5-2
「俺のことがわかるってことは、星羅ちゃんから、うちの家族のこと、少しは聞いたんだよね?」
喫茶店でご機嫌にオレンジジュースを飲みながら睦月は言う。
「お兄さんのこと、駅で手当たり次第に他人の手を握ってるって……いや、今日やっとその意味がわかったんですけど」
「手相の勉強中なのね、俺。占い師を目指す学生さんだから」
茉希の予想は全くの見当違いだったということだ。けれど、納得できる。
「一家離散って聞きました。後は竹串とかどこかの母とか……」
「おじいちゃんが易者でねーママもねー占い師なのね。みんなにお母さんって言われてるのね。ちょー凄いの」
そこは間違いなかったようだ。
「でも、お父さんは消息不明って……」
それは非常に言い難かったのだが、睦月は首を傾げる。体ごと傾いている。
「ん? パパも現役占い師だけど」
「そうなんですか?」
睦月の方が不思議そうだ。どうやら彼は家族のことを知らないわけではないようだ。
「そうそう、オカマバーにいるよ」
「お、オカマ……?」
大輝は耳を疑った。睦月はさらりと何を言ったのだろうか。
オカマとはあのオカマなのだろうか。
「うん、パパもママになっちゃってさ。いや、俺、オカマとかニューハーフとかオネエとか女装家とかよくわかんないんだけどね、そんなん」
「は、はぁ……」
睦月は何でもないことのように言うが、星羅もそうだとは限らない。
本当に見えなかったのか。言いたくなかったのかはわからない。けれど、認めたくないのだとしたら気持ちはわかる。
「でも、女装なら俺もしたいなぁ。そんでね、星羅ちゃんと一緒にお買い物するの。姉妹とか親友みたいに」
睦月はのほほんと言う。本気でそう思っているようだ。
確かに彼は星羅に似て、あまり男らしい感じもない。星羅が隣を歩いてくれるかは別として、きちんとやれば見られるものにはなるはずだ。
「に、似合うと思います」
「ほんと?」
「ええ、全然大丈夫だと思います」
尤も、星羅がどういう反応をするかは大輝には想像できなかった。
「あ、星羅ちゃんに、みんな元気よー、って言っといてね」
どこまでも睦月は軽かった。けれど、次の瞬間には少し顔を曇らせた。
「星羅ちゃんが悪いわけじゃなくて、俺達が星羅ちゃんで商売しようとしたら、なんか大変なことになっちゃっただけで、離散って言っても、こう一時的にみんな反省しましょー的な? だから、絆がぷっつり切れちゃったわけじゃないんだよ。パパとママっていうか、ママとママも離婚してないし。むしろ、ラブラブだし、より愛が深まっちゃったらしいし。星羅ちゃんは責任感じてるみたいだけど、俺達、欲出すとダメになっちゃうみたいでさ。能力の悪用、私利私欲のための利用禁止的な? だから、星羅ちゃんには本当に辛い思いさせちゃってるよね」
星羅は自分のせいで一家が離散したと言った。それを罪と感じるからこそ、償いをしなければと思い続けているのだろう。けれど、それは彼女の思い込みに過ぎないのかもしれなかった。
少なくとも睦月に星羅を責める様子はない。むしろ、自分の方を責めているのかもしれない。
大輝にはほっとしたことがあった。完全にバラバラになったわけではない。今でも彼らは繋がっているのだろう。その証拠に星羅は家族の今の姿が見えたのではないか。それは彼女にとって救いなのではないか。
きっと繋ぎ合わせようとすれば、いつでもできるのだろう。だが、彼女の罪の意識が遮っている。
もしかしたら、家族が再び揃えば星羅は笑ってくれるかもしれない。大輝は思う。彼女は不幸になってはいけない。
だとしたら、誰が彼女を幸福にできるのだろうか。笑わせられるのだろうか。たとえ、幸福になれたとしても彼女は《魔女》であることをやめないだろう。そんな彼女を誰が守れるのだろうか。やはり、一樹なのか。
「はい、手出して」
その声で待機は現実から離れていた意識を引き戻された。
つい先程まで深刻な表情をしていたかと思えば、にこにこと笑って睦月が促す。
当初の目的の手相を見るということだろうか。
「君、モテて大変でしょ?」
大輝の手を見て睦月は言う。その目は真剣そのものだ。
手相でどこまでわかるのか、大輝は不思議だった。大輝自身は星羅に見られたことがないのだが、彼女がどこまで、どんな風に見ているのかもわからない。
「星羅ちゃん、厄除けに効くからこのままキープキープ!」
「いや、でも……」
まさか彼女の実兄の口からそんなことを言われるとは思っていなかった。
「君、婚約者的な子とは結婚しないんだよね。そういう線じゃないもん」
「本当ですか!?」
大輝は思わず立ち上がってしまいそうだった。
何たる僥倖だろうか。信用できるのかなどわからないが、信用しないという選択肢が存在しなかった。全力で信じたい。
彼は徒花星羅の兄であって、同じように手を見ることで運命を見ることができるのだろう。彼の目は星羅と同じ目をしている。
「うんうん、彼女との縁はノーノーよ。まあ、それ以上言っちゃうと全然おもしろくないから、お口にチャックしちゃうけど」
本当にチャックをするように睦月は右手を引き結んだ唇の上で動かした。
「おもしろくないって……」
「ただ何か……そう、なーんかやな感じ。君の恋は障害物競走みたい。近々、悪い奴が出てくるから気を付けなよ?」
希望が見えたところで、大輝の気分はズシッと重くなる。
「それって、俺の婚約者的な……」
「また別の何かってくらいしか言えないね。何かねー、モヤモヤなのー」
別の何か、それはそれで問題である。
一樹にも変な奴らが聞き回っていると言われたばかりだ。これ以上、面倒なことは起きないでほしいものだ。
けれど、もうどうすることもできないだろう。大輝は大会の中の流木の一本に過ぎない。ただ流されていく。それだけのことだ。
「俺、星羅ちゃんよりも全然劣るしー。いや、星羅ちゃんがどんな風に見えてるか俺にもわからないのよ。って言うか、星羅ちゃんが一族で一番なのね。ママ……本物のママも凄いんだけど、星羅ちゃんの方が上。もう死んじゃったおばあちゃんほどじゃないけどね。うん、まだその域じゃない」
星羅は祖父のことは話したが、確かに祖母のことは何も言わなかった。既に他界しているからだったのだろう。
「おばあさんも、占い師とかだったんですか?」
「うん、そうだよ。あの人は遠い海を渡ってきた魔女。マーガって言うんだったかな? 星羅ちゃんみたいに猫ちゃん連れてたよ。何か猫ちゃんが集まってた」
祖母も魔女だったというような話は一切聞いていなかった。異国の血が入っていることも、それすらも彼女は話してくれなかった。