞬間、扉が開いて飛び込んで来たのはまさしく美鈴だった。
「美鈴…どうしてここに…」
「話は後で、上が火事なの! それに、兄様が!」
美鈴の供の者に連れられて地下の牢獄から出てくると、少し離れたところから火の手が上がっていた。玄峰が家臣たちに端然と指示をしている。
「淑陽様や王宮のみんなは無事? 翔豪が、一体どうしたの?」
「お兄様が…」
ここまで来ると美鈴は途端に泣き崩れた。気づいた玄峰がこちらに近寄ってきた。
「一体何があったんだ?」
「翔豪様が、陛下を弑したのは自分だとおっしゃって、中央宮に火を放ったのです。皇后陛下や蒼武殿下、妃殿下方は避難されてご無事でいらっしゃいますが、翔豪様は姿をくらまされ、王宮中を捜索しているところなのです。火は小さなものでしたからすぐに鎮火するでしょう」
ファランは釈然としなかった。翔豪が、そんなことをする筈はない。婚儀の前の雑談の口ぶりからも、美鈴とファランの幸せを思いこそすれ、自分の立場に不満を抱いているわけでもなかったのに。
「お兄様、私の所に来たわ。ファランを信じてやってくれ、これを渡してくれ、って…。それから、中央宮には行くなと言って出て行って、それから火が…」
美鈴が渡したのは、イムハンの鋳造貨幣だった。よく見ると、表も裏も同じ模様になっている悪銭だった。表も裏もない…。
ファランは確信した。翔豪の意図もよくわかったのだ。
「玄峰、美鈴を頼む」
「ラン兄様、どこに行くの?」
歩き出したファランに美鈴が声をかけた。
「翔豪を探しに行く」