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マーガ  作者:
第三章 魔女よりも怖い人
15/30

3-4

 翌日の昼、拓臣は予告通り彼女を連れてきた。

 一言で表すならば、拓臣が言うように巨乳なのだろうか。

 それも降ってきたというラブコメ的展開とあっては羨ましい限りである。

「初めまして、私、えっと……」

 連れてこられた彼女はその場の空気に圧倒されている。

 がらんとした教室にレジャーシートを引き、女子二人は既に準備万端である。大輝としては変わり者二人を女子と形容することに若干の抵抗を覚えてしまうのだが。

 今日の質問責めの対象をロックオンして舌なめずりしている一樹と、いつも通り彼女の豪華弁当の中から食べたい物を少しずつ自分の皿に取り分けている星羅は気楽なものである。

 きっと《怖いヌシ二人》として見られていることなど微塵も気にしていないのだろう。多少タイプの違いはあっても、どちらも周りを気にしない、良く言えばマイペースな二人なのだ。

「俺の彼女」

 拓臣はもうすっかり慣れたもので、けろりとしている。

 自分よりもこの場に適応していると大輝も思う。

「えーっと、三沢夏実(みさわなつみ)です。よろしくお願いします」

 ぺこりと彼女は頭を下げる。完全に萎縮しているのが見て取れる。

 自分も初めはこうだったかもしれないと大輝はしみじみ思う。

「かったいなぁ、ナツミン。緩く行こーよ。ゆっるーくさぁ」

「この人、一番緩いから」

 ひらひらと手を振る一樹を拓臣が指さす。

 一樹は一番年上でありながら、一番子供だ。

 尤も、大輝に言わせれば『緩い時は緩い。堅い時はとことん堅い』だ。昨日のヤクザ疑惑を思い起こせば体に震えが走る。

「で、一番堅いのがこいつ」

「失礼ね、羽佐間拓臣。あたくしはこれで緩いのよ」

 続いて指さされた星羅は腕を組んでみせ、怒りを示した。

「先輩のことをフルネームで呼び捨てにする奴が緩いわけあるか!」

 星羅が敬語を使うのを大輝も聞いたことがない。

 だが、彼女が緩くなると話にならなくなるとも思う。彼女のボケにツッコミを入れることができるのは一樹だけかもしれない。


 拓臣がシートに座り、ちょいちょいと手招きすれば夏実が隣にちょこんと座る。

 大輝はどこに座るべきか悩んだ。シートに空きがない。

「タイピー、あっちね」

「えっ……」

 一樹が指さす方を見て大輝は困惑した。

 広げられた新聞紙と座布団、ノスフェラトゥの餌皿が置かれている。

「ここはカップル席」

 しっしっ、と一樹が手を振る。

「いや、俺、一応、徒花さんの……」

 彼氏なんですけど、と言おうとして一樹に睨まれる。

「何、タイピーの分際であたしを追い出そうって?」

「すみませんでした!」

 大輝は勢いよく頭を下げる。

「ほら、タイピーの相手も飛んできたよ」

 ぴゅーっと何かが飛んできたかと思えば、座布団の上に乗る。

(俺はあっちなのか……)

 大輝はがっくりと肩を落とした。つまり、新聞紙の上、ノスフェラトゥにも劣るということだ。あんまりである。


「えっと、徒花さん……?」

 星羅の向かいに座った夏実が声を恐る恐るといった様子で声を発する。

「ええ、《魔女》の徒花星羅よ」

「あ、あの、星羅ちゃんって呼んでもいい?」

 何を言い出すかと思えば、夏実はなぜかキラキラとした眼差しを向けている。

「うむ。あたしが推奨する」

 星羅が答えるよりも先に一樹は満面の笑みで頷いた。

「あたくしも構わないわ」

 いつも通りのようで、星羅は照れているように見えた。

「その……占ってもらいたいことがあって……でもでも、こんないきなり失礼だと思うし、えーっと……」

「あたくしは、いつでも誰の相談にも乗るわ。遠慮なんていらないのよ」

 星羅はこれで自然体だと大輝はわかっているが、夏実は緊張しきっている。《魔女》の隣にいるのが《魔王》の如き一樹というのは刺激が強すぎるのかもしれない。

「お近付きの印ってことで見てもらえばいいだろ、俺なんか頼んでもいねぇのに見られてるからな」

 気にすんな、と拓臣は笑っている。何だかんだ言いながら彼は星羅を認め始めている。何せ、彼は『巨乳、降ってきた』という恩恵を受けている。

「あ、あのね、私達、今度デートするんだけど……」

「場所が全然決まんねぇんだよ」

 夏実に言わせては進まないと思ったのか、拓臣が代わりに言った。恥ずかしげもなく言えるあたり自分とは全く違う生き物だと羨望を抱いてしまう。

「だから、ラッキーなデートスポットとかわからないかな……と思って」

 ああ、何て微笑ましいのだろうか。

 自分とは雲泥の差だと大輝は落ち込みたくもなる。

「あなた達、どこへ行っても上手くいくわ」

「本当?」

 夏実がパッと顔を明るくし、それから拓臣と顔を見合わせる。

 これぞ自分が望んだ青春だと大輝は思うのだ。ごく普通でいいのだ。

「でも、あなた、本当は遊園地に行きたいと思ってる」

 夏実は恥ずかしそうに下を向き、自然に拓臣がその顔を覗き込む。

「そうなのか? 一度も聞かなかったけど」

「羽佐間拓臣がそういうところは好きじゃないみたいだから言い出せない」

 それは大輝も知っている。彼は女好きで騒ぎ好きと思われているが、自身は静かな場所を求める傾向がある。

「その男に遠慮なんて必要ないわ。あなたが手綱を握って、好きなだけ振り回せばいい。男は躾が肝心よ」

 何て恐ろしいことを言うのだろうか。

 彼女は冗談でもなく、真顔でそれを言っている。

「おいおい、変なこと吹き込むなよ」

 さすがの拓臣も困り顔だ。夏実はと言うと俯いたまま黙り込んでいる。

「師匠の受け売り、男は最初に躾けておかないと後で大変なことになるそうよ」

「あー、それ、あたしも同意!」

 ビシッと一樹が手を挙げる。その手には箸が握られ、立派なサイズのエビフライが高々と掲げられる。

(そりゃあ、あなたはそうでしょうよ)

 そのツッコミはあくまで心の中だけにしておいた。

 生徒会役員もとい一樹の下僕達は見事なまでに躾けられている。

「わかった! あたし、頑張る!」

 急に顔を上げたかと思えば夏実は拳を握りすっかりその気になっている様子だった。

 先が思いやられるものだ。拓臣が彼女を連れてくるのを渋ったのは、こういうことだったのかもしれない。


「お前……俺のこと嫌いだろ?」

「あたくしは誰も嫌いにならないわ。でも、そう見えるのは、あなたがあたくしを嫌いだからよ」

 恨み顔の拓臣の視線を星羅は受け流して言い放つ。

 してやったり、そんな顔をしているようにも見える。

「えーっ、そうなの? ひどい!」

「お前、徒花さんに何したんだよ?」

 拓臣に食ってかかる夏実に大輝も便乗した。

「いや、何もしてねぇって、なぁ?」

 拓臣は星羅に同意を求めるものの、普段の彼ならしないような判断ミスだとしか言いようがない。彼女に聞くのは大きな間違いだ。

「灰岡大輝と別れるように言われただけ」

 空気を読まずにバラした星羅に今度は拓臣がガックリと肩を落とした。

「お前……」

 朝に押し掛けていると思ったら、そんなことを言っていたのか。

 大輝としても初耳である。

「えーっ、灰岡先輩と星羅ちゃんって何かいいコンビだと思うなー。本当に付き合っちゃえばいいのに」

「コンビって……」

 何も知らずには連れてこられない。あらかじめ簡単に事情は説明したと言っているが、何か間違いがあったのではないかと疑ってしまう。

「つーか、お前、ぜんぜん二人の絡み見てないだろ? 悲惨だぞー」

 確かにこの場で大輝が見せたのは一樹の尻に敷かれている様だけだ。

 けれど、悲惨とは言い過ぎではないだろうか。しかし、親友を睨んでみてもその目に映るのは可愛い彼女だけなのかもしれない。

「女の勘です!」

「お前、こいつの影響だけは絶対に受けるなよ? 絶対に、だ。《魔女》になるとか言い出さないでくれよ? 頼むから」

 そこまで言わなくても……、と思うのだが、夏実は影響を受けやすい質なのかもしれない。

 星羅が二人になったらと思うと気が重くなる。

 口にはできないものの、一番一樹の影響を受けてほしくないのだろう。

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