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マーガ  作者:
第六章 魔女と悪女の決戦
28/30

6-2

 学校を出た時には明るかった空も今は重そうな扉に閉ざされ、その色を見ることはできない。

 使われなくなって随分と経っているのだろう。日本は廃墟が多いと言うが、よくも都合良く廃倉庫が近くにあるものだ。

 星羅はそのど真ん中で見知らぬ男達に囲まれていた。その向こうに一人だけ見知った女の顔がある。

 彼女の手先から手紙を受け取り、自らの意思でここへ来た。無視することもできたが、彼女の手先は抜け目がなかった。暗に夏実を人質に取られてはどうすることもできなかった。

 たとえば、大輝が人質になった場合、彼の一族の存亡に関わる。拓臣や一樹もそうだ。けれども、その場合には無視しろと一樹から言われている。

 だが、夏実には特別なことはない。いじめの標的になれば、誰が彼女を守れるだろうか。星羅も彼女とはクラスが違う。影で行われることを誰が止められるだろうか。明日は我が身という状況の中で。

 どちらにしても、避けられないとわかっていた。呼び出されれば応じる。ただその方法が気に食わないだけだ。


「やっぱり悪いお友達に心当たりがあったんじゃないの」

 市原茉希は何も言わないが、星羅は口を開いた。

 彼らとどういう関係なのか見ればわかる。何を考えているのかもわかってしまう。

「あんた、状況わかってる?」

「あなた、破滅するわ」

 星羅は問いには答えず、臆せずに言い放つ。

「破滅するのは、あんたよ」

 その言葉が合図だったかのように、男達が近付いてくる。星羅は動かない。後退れば自らを追い込む。恐怖を見せることで彼女を喜ばせるつもりはない。

「あんたが《魔女》だって言うなら、それらしく罰してあげる。ちゃんと調べたのよ」

 そう笑う茉希こそ《魔女》に見えた。尤も、それは星羅の言う《魔女》と同義ではない。一般に語られる悪い魔女の方だ。

「傲慢だわ」

 吐き捨てたところで、その声は彼女に届いただろうか。彼女の耳に入って、その心に響かせることができるのだろうか。

 後ろから羽交い締めにされた。大輝や拓臣とは体格の違う男だ。耳元にかかる吐息が気持ち悪い。振り払おうとしても振り払えず、また別の男がニヤニヤと近付いてくる。彼らは茉希の意のままに動く。

「まずは《契約の印》とやらを見せてもらいましょうか」

「そんなものないわ」

 本当に調べたらしい。今時、インターネットで簡単に情報が手に入る。

 けれど、彼女は勘違いしている。そんなものがあるはずがない。

 星羅はそういった《魔女》とは違う。一つの言葉で括られても、決して同一ではないのだ。白と黒の差は大きい。

「確かめればわかるわ」

 その声が合図だったかのようにブラウスが力任せに開かれる。ボタンが弾け飛び、その一つが男の顔にぶつかり、顔を顰める。それは自業自得、天罰なのかもしれない。

「あなたにこそありそうだわ」

 素肌が、下着が男達の目に晒されている。舐めるような視線に晒されている。けれど、そんな羞恥を怒りが掻き消していた。

 他人に対してこれほどの憤りを感じるのは星羅にとって初めてのことだった。

「ここにはないみたいね」

 わざと伸びた爪を立てながら肌を探っていく。

「それとも、見えないのかしら? それなら、こうして確かめていくしかないわね。痛みを感じないって言うから」

 茉希がポケットから取り出した物を胸に突き立ててくる。折り畳み式のコームの後端を突き立ててグリグリと抉る。

 星羅が呻けばまた別の箇所をそうする。丸みがある故に皮膚を突き破るほどではないが、確実に痛みを与えてくる。

 針などでないことを感謝するべきなのかもしれないが、彼女なら平気でやりかねないと思わされる。

 そんな中、男達がざわめいた。

「おいおい、茉希。そんなのどうだっていいじゃねぇか」

「そうだって! ヤらせてくれるんじゃねぇのかよ?」

 口々に勝手なことを言うものだ。男達がそうだそうだと頷いている。それが目当てなのは察していた。そういう目でしか見られていなかったことぐらいわかっている。

 茉希のつけた赤い線が走る肌を男の大きく熱い湿った手が撫で、星羅は身を捩る。

「汚らわしい」

 思わず吐き捨てれば、顎を掴まれて茉希の方を向けさせられる。体を拘束する力が痛いほど強くなる。

 今、星羅のすぐ側にいる二人は特に茉希に忠実なのかもしれない。

「汚らわしいのはどっちかしら? 悪魔と交わったんでしょ?」

「白魔女はそんなことしない。それに、もしも、この世に悪魔なんてものがいるのなら、きっとあなたの中にいるわね」

 茉希の所業は悪女と呼ぶに相応しいのかもしれない。男を手玉に取り、女と徒党を組み、従わない者は過剰な力でねじ伏せる。

 一樹から茉希との再対決が避けられないものであると言われてはいた。星羅自身覚悟していたが、当然のことながら一騎打ちというわけにはいかないようだ。彼女は絶対に差しでの勝負には応じないだろう。

「いいわよ、好きにしなさいよ!」

 男達の口笛が耳障りだった。力ずくで押し倒された衝撃で声が詰まる。

 押さえ付けてくる痛み、生々しい体温、荒々しい息遣い、獣の巣に放り込まれたようで肌が粟立つ。

 気持ち悪い、けれど、助けてとは言えなかった。

 これが罰ならば甘んじて受けなければならないのだろうか。

 涙が浮かぶ。視界が滲む。叫んでしまいたい。

 這う手が蛇のようで、向けられる携帯電話のカメラが、ビデオカメラが闇から覗く無数の目のようだ。

 夢を星羅は思い出す。幾十、幾百もの目が自分を見ていた。ある時は石を投げられた。燃え盛る家の中にいたことも、張り付けられて焼かれたことも、裁判にかけられていたこともあった。

 それは《魔女狩り》だったのかもしれない。自分への戒め、あるいは罰かもしれないと思っていた。前世だと思ったことはない。けれど、それでも良かった。

 いつだって恐怖の中で目覚めた時には偉大なる《魔女》だった祖母の優しい声が包み込んでくれた気がした。

「泣いちゃってるぜ」

「マジかよ!」

 下卑た笑い声が不快だ。早くしろ、という罵声も聞こえる。

「いつも一緒の黒猫は連れてこなかったのね。あなたの前で痛め付けてあげようと思ったのに」

 あのノスフェラトゥも今度ばかりは助けてくれないだろう。頼るつもりはない。期待はない。

 けれど、茉希はノスフェラトゥがこの場にいないことを感謝すべきかもしれない。あれは可愛らしい猫ではない。あまりに凶暴だ。魔女と共に葬られることを良しとはしないだろう。自分で何とかしなければ、そう自分で自分を助けなければならない。星羅は思う。

 抵抗を諦めていた体に力が戻っていく気がした。指の先まで血が巡っていくように、体が熱くなる。

 人は人に残酷なことをできる。けれど、こんなことは許されない。許せない。

「許さない、絶対に許さない!」

「私もあんたを許さないわ!」

 怒りで我を忘れた茉希が男を押し退け、馬乗りになって殴りかかってくる。それがチャンスだった。

 殴られ、歯が柔らかな唇を裂く。血の味が流れ込んでくる。気持ち悪い、けれど、力を吹き込むように、意識を覚醒させるように。

 星羅は足を振り上げ、腕を振る。驚きに腕が緩んだ瞬間にそうして抜け出すことができた。

 勢いを付けて起き上がり、そのまま茉希の腕を掴む。

「なに!?」

 茉希が驚くのも無理はない。星羅は彼女の背後に回り、拘束していた。

 その首筋に冷たい金属を突き付けて。

「暴れないで。さあ、歩くのよ」

 まるで人質を取る犯人の気分だった。逃げられるかどうかではない。やるかやらないか、そして、やられるか。

 無駄な抵抗かもしれない。相手には数と機動力、単純な力も権力もある。

 だが、勝算はなくとも、やらないよりは、このままボロボロになっていくよりはましだった。

「こんなことしてただで済むと思ってるの!?」

「暴れないでちょうだい。あたくし、正当防衛を主張するつもりなの」

 出入り口は近付いている。腕の中で茉希が暴れて、星羅は少し力を入れる。彼女の呻きなどどうでも良かった。どうせ、骨を折ることはできない。

「絶対に許さないって言ったわよね? あんたを破滅させるわ!」

「あたくしには何もない。だから、あたくし、あなたのような悪を消し去るためなら、黒に堕ちても構わない。今ならそう思う。誰かの幸せのためなら、魔女狩りも魔女裁判も怖くはないもの」

 たとえ、ここから逃げ出せたとしても本当の意味で彼女から逃れることはできないかもしれない。

 けれど、自分以外の誰かを守ってくれる人間なら必ずいる。それならば問題はない。

 呪術や黒魔法といった類は星羅の専門外であって、決して手を出してはいけないことになっている。だが、他人に対してここまで憎悪を覚えたことはない。

 彼女と大輝が結婚する未来などというものが存在するならば叩き壊してしまいたかった。そんなことあってはならないと強く思う。

 不幸を前提に付き合ってくれなどと言った男だが、非常識極まりないとは思わない。それはきっと運命が彼に言わせた言葉なのだ。だから、彼は自らの発言に戸惑ったのだ。

「妙な真似をしたら、あたくし、この女を悪魔へ生贄として捧げるわ。本気よ、脅しじゃない」

 扉の前で星羅は男達に向かって宣言した。でたらめな脅迫だが、星羅を不気味がっている彼らには効果があったようだ。

 じりじりと様子を窺っていることには気付いている。彼女に危害が加えられることになれば彼らもただでは済まないだろう。だから、彼女を守ろうと必死になる。虚しいことにそれは友情や愛情ではないが、星羅一人ならば、どうにでもできると思っている。

 手にした刃のないナイフの切っ先を少し皮膚に食い込ませ、茉希に扉を開けさせる。どこかで隙が生まれると思っているだろう。

 星羅はとにかく外に出なければと思っていた。そうすれば望みがある気がした。


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