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「はははははっ! 最っ高! やるなぁ、魔女っ子!」
腹を抱えて椅子から転げ落ちるのではないかと思うほど拓臣は大袈裟に笑った。大爆笑である。
「笑い事じゃないって」
大輝としては笑える話ではない。全くもって笑えない。
一昨日、茉希と星羅との三者面談のことだ。メールでも連絡したが、直接聞きたいと拓臣が言ったのだ。
「でも、実際、市原が清く正しく美しいお嬢様だなんて思っちゃいねぇだろ?」
初めからわかっていたことだ。今更、言われなくともわかっている。彼女が清く正しく美しい大和撫子であったならば、大輝はこんな状況に追い込まれていないだろう。それこそ、政略結婚でも構わないと思えていたかも知れない。
「そうだけどさ……結婚は絶対にしなきゃいけないんだ」
両家の利益のため、あるいは、灰岡家の安寧のため、大輝は自分を犠牲にしなければならない。完全なる人身御供である。差し出されるのは彼女の方、けれど、犠牲になるのは不思議なことに大輝の方だ。
「お前のこと随分気に入ってるみたいだしな」
両家の発展のため、彼女はそれを受け入れる。初めからそうだった。彼女が自分に執着する理由が大輝にはわからない。
「大体、お前は、徒花さんのこと嫌ってただろ?」
大輝はなぜ拓臣がこれほどまでに楽しんでいるのかがわからない。
状況は明らかに悪くなった。あれから、茉希のご機嫌取りが大変であった。星羅とは別れるように言われた。そして、近々婚約を発表すると。
「そんなこともあったような、なかったような……」
拓臣の目が泳いでいる。絶対にやめろと言ったのは誰だっただろうか。
「俺は徒花応援団第一号なんだ」
「何だ、それ」
いつの間にそんな物が結成されたのだろうか。一体、何を応援するというのだろうか。
「二号は夏実な」
「会長忘れたらヤバいだろ」
一樹を差し置いて一号を名乗るのはどうだろうか。
それとも一号と団長は別なのだろうか。
「会長は会長だから」
「そういうものか?」
「後援会のな」
大輝は脱力した。本当に一樹は一樹だった。後援会という辺り、彼女の力の入れ方を感じる気がする。
きっと応援団とは規模も権力も資金も全く違うのだろう。生徒会の全員は強制的に入れられているに違いない。
「あのさ、俺、今日は昼……行かないから」
「何だ何だ喧嘩か?」
拓臣は笑っているが、察しているだろう。
「顔、合わせ辛いし、会長のテンションについてける自信ないし」
一樹のテンションがいつでも高いわけではないが、怖い一面を見せられるのも困る。
「じゃあ、三人で食うか。俺と夏実とお前」
「いいよ、俺は一人で」
気遣いはありがたいが、今は幸せな二人といたい気分ではない。一人になりたいのだ。拓臣と夏実のバカップルぶりを見せ付けられれば当たってしまう可能性がある。たとえ、二人が気を遣ってくれたとしても。
「魔女っ子と喧嘩したか?」
「あれから話してない」
喧嘩というほどのことではない。彼女と何か言葉を交わしたわけではない。
彼女は悪くない。ああなることは絶対に避けられなかった。
むしろ、彼女に迷惑をかけてしまった。
でも、そうではない。そうではないのだ。
「八つ当たりはやめろよ?」
「お前に言われたくないよ」
星羅にきついことを言っていたのは彼の方だ。朝、彼女のところに行っているという噂があったかと思えば、別れろなどと言っていたというのだから彼には言われたくないものだ。
「わかってる。でも、違う問題なんだ」
彼女が言ったことは問題がないと言えば語弊がある。けれど、大輝はむしろ自分が言ったことに負い目を感じていた。たとえ、それが一樹や拓臣からの入れ知恵で、本人もわかっていたことだとしても。
「何か吹き込まれたか?」
「確認しなきゃいけないことがあるんだ」
吹き込まれたことは事実だ。昨日、茉希からメールがあった。
星羅とは別れろということ。そして、それは彼女を悪役に仕立てた上でにしろということだった。
つまり、彼女に脅されて付き合っていたということにしろと言うのだ。理不尽にも程があるが、それが彼女の家のやり方なのだと、これまでにも思い知らされてきているからこそ驚きもなければ、抗議の声も出せない。
星羅を悪役にしたくはない。不幸を前提に付き合ってくれと頼んだのは大輝の方だ。
一樹に相談したいことがある。けれど、まずは星羅だ。
「あいつの言うことだけは真に受けるな。絶対に信じるな」
わかってるよ、と返事を返す。ただ、なぜ、こんなにも胸の内に蟠る物があるのかわからないだけだ。
苛立っている。その理由が自分でもわからない。