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マーガ  作者:
第二章 魔女は何でも知っていない
7/30

2-1

 羽佐間拓臣は、大輝とは小学校の途中からの付き合いがある。

 ほんの数ヶ月だが、今は大輝より一つ年上だ。そのせいか、兄のような気持ちもある。

 実際、二人の弟がいるというのも関係しているかもしれない。大輝のことは三人目の弟のように思っている部分がある。

 そんな大輝の悩みが年々深刻化していることにも気付いていた。

 正式にはまだ発表されないが、彼との結婚がほぼ決まっている市原茉希と拓臣は幼稚園からの付き合いがある。

 今も家族同士の関係は切れることがないが、婚約相手が自分でなくて良かったと思っている。

 市原茉希は幼少の頃から関わりたくない女だった。我が儘で、何でも思うようにしたがる様はさながら女王で、噂を聞く限り未だ変わらないようだ。変わるはずもないのかもしれない。

 拓臣は友人として大輝が好きだ。死ぬまで友達でいるだろうと思っているからこそ、不憫で仕方がなかった。

 なぜ、大輝のような心優しい男が彼女との人生を今から決められなければならないのだろうか。政略結婚など馬鹿馬鹿しい。あの性格では貰い手に困る彼女を体よく押し付けたいに違いないのだ。そこが灰岡の家ならば、何の不満もないだろう。

 できることならば、助けてやりたかった。だが、問題は拓臣の力も羽佐間家の力も全く敵わないとこにあり、今まで何もできずにいた。そんな思いからうっかり偽装カップルの話をしてしまったのは間違いだったかもしれない。

 まさか、大輝があの徒花星羅を選ぶとは思っていなかった。

 そして、彼女が快諾したことを大輝からメールで知らされて自分を恨んだ。これでは彼が救われない。


 だから、拓臣は部活の朝練の後、星羅がいる教室へと向かっていた。こうなれば自分にできることは一つである。

 彼女に恨みはない。知り合いというわけではない。だが、噂ならば大輝以上に知っている。大輝はいいところしか信じていない。


 星羅を見つけるのは簡単なことだ。呼んでもらうまでもなく、彼女に近寄る。

 教室に入った途端、黄色い声が聞こえたが、微笑むだけにしておいた。

「ちょっと話があるんだけど、いいかな? すぐ終わるから」

 教室で話すのはまずい。彼女は素直に頷いた。だから、近くの空き教室に連れて行く。


「俺は大輝の親友の羽佐間拓臣、以後よろしく」

 自分のことを話したということは聞いていた。昼休みにでも引き合わされるだろう。だが、その前に手を打っておきたかった。

 星羅は何も言わずにじっと見てくる。それが彼女のくせなのかはわからないが、居心地の悪さを感じる。

「大輝から聞いてるだろ? 協力するよ。偽装カップルとは言っても、大輝と付き合うんだから」

「あなた、心と真逆のことを平気な顔で言えるのね」

「真逆?」

 拓臣は眉を顰める。

「あなたは、あたくしに協力なんかしたくない」

「おいおい、そりゃあひどいぜ、徒花さん」

 やはり彼女は《魔女》らしい。見透かされていると思いながら、拓臣は平静を装う。

 けれど、彼女は欺けなかった。

「あなたが友達思いなのは本当ね。でも、あなた、あたくしを軽蔑している。灰岡大輝から引き離したくて仕方がないの。そのためなら、きっと、どんなことでもできる」

「……読まれてるなら、隠す必要もねぇか」

 ただのイカレ女ではない。それを思い知らされた瞬間だった。

「あたくしの前で隠し事をしても無駄になるわ」

「プライバシーの侵害だ」

 どうしたら、心に鋼鉄の盾を持つことができるのだろうか。

 心は誰にも読まれない聖域であるはずなのに、この《魔女》は悠々と土足で踏み込んでくるのだ。

「あたくしが心を覗き見ていると思っているのなら心外だわ」

「ユーモアのある会話のつもりか? 魔女」

 会話は成立するにしても気味が悪い。拓臣は吐き捨てるが、彼女は全く表情を動かさなかった。人形のようにすら思えてしまう。

「あたくしには色々なセンサーがあるの。嘘を発見するセンサーや自分に向けられる感情を察知するセンサー。その組み合わせで心を読んでいるように思わせるのよ」

 人間嘘発見器、きっと表情などを見ているのだろう。洞察力が優れているのかもしれない。それがトリックか。

 そうとわかっていても、読まれないようにするのは難しい。

 黙っていればわからないことをわざわざ明かす理由がわからないが、さっさと要件を言ってしまった方が良さそうだった。

「大輝と別れろ」

「望んだのは彼の方」

 そんなことは知っていた。なのに、苛立つ。

「何で断らなかった? お前も金か? いくら積まれた?」

「あなたは灰岡大輝が絶対にそんなことをしないと知っている」

 星羅は怯えもせず、淡々と返してくる。

 確かにそうだが、この女に何がわかるというのだろうか。

 この女が大輝のことを自分以上に知っているはずがないという思いが拓臣の中にはある。だから、彼を守れるのは自分だけなのだと思っていたかった。実際は無力であるというのに妙なプライドがあった。

 彼女のような厄介極まりない人間が入ってくればどうすることもできなくなると感じていた。

「あたくし、彼の未来が見えないから引き受けたの」

「あいつの未来?」

「そう、あたくしの未来と同じように、今は暗澹としているの。珍しいのよ、そういうことは」

「そんなの、俺が信じるとでも?」

 彼女の言うことなど信じられない。信じられるはずがない。

「でも、あたくし、あなたの未来……と言っても、ちょっと先のことは見えるのよ」

「俺の未来?」

 なぜ、こんなにもイライラするのだろうか。

 自分には彼女が見えないのに、一方的に見られているという感覚のせいだろうか。

「良縁はいずれ降ってくる。今は待つ時、焦れば面倒なものを引き寄せるわ。良縁は寝て待て、よ」

 余計なお世話だ、と拓臣は思う。

 大輝とは違い、拓臣は日々合コンなどに忙しい。女の扱いはわかっているつもりだった。どうせ、適当なことを言っているだけだと聞き流すことにした。

「とにかく、大輝とは早く別れてくれ」

「それは、あたくしが決めることじゃない。灰岡大輝におっしゃって

「大輝には言えねぇから来てるって、わかってるだろ?」

 自分からけしかけた形で、やめろと言うのはありえない。

 けれど、これ以上話しても無駄なようだった。こうなったら、自分が相応しい人間を探してやるしかないだろう。

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