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マーガ  作者:
第四章 魔女と悪女のお茶会
21/30

4-5

 放課後、分室には予約が入っていて、大輝は図書室で時間を潰してから誰もいないのを見計らって行った。

 星羅はいつものように大輝を迎え入れるが、それが複雑な思いを抱かせる。

 大輝は軽く挨拶を返し、鞄の中から封筒を取り出して星羅に差し出す。

「何かしら?」

 星羅は首を傾げる。様子がおかしいとすれば間違いなく大輝の方なのだから無理もないだろう。

「お茶代。ほら、代わりに払ってくれただろ?」

 あの時は急いで茉希を追わなければならなかったが、本来彼女に支払わせるつもりはなかった。

 男が支払うべきだという意識が大輝の中にもある。特に、星羅には自分の望みのためだけに迷惑をかけている。

「あれは、彼女を怒らせてしまったお詫びでもあるわ」

 星羅は決して手を着けようとしない。本気でそう思っているのだろう。

「彼女、癇癪持ちで、どの道怒ってた気がするし、クリーニング代も含めて受け取ってくれないかな?」

 黒だから目立たないという問題ではないだろう。

「これをきっかけに、またあたくしをあの悪女の前に引きずり出して謝罪させるおつもり?」

 星羅がじっと見つめてくる。今はその視線が苦しかった。

「そんなつもりじゃないよ。どうせ、謝る気なんてないんだろ?」

 彼女が謝る必要はない。彼女が見えた通りのことを言ったのは事実だろう。大輝にも容易に想像できるヴィジョンだった。

 彼女は多くを踏み付けてきた。いつ、その土台になった者達が牙を剥いても不思議ではないくらいだ。

「あたくしは、自分が見た物を偽ったりしない。ただ、それだけ」

「わかってる。わかってるよ。君と彼女を会わせたら惨事が起こるような気はしてた。ううん、起こらない方がおかしいくらいだよ」

 掴み合いの喧嘩にならなかったことに安堵しているほどだ。

「あなたも魔術師になるのはいかが? 誰でも簡単になれるものよ。必要であれば、知り合いを紹介するわ。いけ好かない男だけれど、一流の魔術師がいるのよ」

 男、その単語に大輝の心臓がぴくりと跳ねた気がして、無意識に拳をぎゅっと握り締める。

「あの、徒花さん。何でも話す仲じゃないのはわかってるし、始めに確認しなかった俺も悪いけど……」

 喉がカラカラに渇く。そっとポケットの中の携帯電話に触れる。

「……その、付き合ってる人いたりしないかな?」

 何かの間違いだとわかっているのに、ひどく聞き難かった。

 声が妙に震えてしまっている。

 それなのに、星羅は変な物を見るようにして、それから大輝を指さした。

「ほ、他にってこと!」

 こんな時にボケないでほしい。そう思う。大輝は真剣に聞いているのだ。確かに言葉は少なかったかもしれないが、理解してほしかった。

 けれど、彼女ならばわかってくれるだろうというのは押し付けに過ぎない。彼女には見えない、その事実が悲しい。

「いないわ」

 そう聞いて安心しているのは心の半分にも満たない部分だった。それ以上に納得できていない。

 拓臣の言葉がリピートされるが、鵜呑みにしているわけではないのだと自分に言い聞かせる。

「徒花さんってお兄さんは一緒に住んでないんだよね? 一人だけだよね?」

「ええ、どこかの駅で手当たり次第他人の手を握っては声をかけているらしい兄一人しかいないけれど、行方知れず、音信不通よ」

 厳密には何をしているかわからない。そういうことだろう。

 大輝の中で一つの希望的な可能性が消える。元々、薄すぎる望みだった。

「灰岡大輝、はっきりと聞いてちょうだい」

 星羅は焦れたようだった。

 何だかイライラしながら大輝は携帯電話を取り出して、メールを開き、添付画像を見せる。

「この人誰? 同棲してるって本当?」

 自分でも言葉がきついと気付いた。けれども、苛立ちは増すばかりだ。

 星羅はそっと目を伏せ、大輝は後ろめたいことがあるからだと思わずにはいられなかった。

 写真には若い男と並んで歩く星羅が写っている。隠し撮りだが、わかる。

 蜂蜜色の髪のとても綺麗な男だ。背が高く、洗練された雰囲気が不鮮明で小さな画像の中の横顔からでも感じ取れる。彼は甘く微笑んでいる気がした。明らかに兄という雰囲気ではない。

「……あの悪女の仕業ね」

 見破られた。だが、そんなことは問題ではない。今、問題は星羅の方にある。

「徒花さん」

 今度は大輝が焦れる番だった。

「一緒に住んでいるわ」

 拳を握り締めれば爪が皮膚に食い込むが、そんな痛みは感じられなかった。

「その男は鳳玲(おおとりれい)。あたくしと同じように占い師と呼ばれることを好まない魔女……いいえ、男だから魔術師ね」

 魔術師、星羅にぴったりだと大輝は思う。

 優しい男なのだろう。大輝のように不幸にするとは言わないだろう。

「この時は師匠に買い出しを言い付けられていたの」

 買い出し、本当にそうだろうかと疑わずにはいられない。

「つまり、鳳玲はあたくしと同じく下宿している兄弟子」

 それだけよ、と彼女は言う。けれど、それは全ての否定にはならない。

 同じ人物に師事し、一つ屋根の下に住んでいるからと言って全く何もないという証明にはならない。

 それに、写真は一枚だけではなかった。

 なぜ、何でもないと思えないのだろうか。不思議だった。

「急にふざけたかと思えば、こういうことだったのね」

 何かを納得したように星羅が溜息を吐く。

 大輝はただ自分の中のモヤモヤを消し去りたくて机を叩いた。

 それからもう一枚の写真を彼女に見せる。玲が星羅を抱き締めている写真だ。これがあるせいで買い出しだけとは思えないのだ。

 星羅は心底嫌な物を見るような目をして、画面から顔を背けた。

「鳳玲は、あたくしの不運を予知しては黙って傍観しに来て笑っているような男よ。本当は救うことよりも高みの見物が趣味なのかもしれないわね。その上、自分の心にはシールドを張り巡らせて誰にも悟られないようにしている。それを男として見るなんて、これほどおぞましいこともないわね。この男は本物のドSよ。天性のサディスト、鬼畜。店での顔は表側、見た目だけが綺麗なスイーツ、胃がもたれるような凶悪な中身を隠してる。あたくしにだけそういう態度を取るから同族嫌悪なのかもしれないけれど。でも、カフェでは人気も実力もナンバー2、ナンバー1の師匠は格が違いすぎるから、それを除けば実質的なトップ。結果については信頼できると認めるわ」

 つらつらと星羅は早口に言った。

 大抵、彼女は悠然としていて、たまに普通の女の子のような面を見せ、笑えないようなボケをする。

 けれど、これはまた新たなパターンに思えた。茉希に対するようなあからさまな非難はない。

 先程彼女が紹介すると言った男だと思っていいのだろう。

 同類として、兄弟子としては嫌っているわけではないようだ。尊敬している部分もあるのかもしれない。ただ、自分に対して優しくないことに不満を持っている。全て本心だろう。

「これは尾行に気付いていてわざとネタを提供したということ。この後、あたくしが思いっきり足を踏み付けたのだけど、その写真はないのかしら」

「そ、そうなんだ……」

 星羅はしたたかなところがある。本当に踏み付けたのだろう。茉希はそんなところを撮ったりはしないだろう。自分にとって都合のいいところだけ記録する。

「一昨日だって、あたくしのお気に入りのタオルを持ってあの喫茶店に来たのよ? その後で水難の相が出てるって教えに来たなんて白々しいにもほどがあるわ」

 星羅が嫌がるのも何となくわかる気がする。実際、目にしなければわからないが、鳳玲という男は星羅を本当に嫌っているわけではないはずだ。一樹が大輝をいじって遊ぶようなものに違いない。

 一度は会ってみたいかもしれないと思えば体の力が抜けていく。妙に安心している。茉希が吹き込もうとしたことなどどうでもいいのに、写真だけはショックだった。それが、なぜなのかはわからない。

 ただ星羅の言うことは作り話ではないと思った。

「お座りになったら?」

「いいの?」

 問えば、星羅は不思議そうに大輝を見る。なぜ、聞かれたのかわからないという顔だ。

 彼女は余程のことがなければ他人を嫌いにならない。怒らない。だから、大輝の苛立ちも不躾な質問も何も気にしていないだろう。何事もなかったかのように接する。

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