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マーガ  作者:
第一章 魔女と偽装の恋人
4/30

1-3

 大輝は廊下を小走りに進んでいた。放課後、とにかく早く彼女を捕まえようと急いでいる。

 教室に寄ってみたところ、彼女のクラスは既にホームルームが終わって閑散としていた。こういう時、担任の話の長さが恨めしくなる。

 彼女がいればすぐにわかるのだが、その姿はなく、代わりに残ってお喋りを楽しんでいた女子に見付かってしまい、逃げるはめになったのだ。

 なぜ、こうも自分はモテてしまうのか。甚だ疑問である。

 後輩だと言っても携帯電話を片手に迫ってくる様は全学年共通だと思い知る。

 本人には全く理解できないことだが、なぜか大輝のアドレスを手に入れることがステータスになっているらしい。大輝と繋がることで玉の輿的な他の出会いがあると思っている人間もいるくらいだ。

 しかしながら、大輝はそれほど社交的な人間でもなく、知り合いの中で思い付く金持ちのイケメンと言えば、拓臣だけであり、交友関係は至って普通である。

 徒花星羅の放課後の居場所は決まっているのだが、絶対とは言い切れない。だからこそ、教室で捕まえようと思ったのだが、それが大間違いだった。

 こんなことになるなら自分に運があることを祈って直行すれば良かったのだ。


 渡り廊下を過ぎた頃には追っ手を撒くことができていた。

 皆、わかっているのだ。この先は危険だと。放課後に漂う異様な空気に戸惑いに足を止めてしまう。

 大輝が目指すは通称《分室》ただ一つだが、この二棟にはいくつかの部が部室として使用している教室がある。

 家庭科部、茶道部、書道部、化学部、軽音楽部、音楽部、演劇部、その全てが濃いと言われている。どこも独特の、強烈な個性を持っていて、数々の名物部長の顔を思い浮かべると大輝もこれ以上進みたくなくなる。

 放課後の二棟は魔窟と化すと言われているほどだ。これも、おそらく七つよりも多い学園の不思議だが、紛れもない事実だと大輝は二年目にして思う。

 目的地はそのまっただ中、生徒会室の隣にある。

 生徒会もまた面倒な人間が揃っているからこそ進みたくなくなる。一番濃いのは生徒会に違いないのだから。


 奇声が聞こえる教室を過ぎると、その隣に《保健室 分室》の文字が見えてくる。こここそが徒花星羅の居城とも言われる教室である。

 前後のドアにある窓には紙が貼り付けられ、中が覗けないようになっている。相談者のプライバシーを守るためだろうか。

 そして、《相談受付中》という表示がされている。

 ほっとして、大輝がノックをしようとした瞬間、ガラリと扉が開き、中から少女が出てくる。

「あら?」

 少し驚いたように彼女は首を傾げる。

「えっと……徒花さんだよね?」

「ええ、そうよ。いかにも、あたくしが徒花星羅だわ」

 頷く彼女は確かに徒花星羅だ。確認するまでもなかった。

「相談したいことがあって……」

「あたくしは誰の相談でも受けるわ。どうぞ、中でお待ちになってて」

 スッと中を指し示すと彼女はすぐに隣の生徒会室へ入っていく。何か用事だろうかと思いつつ、大輝は室内に入ってみる。


 お待ちになって、と言われても困るものがある。手持ち無沙汰で、大輝は室内を見回す。

 ここが学園内教室の一つにすぎないとわかっていても、女の子の部屋を物色するような後ろめたさがある。

 だが、ガランとしているという印象が強い。四十人分の机と椅子が並べられる教室の中奥には向き合う二組の机と椅子が置かれている。尤も、テーブルクロスがかけられ、クッションまで乗せられている有様なのだが。

 なぜか、隅の方には猫のトイレや玩具などが転がっている。

 ノスフェラトゥ専用なのだろうが、その姿はない。廊下側の壁には特別に運び込まれたと思われる棚があり、中には本や茶器が入れられているようだ。

 ご丁寧に喫茶コーナーまである。


「そちらにお座りになって良かったのに」

 少しして戻ってきた星羅は籠を抱えていた。

 中央の席に大輝を促し、二つの机の真ん中にそれを置く。中には飴やクッキーやチョコレートと駄菓子類が入っている。

三木一樹(みきかずき)がお菓子を下さると言うから行ってきたの、好きな物をお食べになって。どうぞ、遠慮なく」

 三木一樹、大輝でも知っている人物だ。生徒会長であり、濃いキャラの代表格とも言える。むしろ、諸悪の根源と言い切れるくらいだ。

 名前を口にするのも恐ろしいという人物もいるほどだが、彼女は平然とフルネームを口にしている。彼女は誰にでも変わらない態度で接するのだろう。

「あ、ありがとう……」

 礼を言うものの、菓子を食べたい気分ではなかった。

「今、お茶をご用意するわ」

「待って」

 ぴたりと星羅が動きを止める。

「座ってくれるかな?」

 焦っているのかもしれない。大輝自身感じていることだった。

 喉は渇いているのに、お茶を待つ間さえ惜しい。

 それでも、星羅は何も言わず、向かいの椅子に座った。

 じっと見つめてくる彼女はその目で何を見ようとしていたのだろうか。

 そして、彼女が何かを言う前に、大輝は口を開いた。


「俺と付き合ってほしい。不幸を前提に」

 待っている間、それよりも前から言うことは考えていた。何十回も心の中で繰り返してシミュレーション済みだった。

 それなのに、口から出たのは全く違う言葉だった。

「不幸?」

 星羅は黙って座っていると人形のようだったが、その滑らかだったはずの眉間に僅かに皺が寄る。

 さすがの《魔女》も訝しがっているようだ。

「事情があって君を幸せにしてあげられないけれど、俺を助けてほしい」

 言葉はまるで自分の物ではないようにスラスラと出てくる。

 そして、星羅は身を乗り出して、顔を近付けてくる。

「徒花さん?」

 彼女はじーっと見つめてくる。食い入るように、穴が開くほどに。

 どれだけそうしていただろうか。ふっと星羅が力を抜き、背もたれに身体を預ける。

「……あなたの未来があたくしには見えないわ」

「え……?」

 大輝は真剣であって、星羅もそれを理解して同じように真面目に相談に乗ろうとしているようだった。

 もしかしたら、彼女は冗談が通用しない類の人間なのかもしれなかったが。

「何も見えない。こんなことって初めて。いいえ、あたくしが自分の未来を占えないのと同じだわ。あなた、何か黒い運命に飲まれてる」

 困惑しているようにも見える。今までになかったことに遭遇すれば誰だってそうなるだろう。

「自分のことは占えないの?」

「ええ、あたくしは幸せになってはいけないのよ」

 だから、彼女は猫がいない時、危険な目に遭うのかと納得してしまう。

「……あなた、お名前は?」

「あ、ごめん。灰岡大輝、二年A組」

「灰岡大輝……灰岡大輝……」

 星羅は反芻し、立ち上がると教室の隅へと歩いて行く。

 じっと見下ろして、それから大輝を見る。

「灰岡大輝、ちょっとこちらにきてくださる?」

 呼ばれて、大輝は素直に応じる。彼女が指さすのは、床に散乱したカードである。それぞれひらがなが一字書かれている。

「これ……?」

「ここを見て」

 促されて注目したのは少し離れたところにある六枚だ。十字に並べられているようだ。

 問題は形ではなく、並べられている文字だろう。

「かおい……」

「逆よ」

「あっ……」

 横に並んだ四枚は『はいおか』と読める。そして、『い』の上下にも『た』と『き』のカードがある。

 つまり、その六枚で『はいおかたいき』と表しているのだ。

「これって、もしかして、予言とか……?」

 大輝が見ている前で彼女はそれに触れていない。

「ノスフェラトゥのダイイングメッセージね」

 至極真面目に彼女は言っているように見えた。

「あ、あの猫死んじゃったの……?」

 ビクビクしながら問う。彼女がそんな冗談を言うとは思っていなかったのだが――

「うわっ!」

 突如、黒い塊が飛び込んできて、大輝は尻餅をつく。

 それは大輝の目の前に着地したかと思うとまた飛び上がる。

 一体、何だと星羅を見れば彼女は黒い塊に襲われているところであった。

「ノスフェラトゥ、やめなさい!」

「えっ、猫死んだんじゃ……」

「これが死ぬわけなっ……痛いじゃないの!」

 飼い猫に噛みつかれ、引っかかれている星羅は小さな子供のようにも見える。飼い慣らしているとは言い難い。

「まったく、地獄耳でユーモアがわからない猫だわ」

 傷だらけになった手をさすりながら星羅は毒突く。どうやら思っていたような関係ではないらしい。

「……大丈夫?」

 その問いに大輝の存在を思い出したのか、星羅はさっと顔を背ける。照れているようでもある。何となく白皙の頬が赤く染まって見える。

 コホンと咳払いして、仲直りしようとするかのように手を差し出すが、ノスフェラトゥはサッと逃げ、大輝の足下で丸まった。

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