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マーガ  作者:
第四章 魔女と悪女のお茶会
22/30

4-6

 星羅にハーブティーを入れてもらえばほっとする。

 苛立ちが嘘のように消えて行く。手作りだからこそ、彼女の優しさが体に染み渡る気がする。未だ現場に出くわしたことはないが、校長が常連になっているというのもわかる気がした。

 彼女はまるで殉教者だ。けれど、大輝は彼女に不幸になってほしくないと思う。それを前提とした付き合いを前提としたのは自分で、その提案の理由もわからなくて、今は全く逆のことを考えている。

 時折、思うのだ。彼女が本当に自分の彼女だったなら良かったかもしれないと。茉希のことで悩まされながらも今正に青春していると感じるのだ。束の間であってほしくないと思う。

「あのさ、徒花さん。本当に彼女との婚約を円満になかったことにすることはできないかな?」

 茉希が本当に望んでいるのなら彼女は縁を切ることはできないと言うだろう。だが、茉希と直接会ったことで何かを見たのではないかという期待があった。

 すると、星羅は難しい顔をした。

「今すぐには無理ね。でも……あなたの未来に彼女はいないような気がする」

「本当?」

 星羅の言葉は曖昧で、けれど、大輝に期待を抱かせるには十分だった。

「何も見えないから……けれど、彼女の未来にあなたは見えなかった。彼女のことも、棘ばかりで、その先ははっきりと見えたわけではないのだけど……」

 星羅は茉希を見た。それもまた目的ではあった。

「でも、あなたのことについてはあんまり期待しないでちょうだい。あたくしも勘に頼るしかないのよ。一度師匠や気乗りはしないけれど鳳鈴に聞いてみれば、もっと道が見えるかもしれないけれど……あたくしは、とっても未熟な魔女なのよ」

 星羅は苦しそうな表情で、机の上に視線を落とした。

 彼女の苦悩の原因は自分だ。そう思うと大輝は何かしてあげたくなってしまう。

「あのさ、今度埋め合わせさせてくれないかな? スイーツのバイキングとか興味ある?」

「お断りするわ」

 悩む間もなく即座に返された答えに大輝はショックを受けた。

 いつも一樹とお菓子を食べている星羅だ。当然興味はあるだろうと思っていた。

「あなたはあたくしを利用するだけ。不幸にすることだけ考えていればいい。あたくしなんかと外で必要以上に一緒にいれば面倒なことになるわ」

 じっと星羅は見つめてくるが、その目は冷たく見えてしまう。

「会長が一緒でも?」

「ええ、三木一樹が一緒でもよ」

 また大輝はショックを受けた。一樹が一緒なら了承してくれるだろうという期待があった。

「拓臣や夏実ちゃんが一緒でも?」

「あたくし抜きで行ってちょうだい」

 一樹を連れてあのカップルと一緒にスイーツバイキングに行くことを考えると胃もたれがする。

 連れて行く代わりに買ってくればいいか、と大輝は思う。彼女に何かをあげたい。だが、彼女は受け取ってくれないかもしれない。

 なぜ、そこまで思うのかはわからないが。


「これ、差し上げるわ」

 星羅がポケットから何かを取り出して、大輝の方に差し出してくる。

「飴?」

「レモンの飴は持っておくといいわ。気分が悪くなった時に効くから」

 黄色い包装に入ったレモンキャンディーが三つ目の前に並んでいる。普段、彼女は携帯しているのだろうか。

「俺はそんなに飴舐めないし、気持ち悪くなることも……」

「あなたに必要な気がするから差し上げるのよ。本当に必要な時に使うのよ」

「わかった。もらっておくよ。ありがとう」

 その時に見極められるのかはわからない。けれど、大輝はそっとポケットにしまい込んだ。


「話は済んだ?」

 急な声にビクリと肩を跳ね上げ、振り返れば入り口に寄りかかるように一樹が立っている。その斜め後ろには珍しく一樹の右腕とも言える副会長の蕪木かぶらぎ久弥ひさやが立っている。

 大輝は慌てて席を譲れば「うむ」と頷いて一樹がそこに座り、部屋の隅に久弥が静かに立つ。

 そして、大輝はいつも通り正座だ。

「タイピー、今日から一人で帰りなよ。星羅はあたしが護送するから」

「え?」

 まさかそんなことを言われるとは思わず、大輝は驚いた。全くの予想外である。

 その上、随分と物々しい言い方だ。星羅も何も反論しない。

「星羅は目を付けられた。だから、ケリが付くまであたしが守る」

「それなら、俺が」

 守るというのなら、大輝にもできるはずだった。力不足だとは思わない。

「タイピーには無理だよ」

「いや、でも」

 きっぱり言われて、それでも大輝は食い下がる。それを一樹は許さない。

「もう一度言う。タイピーみたいな軟弱野郎には無理。絶対無理。誰が何と言おうと無理無理。あんたもそう思うよね? 久弥」

 酷い否定のしようだった。その上、いつもはキューピーなどと呼んで泣かせているくせに一樹は珍しく彼を名前で呼ぶ。

「……ええ、若がおっしゃる通りにございます」

 久弥が口を開いた途端、空気が重くなる。

 『若』と言うと余計に極道っぽいのだが、一樹がそう呼ばせている。そういう物が好きなのか、本当に堅気でないのかは今のところわかっていない。

「大体、ケリなんて……」

 付けられるのだろうか。大輝は思う。茉希に手を出すと大変面倒なことになる。市原の家自体がアンタッチャブルな存在であり、大輝もある意味では人身御供のような物であったりする。

 灰岡と市原が手を取る。それが最善とされている。

「あっちが仕掛けてくるなら、あたしの出番だ。ぶっ潰してやるよ」

「そ、そんな……」

「あちらさんはそれだけのことしてんだよ。他人を潰してきた奴は潰される運命にあるんだよ。ぺっちゃんこになっちまえばいい。ペラッペラの紙切れ一枚になったらケツくらい拭いてやるさ」

 一樹自身傍若無人と言われ、他人を巻き込むが、不思議と憎まれない。大輝も好きか嫌いかならば好きだと言える。彼女は悪いことは悪いとわかっている。

「若」

「三木一樹」

 ヒートアップして言葉が荒っぽくなってきた一樹を宥めるように久弥と星羅が同時に声を発した。

「市原んとこは先祖代々やり方が汚いから泣いてきた奴がいっぱいいる。ここらで退場してもらうのがいい」

「物騒なことを言いますね」

 一樹が言うことは事実だ。灰岡の家も市原を抑えることはできない。

「別に裏から手回して社会的に抹殺するって言うんじゃない。戦争するつもりもない。奴らがしてきたことを白日の下に晒してやろうってだけ。償いはしてもらわないと」

「悪意を持って登れば転落する山があるのよ」

 その山の名は何と言うのだろうか。権力だろうかとぼんやり考える。

「最近、変な奴らがこの辺でうちの生徒に聞き回ってるって言う話もあるから気を付けなよ? 市原とはまた別にさ」

 それもまた物騒な話だった。一体何を知りたいのだろうか。

 考えたところでわかるはずもない。たとえ、聞かれたとしても逆に聞き返すことはできないだろう。遭遇しないことを祈りたかった。

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