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マーガ  作者:
第三章 魔女よりも怖い人
16/30

3-5

「ナツミン、ナツミン」

 ちょっとちょっと、と一樹は呼びかけ、夏実は首を傾げた。

「灰岡先輩違う」

「え……?」

「違いませんよ」

 夏実と一緒に大輝も困惑した。

 違うわけがない。自分は灰岡大輝だ。

「ノンノン、タイピー」

 一樹が立てた右手の人差し指を振る。

「だから、そのタイピーは勘弁して下さいって」

 無駄だとわかっていても言ってしまうのは愚かなことだろうか。

 一樹は聞く耳を持たない。

「リピート・アフター・ミー、タイピー」

 いつから、ここは英会話講座になったのだろうか。

「タイピー……先輩」

 恥ずかしそうに、あるいは困ったように眉を下げながら夏実が続く。ちらりと視線を向けてくるが、若干屈辱的なあだ名と親友の彼女の安全は大輝が天秤にかけるまでもないことだった。

「所詮、タイピーはタイピーなんだから恥ずかしがらずにもういっちょ! タイピー」

 それはどういう理屈なのか、大輝としては甚だ疑問だが、彼女がこうと言ったらこうだと言う《三木一樹ルール》には従わざるを得ない。

「タイピー先輩」

 うむ、と一樹は頷く。合格ということだろうか。

「そっちはタクミン」

 ビシッと一樹が拓臣を指さす。拓臣は諦めたように黙っている。

「リピート・アフター・ミー! タクミン!」

「タクミン!」

 自分の彼氏なら遠慮はいらないと言うことなのか、もう夏実は迷わなかった。

「あたしのことは親しみを込めて、かいちょーとお呼びなさい」

「はい、かいちょー!」

(順応早っ)

 大輝は夏実が羨ましくなった。何と影響を受けやすい子なのだろうか。大輝もそうなれれば、ここで肩身の狭い思いをせずに済んだかもしれない。

 夏実は既に一樹に洗脳されたと思って間違いないだろう。


「で、お前は次どこでデートするんだ?」

 幸せを分けてもらっているような微笑ましい気分だったのに、今日は親友が奈落に落としてくるようだ。

 思い出したくないことを思い出してしまった。

「じゃあ、ダブルデートしようよ、星羅ちゃん! かいちょーも一緒にどうですか?」

 キラキラした目の夏実に星羅は少し戸惑っている様子である。

「ちげーよ、こっちじゃない方」

「え、タイピー先輩、二股?」

 拓臣の指摘に夏実はぐるんと大輝の方を見る。ワナワナと震えているようにも見え、大輝は恐怖した。どうにも遺伝子的に女性に弱いようである。

「……あ、お前に言うの忘れてた」

 ふと、大輝は気付いた。肝心なことを拓臣にはまだ話していなかったのだ。

「ん?」

「徒花さんに会いたいって言うから連れてくんだよ」

 そりゃあやべぇな、と呟く拓臣は険しい表情になっている。

「納得はさせたんだろ?」

「だから、ちゃんと会っておきたいんだって」

 一樹が言ったように、納得したと言えば語弊があるのかもしれない。

「あ、タイピー、タクミンには言ってなかったんだ?」

「こいつ、ほとんど話にならない状態で、それから聞くわけにもいかない感じで、今日もこいつのことばっかり聞くんで」

 話したくない、話したくないと思っていた。

 今日になって大輝は自分のことを振り払うように拓臣を質問責めにしていた。そうすることで今まで忘れていられたのだ。

「ちょっと待て、この魔女っ子とあの女を引き合わせたら、どんな爆発が起きるか……あー、頭いてぇ。お前じゃねぇのに頭いてぇよ」

「大丈夫だよ。その辺、あたしが覚悟決めさせたから」

 ケラケラと一樹は笑っているが、昨日のことを思い出せば、週末よりもそちらの方が恐ろしくなるほどだ。

「うまくやり過ごせよ」

 やはり、すんなり終わらないだろう。

 拓臣が言うからにはそういうことなのだろう。

「そいつに言葉に気を付けろって言っても無駄だろうから言っておくが、もし、あいつの機嫌を損ねることがあれば、そん時は『徒花星羅は偏屈で空気が読めなくて一言喋るごとにみんなが気まずくなるような険悪な雰囲気作りの天才だ』って弁解しろ。いや、あらかじめ言っておけよ」

 よくもスラスラと出てくるものだ。しかし、参考にしようと大輝は思う。昨日、一樹に言われて考えてはみたものの、全く言葉が浮かんでこなかったのだ。

 思い浮かべただけでわかる。星羅と茉希は水と油だ。茉希の性格と星羅は合わない。

 プライドが高く、いつも取り巻きを連れ、注目されたがる茉希にとって高慢ともとれる星羅の態度は許せないものになるだろう。

 星羅が口調を変えることは全く期待できない。

 大輝はそれをわかっている。けれど、わかっていない人間がこの場に一人だけいたのだ。

「ひどい! 鬼! 悪魔! 人でなし! ろくでなし! 星羅ちゃんに全裸土下座で謝罪しろ!」

 ボカボカと夏実が拓臣を叩く。その一撃一撃が何だか重そうだ。

「落ち着きなよ、ナツミン。逆DVは推奨しないよ」

 その逆DVという言葉が最も似合うのが一樹なのだが、自分は例外だと彼女は思っているだろう。彼女の周りにはドMが集まるというのが星羅の談なのだから。

「そうよ、三沢夏実。あたくし、磔刑にされても火刑にされても羽佐間拓臣のストリップなんて見たくもないわ」

 それはそれで話がズレていると思うのだが、星羅に言うだけ無駄だろう。

「それに、会長から同じこと入れ知恵されてるから」

「具体案出さなかったけどね。さすが、タクミン、えげつないねー」

 あっはっはっは、と一樹は笑っているが、彼女も十分にえげつなかったと大輝は内心思う。

「星羅ちゃん、それでいいの?」

 夏実の大きな目が不安げに揺れている。

「悪が必要なら、あたくしは喜んでなるわ」

「でも……」

「いつの時代でも《魔女》は悪でしょう?」

 彼女は白魔女であって、黒魔女ではない。けれども、そんなことはどうだっていいのだと知っているのだろう。

 区別するのは《魔女》側の人間だけだ。たとえ、彼女が誇りを持っていても、誰にもわからない。

 《魔女》は《魔女》、黒猫を連れ、黒いフード付きケープをかけた不気味な少女でしかない。

 そして、夏実も大輝も拓臣も、おそらく一樹も、星羅が背負っている物を知らない。



 翌朝、拓臣は溜息を吐いた。

 なぜ、自分はこうもお節介なのか。

「羽佐間拓臣、一つ聞いてもよろしいかしら?」

 拓臣が声を発するよりも早く、星羅が拓臣を見上げて問いかける。

「何だよ?」

「あなたは何で毎回あたくしを連行するのかしら?」

 彼女は問わずともわかっているのではないかと拓臣は思う。

 自分に言わせることに何の意味があるのだろうか。

 それとも、何でも知っていると思うのは買いかぶりか。

「大輝にも他の奴にも聞かれちゃまずいことがあるんだよ」

「文明の利器というものがあるじゃないの」

 星羅がポケットから取り出してちらつかせたのは黒光りする長方形の――携帯電話であった。

 すぐに認識できなかったのは彼女が所持しているなどとは微塵も思っていなかったからだ。よく見れば、黒猫のストラップがぶら下がっている。

「お前、ケータイとか使えんのかよ? それ、じーさんばーさん用のじゃねぇだろうな?」

 失礼ね、と星羅は頬を膨らませる。

 最近の言葉を使う上にデジタルな物も使うようだ。そう言えば、分室にはパソコンがあったな、と拓臣は思い出す。

「あたくし、三沢夏実とはメル友になったのよ」

「なっ、いつの間に……」

 開いて見せる画面には確かに『三沢夏実』の名と番号、見覚えのあるアドレスが表示されている。

「大体、何でお前がメル友とかいう言葉を知ってて、さも当たり前のように使ってんだ?」

 それも、なぜ、自分の彼女とそんなことになっているのか、さっぱりわからない。

 思い返せば、毎日何かと届いていたメールが昨夜はなかった。

 拓臣は自分から送るタイプではない。特に心配もしていなかった。というのは嘘だ。昼のことが原因で機嫌を損ねたかと、らしくもなく不安になっていた。だが、自分から送るようなこともできなかった。

 だから、こういうことだったのか、と思えば脱力する。

「偏見だわ。あなたは、あたくしを誤解している。それが悪いとは言わないけれど」

 誤解しかしていないと拓臣自身もわかっている。

「……気を付けろ」

「何のことかしら?」

「あんたは自分の未来は見えないんだろ?」

「ええ、真っ暗。でも、ノスフェラトゥが守ってくれるわ、多分」

 猫に何が守れるんだと拓臣は思う。それに、彼女の腕はそのノスフェラトゥにやられた傷だらけだ。

「市原はやべぇ。どうにかやり過ごせよ」

 言ってどうにかなるものだとも思えないが、言わずにはいられない。

 そこに全てがかかっていると言っても過言ではないと拓臣は思う。全ては彼女次第だ。

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