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マーガ  作者:
第四章 魔女と悪女のお茶会
17/30

4-1

 約束のその日は朝から生きた心地がしなかった。

 全ては星羅次第だと拓臣や一樹に散々励まされたが、それが不安の要因だと彼らもわかっていた。

 星羅は爆弾だ。そして、彼らに言わせれば茉希も爆弾だ。

 爆弾対爆弾、どちらが先に爆発しても大輝は死ぬ。身を守る術が大輝にだけ存在しないのだ。

 ノスフェラトゥがいれば、唯一の味方になってくれたかもしれないが、気まぐれな猫だ。それに、約束の場所には連れて行けない。


 その約束の場所であるカフェで大輝は延々と「逃げ出したい」と思っていた。

 心の中で何度も逃走をシミュレートする。

 ボックス席の隣には流行最先端のファッションに身を包んだ茉希がいる。化粧やヘアスタイル、小物に至るまで手が抜かれておらず、最早雑誌のモデルと比べて遜色ないレベルだろう。

 向かいの星羅はゴスロリファッションである。猫耳のついたフードを平然と被っているあたり、彼女は常に頭をガードしていなくてはならないらしい。だが、それが妙に似合っている。

 先程から周りの視線が痛くて大輝は居たたまれない気分で押し潰されそうだった。とにかく目を引く二人なのだ。

 大輝も茉希に恥をかかせてはいけないと散々言われ、ファッションには気を遣っているが、限界がある。

 何を言っていいかもわからず、無意味に水を飲んでしまう。

 茉希が星羅を値踏みするように見ている。しかし、客観的に見ても星羅は茉希に劣っていない。大輝とてその手のブランド服は高いということは知っているが、服だけの問題ではない。それどころか彼女自体が圧倒的な存在感を持っていることだ。本当に魔女らしいとも言えるかもしれない。

 アイメイクで目力を増し、グロスで輝く唇は今正に生き血を啜ったかのようだ。妙な色気すら感じ、大輝は別の意味でドキドキしていた。

 これは一樹が手を出したのではないかという疑いを覚える。星羅にここまでできるとは思えないのだ。


「話は大輝さんから聞いているわ。えーっと、占いが趣味なのよね?」

 茉希が口を開く。大輝に進行をさせても無駄だと思っただろう。星羅が先に口を開くはずもなく、会いたいと言ったのは茉希の方だ。

 しかし、この二人は待ち合わせ場所で会った時から不穏な空気を纏っていた。火花が散っていると言えば一方的なのだから語弊があるが、とにかくお互いに会わないというのは見た瞬間からわかっただろう。

「いいえ、認識の間違いよ。あたくしは魔女、それがあたくしの生業」

 確かに茉希が間違っていると大輝も思うが、プライドの高い彼女にとってミスを指摘されるということは屈辱だ。もう少し言葉を選んでほしいものであるが、星羅がオブラートを持っているはずもない。

「どうして魔女になりたいの?」

 大輝は心の中で頭を抱えた。激しく呻く。

 説明したつもりなのだが、茉希は星羅のことを正しく捉えるつもりがないのかもしれない。これは、わざと仕掛けているのかもしれない。そうなると、非常にまずいことになるのは明白だ。

「それも間違いだわ。あたくしはもう魔女なの。ゆりかごから墓場まで、生まれた時から死ぬまで魔女なのよ。おわかり?」

 茉希が唇を噛むのがわかってしまった。今の星羅の態度は普段の茉希の態度と重なるものがある。あまりに傲慢だ。

 これは新手の拷問だ。最早大輝にはなす術がなく、二人の女の静かなる争いを見届ける以外にないようだった。

「誇りを持っているのね」

「誇り? そんな言葉を使わないでちょうだい。魔女であることがあたくしの全て、これは業なのよ。あなたには理解できないでしょうけど」

 いつになく星羅の言葉はきつい。

 一樹が入れ知恵をしたのだろうか。それとも、拓臣か。考えてみてもわからない。むしろ考えたくなかった。許されるならば猛ダッシュで逃げ出したい。今ならば自己ベストが出ると断言できる。

「あなたの家族はどうしてるの?」

「市原茉希、あたくしの家族に何の関係があって?」

 あからさまに星羅は突き放す。その表情から茉希への軽蔑すら読み取れるような気がする。

 仲良くしようという集まりでもないが、これはまずい。茉希に納得してもらうという目的は確実に果たされないだろう。

「あ、徒花さんは家族の話が嫌いなんだよ」

 何とか大輝は口を挟む。それがタブーなのは全くの嘘ではないのだが、最早手遅れだった。

「家族がいるのは当然のことかしら?」

「えーっと……聞いちゃいけないことだったみたいね。ごめんなさい」

 誰もが両親といるわけではない。星羅は一度たりとも親戚のことは話さなかった。

 親の顔が見てみたいという気持ちは理解できなくもないのだが、迂闊に聞くべきではなかった。

「あなた、そうは思ってない。心にもないことを平気で言える」

 茉希の心を見透かす星羅の目に大輝はぞっとする。自分は見られたことがないから、そう思うのか。だから、怖いのか。

「そんなこと……」

「いいえ、あなたの心は丸見え。隠しても無駄よ」

 否定しようとする茉希を遮って星羅がぴしゃりと言い放つ。その目からは逃れられないのだと大輝は思い知る。

 だが、呆然と見ている場合ではない。

「ご、ごめん! 徒花さんって偏屈で、空気全然読まないっていうか、一言喋るだけで気まずくなるんだって! 険悪な雰囲気作りの天才なの! だから、連れてきたくなかったんだよ」

 一樹や拓臣に言われた通り大輝は言う。言いたくなかったが、仕方のないことだ。

 ちらりと盗み見た星羅も別段非難の眼差しを送ってくるわけでもない。

 だが、茉希の方がくるりと顔を向けてくる。その表情は険しい。

「そんな人と偽装でも付き合うなんて、あなたの品位はどうなるの?」

 非難はこちらから来た。

 逃げたい、逃げたい。大輝は何度も考える。

「ほら、目には目を、歯には歯を、って言うだろ? だから、悪い虫には悪い虫をっていうか、殺虫剤として効果抜群だって言われたから……」

 自分でも何を言っているかさっぱりわからなかった。

 誰も助けてくれないのに、茉希の視線が研がれた刃物のように鋭さを増していく。

「そんなに知りたいのなら、あたくしの家族のこと、教えて差し上げるわ」

「もういいんだけど」

 茉希が機嫌を損ねているのは明白だ。

 天の邪鬼になるのもわかる。だが、星羅が止まるはずもない。

 大輝には星羅が暴走しているようにしか見えない。彼女との付き合いは短く、その行動が読めるはずがない。元々が何を考えているか、さっぱりわからないのだ。

「祖父はどこかの道端で竹串をジャラジャラさせているらしいわ」

「竹串?」

 何それ、と茉希の顔が歪む。完全に星羅を奇人変人として、不快なものとして見ているのがわかる。

「易者……ってことかな?」

「そうかもしれないわ」

 星羅は他人事のように答えた。

「母はどこかで皆に母と呼ばれているみたい」

「何か教祖様とかじゃないのよね?」

 問いかけながら、茉希はそうに違いないと思っているような気がした。

「あ、あれじゃないかな? よく当たる占い師。○○の母、ってやつ」

 易者に占い師、彼女の家系は本物なのだと大輝は思う。

「兄は駅で手当たり次第に他人の手を握っているようね」

「何か選挙活動とか?」

「兄はまだ学生よ」

 選挙活動なんかできるわけがない。けれども、今回ばかりは何なのか全く検討もつかなかった。

「じゃあ、お父さんは?」

 祖父、母親、兄とくれば父親が気になるのは当然だ。

「父は消息不明。何も見えないわ」

 大輝は何も言えなくなった。

 死別も考えていたのだが、想像してもいない答えだった。

 そして、『らしい』『みたい』『よう』といずれも曖昧だ。

「つまり、あたくしの一家はとっくに離散したの。それぞれ、別の人生を歩んでいる」

 それが『ほぼ天涯孤独』と言った理由なのだろう。

 家族はいてもバラバラになっている。彼女はさらりと言うが、軽い事実ではない。

「……本当にごめんなさい」

 こればかりは、本当に悪いと思ったのだろう。たとえ、ほんの少しでも、茉希にも良心はあるらしい。

「もう昔のこと、あたくしのせいだもの」

 星羅は運命を受け止めている。

 憐憫の情を受け付けないかのように、凛然としている。

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