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マーガ  作者:
第六章 魔女と悪女の決戦
27/30

6-1

 ぺったりと机に頬を付ければ冷たさを感じる。だが、そのひんやりとした心地よさもすぐに薄れてしまう。

「おいおい、何だよ二人揃って」

 トンと机が叩かれ、大輝はそのまま上を見ようとしたが、すぐにグイッと体を起こされる。

「おい、大輝ー」

「放っておいてくれ……」

 いつもテンションが高いクラスメートと絡むのは今の状態では辛かった。

「拓臣ー、お前まで何なんだよ?」

 大輝が緩慢な動作で振り返れば、拓臣も先程の大輝と同じように机に突っ伏している。これは非常に珍しいことだ。

「夏実が口聞いてくれねぇ……」

 クールで完璧なモテ男で通っている拓臣としてはあり得ないことだ。周りもざわつき始める。

「俺も徒花さんに会わせてもらえない……」

 大輝はガックリと頭を落とした。

 数日で状況はすっかり変わってしまった。

 今や大輝と茉希の関係は白日の下に晒され、婚約発表パーティーの準備が着々と進められている。

 そのせいで星羅との関係もまずいことになってしまった。

 自称《市原茉希親衛隊》達による星羅への嫌がらせは日々酷くなっているようだった。恐ろしいことにこの学校にも彼女の信者は多い。元々そうでなくとも、星羅への嫌悪感から便乗してしまう生徒も多いようだ。

 彼女は何も悪くないのに、他人を幸せにするために尽力してきたというのに、大輝をたぶらかしたとして《魔女狩り》に遭っているらしい。全て茉希の手回しだろう。恥をかかされた報復は度を超えている。

 はっきりとしたことがわからないのは彼女と一切連絡が取れないからだ。会いに行こうとすれば一樹や夏実に追い払われ、星羅自身にも拒絶されてしまう。

 ノスフェラトゥは常に星羅を守っているようで、それは頼もしいのだが、前のように遊ぶことさえできない。

「何だよ何だよ、二人とも女絡みかよ! モテ男達に天罰が下ったんだな! はーはっはっはっはっはっ! そのまま爆発しちまえばいいんだ!」

 普段からモテないことを悲観して大輝や拓臣に絡んでくる男だ。

 いつもは聞き流しているが、今は深刻なのだ。苛立ちが募る。

「うぜぇ」

 拓臣が低い声で言い、彼はビクリと肩を跳ねさせる。

「頼むから、黙ってくれ。マジで」

 大輝も我慢の限界だった。

 父親にも散々説教を聞かされ、茉希の父親にまで呼び出された。それでも、婚約が回避できないのだから恐ろしい。

 灰岡家の利用価値、市原家と組むメリット、その全てが大輝にはわからない。茉希も同じはずだ。なのに、なぜ、あれほど頑なになるのだろう。

「大体、お前はあんな美人と婚約が決まってたってのに、得体の知れない魔女娘と付き合ったりして、どうかしてる!」

 誰もが勝手なことを言う。真実を言えないもどかしさが大輝を襲う。

 本当のことを明らかにしてしまいたい。皆が言うような美人ではないのに、口にできない。

 どれほど星羅が優しい人間かを誰も知らない。

「勝手なことばっかり言わないでくれよっ! 何も知らないくせに!!」

 叫んでいた。気付いてから机に叩き付けられていた手がじんじんと痛む。

「大輝!」

 余計なことを口走るとでも思ったのか制するように拓臣が叫んだ。

 何もかもが辛い。こんな時に星羅に会えればきっと救われるのに、彼女に伝えたいことがあるのに。

 どうして、世界は彼女にこんなにも冷たいのだろうか。



 昼休み、意外な訪問客が大輝の前に現れた。

 なぜか無言で大輝と拓臣の腕を引き、連行していく。

「えーっと……会長の……キューヤさん?」

 彼は黙ったままで大輝はどうしていいかわからずに口を開く。

「三木一樹生徒会長殿の下僕の蕪木久弥と申します」

 そう言えばそうだったと大輝は思い出す。久弥だからキューヤやキューピーなどと一樹に呼ばれるのだ。そのせいで、彼の本名の印象は限りなく薄い。

 彼は生徒会の副会長として、一樹の懐刀として仕えているが、分室には滅多に姿を現さなかった。

「キューヤと呼んでいいのは家族だけにございます」

 大輝は引っかかりを覚える。一樹の横暴はまた別なのだろうか。

 それとも、いつも冷静にそこに立っておきながら面従腹背ということなのか。

「家族……会長は」

「若は家族ですよ、もちろん」

 それは彼女以外に彼女がいないとでも言うかのように。一樹の周辺にはよくわからないことが多い。

 だが、その先を聞いてはいけないと大輝は感じた。拓臣も同じだっただろう。

「それで、蕪木先輩はどうしたんですか?」

「少々お伝えしたいことがありまして」

 それっきりだった。黙ってついてこいとばかりに腕を引く。その光景は異様なものだっただろう。

 通り過ぎる生徒達は何事かと好奇の視線を送りながらも生徒会や分室関係者には関わりたくないとばかりに敬遠を滲ませる。


 どこへ行くかもわからないまま歩いて、調理室に入れられる。

 そして、二人を座るように促すと目の前でご飯をよそい、味噌汁を差し出してくる。

 皿には煮物や漬け物などまでもが置かれ、やがて向かいに久弥が座り、おもむろに手を合わせる。

 完璧な和食ランチだった。

 大輝と拓臣は顔を見合わせた後、彼に倣うようにした。

「若が『絶対に絶対にっぜぇったいに! 余計なことはすんな。したらケツの穴掘るぞ、ボケ!』だそうです」

 淡々と久弥が言い、大輝は少しばかり期待していた自分に気付く。

 良いニュースがあるわけでもなく、忠告に落胆した。

「余計なことって言ったって打つ手なしですよ」

 星羅の家族を頼っても門前払いだった。皐、美智子、それから易者をしている祖父は大人の対応と言えばそれまでなのかもしれない。彼らにとっては自分達が出て行くことではないと言った。あの駅でまた誰かの手を握ろうとしていた睦月を捕まえてはみたものの、逃げられてしまった。

 何もできることはない。したいこともできない。

「あの方なりに動いてますから、まあ、坊やはおねんねしてな、ってことで」

 それは久弥の本音なのだろうか。妙な力が籠もっているように感じられたのは気のせいだろうか。

「会長が俺のために頑張ってくれてると思っていいんですか?」

「まさか! とんでもないっ!」

 急な大声に大輝も拓臣も揃って肩を跳ねさせた。

 彼はブルブルと首を振っている。

 よく知らない相手とは言え、本当に見たことのない、想像もしなかった久弥の反応だった。

 それから沈黙が流れる。久弥が口を開いてくれない限り二人は何も言えない。特に拓臣はとばっちりだと思っているかもしれない。空気になることに徹している。

 ただ久弥が漬け物を食べる音だけがパリポリと響いた。

「……私怨ですよ」

 久弥が重い口を開く。また漬け物に箸を伸ばす。

「しえん……?」

「怨恨。個人的な恨み」

 意味がわからなかったのではない。現実的な単語ではなかったからだ。

 久弥の表情があまりにも硬質で、何かを抑え込んでいるような声にも聞こえたからだ。

「会長のところも何かされたんですか……?」

 何があっても不思議ではない。大輝もわかっている。

「いえ……三木家とは直接関係はございません」

 今度は久弥が味噌汁を飲む時間がやけに長く感じられた。大輝は緊張と衝撃でまともに食事が喉を通らないと言うのに彼と拓臣は黙々と食事をしている。

「自分の家は市原雄一郎(ゆういちろう)に潰されました」

「そんな……」

 茉希の父雄一郎はそういう男だ。それ故に大輝は身売り状態に追い込まれている。今正に売買契約が正式に締結されようとしている。

 それを断れば灰岡家も社会からその名を消されることになるかもしれない。否、間違いなく破滅だろう。彼に本気を出されれば、きっと全てが敵に変わってしまう。

 パーティーは彼らにとって自分の力を見せ付けるパフォーマンスだ。失敗は絶対に許されない。最早、大輝は人形となるしかない状況だった。

「小さな会社ではありましたが、従わない父が目障りだったのでしょう。何度も忠告はありましたが、父は受け入れず会社は倒産、一家は路頭に迷いました。いえ、一家だけではございません。皆、乗り込んだ船を一夜にして難破船に変えられてしまったのでございます。逃げられるはずもありませんでした」

 何と言ったらいいかわからない。けれど、彼の姿は数年後、あるいは数日後の自分の姿に見えてしまう。

「同情はおやめください。三木家に拾っていただき、自分は今幸せです。自分を罵っていいのも蔑んでいいのも一樹様のみ。再び市原が毒牙を延ばすならば、自分は一樹様の刃となって砕きましょう」

 だから家族なのかと納得はできる。一樹に虐げられながらも、それは家族愛であって虐待ではない。兄弟喧嘩のようなもので、それを彼も喜んでいる。他の者達もそうなのだろう。遠目に見る生徒会役員達にはそういった団結力がある。

 それを星羅に言わせればドSの周りにドMが集まっているということになってしまうのだが。

「さて、暗い話はここまでにして、羽佐間殿、お茶はいかがですか?」

「あ、いただきます」

 いつの間にか二人は食べ終え、拓臣は茶まで飲む余裕があるようだった。

 大輝もお茶を貰おうかと思ったところで、久弥に鋭い視線を向けられる。

「灰岡殿、食べ残しは万死に値します故、くれぐれも一粒たりとも残されませんよう」

「は、はぁ……」

 食べ終えなければお茶は出さないとでも言いたげだった。

 結局、久弥と拓臣が暢気にお茶をすすっている間、大輝は必死に食事を平らげる羽目になったのである。

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