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「いっそ、好きな子作って駆け落ちしたらどうだ?」
「地の果てまで追っかけ回されそうだ。昔、家出した時、腕にGPSのチップ埋め込まれそうになったって言っただろ? あれ、成人したらマジで入れるって言われてるんだ。どれだけ俺信用ないんだろう……」
「どこまでも二人で逃げ切って……って、無理だよなぁ。現実的じゃねぇよな。映画じゃあるまいし、全然リアルじゃねぇ。そこまでお前についていくような度胸のある女がいるかも怪しいよな」
何て非現実的な話なのだろうか。けれど、それがどうしようもない現実だ。
親にさえ信用されていない自分が嫌になる。
「だから、諦めた。せめて、それまで平和に普通に学園生活送りたいのに、毎日毎日女子に遊びに誘われて……俺の身体が持たないって」
婚約のことは拓臣ぐらいにしか言っていない。言ってしまえば楽なのだろうが、それはそれで面倒なことになる。何よりも大輝自身が認めたくないのだ。
たとえば、彼女が本気で好きな男を見付けてくれれば大輝との縁談はなかったことになるはずだが、その気配もなければ女子高では望みも薄い。
「じゃあ、誰か一人犠牲にしろよ」
「は?」
親友の口から出た物騒な言葉に大輝は顔を顰めた。聞き間違いだと思いたかった。
「犠牲だ、ぎ・せ・い。生贄、スケープ・ゴート、人身御供、わかるか?」
間違いでないばかりか余計に怖くなってしまった。
「先輩とか同級生に抵抗があるなら、後輩でいいじゃねぇか」
何てことを言うのだろう。まだ後輩までには知れ渡ってないとしても時間の問題だ。去年、全学年に知れ渡ったスピードは彼も知っているだろう。
「前に試しに付き合ってみたけど、結局、金だし。身体だけの関係でいいとか言われるし、何か散々ないこと言いふらされるし……」
大輝は既に懲りている。せめて短い間でも一緒にいる人間を探すなど相手にとっては失礼な話で、その代償は小さいものではなかった。
「そりゃあ、お前の女を見る目がないってこった」
家庭環境のせいでまともな恋愛はできなかった。
拓臣のように要領が良くないのだ。だから、養えるものも養えない。
「それに、付き合うんじゃねぇんだよ。フリをするんだ。ちゃんとした契約を結んで盾にするんだよ。そうすりゃ言い寄ってくる女共も少しはましになるかもしれねぇ」
「契約?」
これまた物騒な響きだ。書面を用意する必要があるのだろうか、大輝は首を傾げる。どんどん現実味がなくなっていく気がする。
「絶対にお前を好きにならないような女子を選ぶんだよ。そんで、そいつが他の女子から何されようと……
「サイテーだな、拓臣」
誰かを犠牲にすること、彼の提案の意味を理解して大輝は溜息を吐く。そんなことできるはずがない。
拓臣にもできるとは思わないが、大輝にはもっと無理だ。
「平和にお前だけが救われる道は絶対にねぇってこった。お前の普通の青春には犠牲が必要だってことだ」
それも認めたくない。複雑な心境だった。
「じゃあ、たとえば、誰がいる?」
聞くだけは害ではないと大輝は聞いてみる。
「……いねぇな。俺もそこまでリサーチしてねぇ」
「それじゃダメじゃん」
拓臣にも明確な考えがあったわけではないようだ。
「大体、真面目なお前が食い付くとも思わなかったし」
どうやら冗談のつもりだったらしい。単に諦めさせるための、初めから実行不可能な提案のつもりだったのだろう。
「……いるとして、そいつだけはやめた方がいい」
「誰だよ?」
「この話は終わりな。諦めろってことだ」
もうこの話は終わりにしたい。拓臣の表情にはそれが滲み出ている。
続けることで、大輝が何かに行き着くのを拒むかのように。その話をしたことを後悔するかのように。
「あ、徒花さん!」
不意に思い浮かんだ名前だった。
「あぁ?」
拓臣の表情は険しい。まるで自分の悪口を言われたかのような反応にも見える。
「徒花さんって、みんな噂してるだろ?」
「頭のおかしい魔女っ子だ」
拓臣は吐き捨てる。明らかな軽蔑が込められている。
「頭はいいって聞いた」
「勉強ができるのとはまた別だろ」
「一回相談してみようかな……」
徒花星羅は魔女であり、その魔女とは他人からの相談を受けるものであると聞いていた。助言を授けてくれるものであると。
「やめとけやめとけ、あの女はイカレてる類だ」
本気で嫌がっている素振りに大輝は怪訝に思う。
「徒花さんと知り合い?」
不本意な知り合いを敬遠するようなニュアンスが感じられたからこそ、大輝は聞いてみる。
彼の交友関係は幅広く、特に女友達は妙に多いという認識だ。そこに後輩の徒花星羅が入っていても何ら不思議ではない。
「いや、噂で聞いただけだが、お前よりは知ってるさ」
彼のネットワークには着々と情報が集まっているようだ。
けれど、大輝は自分が見て聞いた物を信じたい。それは拓臣を信用していないということではない。
「廊下で見かけたけど、何か上品だし」
「上品か? あれが?」
「背筋が真っ直ぐで、髪の毛もあれだけ長いのにボサボサって感じじゃないし、きっと手入れが大変なんだろうな……」
「あのな、お前は女を背筋や髪で決めるのか?」
「そうじゃないけど……」
大輝は口ごもるしかなかった。今の拓臣には何を言っても無駄そうだ。
「洗脳されんのが落ちだって。俺はそんなお前見たくない」
拓臣の気持ちがわからないわけでもない。
逆の立場であったら、素直に行かせなかっただろう。
「いや、でも、やらないよりはましだ!」
もう大輝は心に決めていた。悲観するのは徒花星羅に会ってからにしようと。それからでも遅くない。嘆くのはいつでもできる。
「……俺はお前の親友だ」
「うん、いつも感謝してる」
どれほど拓臣に助けられてきたか、わからないほどだ。頼りっぱなしなのかもしれない。感謝してもしきれない。
「でも、身の危険を感じたら逃げる」
「うん、そうしてくれ」
そこに危険があるならば真っ先に逃げて欲しいというのが大輝の願いである。
「俺は我が身が可愛い」
「そりゃあそうだろ」
大輝も拓臣の性格は理解しているつもりだ。
こうして、いつもいつも愚痴を聞かせてすまないと思っている。彼のストレスは合コンなどできちんと発散されているらしいのだが、それでも申し訳ない。
「そして、我が身の次はお前じゃなくて女だ」
「……うん」
それもわかっている。そう言いつつ、大輝のことを優先してくれるのだが、今回ばかりは期待しない。
「わかってるならいい。だが、気を付けろよ。何があってもあの猫にだけは絶対に手出すなよ」
「さんきゅ、拓臣」
何だかんだ言いながらアドバイスをしてくれる彼は真の親友だと思うと胸が熱くなる。自分は本当にいい友達に巡り会えたと思うのだ。