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マーガ  作者:
第三章 魔女よりも怖い人
14/30

3-3

「で、タイピー、覚悟は決まった?」

 一樹は椅子を転がして、大輝にずいっと詰め寄る。

 嫌でも覚悟を決めさせられることだろう。

「ごめん、徒花さん。本当にごめん! 今週の土曜日、どうにか空けてくれるかな?」

 大輝は顔の前でパンと手を合わせた。星羅は学校側の許可を得て、下宿先の占いカフェでアルバイトをしている。土曜日など特に忙しいだろうと大輝は思っていた。

「どういうわけか、あたくし、その日、お休みになっているのよ」

 猫の写真が印刷されたスケジュール手帳を取り出して星羅は言う。彼女自身不思議に思っているようだ。

「それなら、尚更、どこか買い物に行ったりとか……」

 この後に及んでまた覚悟は固まっていないのかもしれなかった。星羅が忙しいのだと言えば、先延ばしにできるかもしれない。

 だが、永遠に延期は不可能だろう。もしかしたら、占いカフェに押し掛けると言い出すかもしれない。それはまずい。

「あたくしはあなたと契約したのよ、灰岡大輝」

「でも……」

「平日学校にいる時だけなんていう約束はなかったわ」

 星羅はメモのページを見せてくる。女の子らしい丸く小さな字で書かれているのは二人の約束事だ。

「そりゃあ、あの時は思い付かなかったよ……まさか、こんなことになるなんて」

 本当にそうなのか。浅はかなフリをしているのではないか。

 自分の中で声が聞こえる。けれど、聞こえないフリをした。考えたくないことからは逃げたい。

「あたくしは、人のためになることなら何だってする。あなたは、あたくしに助けを求めているのでしょう?」

 星羅のひたむきさが大輝の胸を締め付ける。拓臣は《イカレ女》だと言っていたが、全く違う。

 彼女は自分のことに無欲だ。けれど、他人を救うということには貪欲さを見せる。不幸を前提といった非常識な申し出さえ快諾してしまうほどに。

 自分と同じように未来が見えない大輝への興味だったのかもしれないし、どうにかしなければという使命感に駆られたのかもしれない。ノスフェラトゥの奇妙なメッセージもあった。

 彼女は悲劇のヒロインを気取るわけでもなく、彼女は事態を深刻に受け止めてくれている。ここまで自分のことを考えてくれる人間を大輝は拓臣の他に知らなかった。

 それも拓臣とは付き合いが長いが、星羅とは会ったばかりである。

「素直に言ってちょうだい。あなたに黙られると、あたくし、何もできなくて困るの」

「うん、助けてほしいよ。そう思ってる。でも、俺は君に何ができるの?」

 助けてほしい。そう思うのと同じぐらい、星羅を不幸にしたくないと、してはいけないと思っている。

 なぜ、あの時、あんなことを言ってしまったのか自分でもわからないほどだった。

 誰よりも心優しいこの少女を不幸にしてはいけないともう一人の自分が言っているような気がするのだ。

「あなたは、あたくしを不幸にできる。それで十分よ」

「でも……」

 やっぱり幸せになってほしい、とは言えなかった。

「あたくしにも色々あるのよ。この世の不幸を一身に受けたい事情とかね」

「女の色々は聞いちゃダメダメなんだぞっ!」

 ぶすっと一樹の人差し指が頬に刺さる。そのまま、うりうりと更に突き刺さるが、何も言えなかった。

 もうどうにでもしてくれ、という気分だった。今日はどうやら自分の味方らしいノスフェラトゥも見当たらない。


「そんなに良心が痛むならさ、結婚する時には友人ってことであたし達も呼んでよ。豪華料理たらふく食べて笑って引き出物持って帰ってあげるから」

 一樹が来れば滅茶苦茶になるような気がする。考えるだけで頭や腹が痛み出す。もう一杯、ハーブティーを淹れてもらおうかと思って大気は星羅に目を向ける。

「あたくし、ドラジェが好きよ」

「どらじぇ?」

「あーっ、あれだよね、砂糖に包まれたアーモンド! あたしも大好きだよーっ!」

「覚えておきます……」

 まさか星羅まで一樹の話に乗るとは思わなかった。それも、かなり期待に満ちた眼差しを向けられている気がする。

 そんなに好きなら、どうにか入手できないか、調べてみるべきだろうか。彼女は見返りを求めないだろうが、大輝としてはただ利用するというのも心苦しいというものがある。やはり菓子ぐらい贈るのが礼儀というものだろう。

「あ、ご祝儀はさ、『てめぇにやる金はねぇ! 鼻血も出ねぇ!』って紙に書いて入れとくから立て替えてね。交通費と衣装代も後で振り込んでくれればいいから」

「ただでさえ考えたくないのに、勘弁して下さいよ、もう……」

 まだ続けるか、と大輝はガックリと肩を落とす。

 それは最早立派なたかりではないだろうか。できることならば、結婚しなくていい方向に運命を修正したいと言うのに。

「タイピー、考えてごらんよ。星羅は人間未来読み取り装置なんさね、市原の嬢ちゃん見たら何かわかるかもしれないよ?」

 ポンと一樹に肩を叩かれて、大輝は思わず溜息をこぼしていた。

「それが不安だってわかってます?」

 先輩だろうと関係ない星羅が市原茉希に対して遠慮するとも思えない。

 そればかりか先程一樹が《魔女》と言ったせいで対抗意識を燃やす可能性もある。

「そりゃあ、星羅は空気読まないけどさ……だからこそ、何かあってもタイピーは全部星羅のせいにできるじゃん。市原の嬢ちゃんの矛先、全部星羅に変えて自分は逃げればいいんだ」

「本人の目の前でよく極悪なこと言えますね」

 あくまで大輝は星羅を利用しているという立場だ。自分の体裁を守るためにそういうことを言わなければならなくなるかもしれない。

 だが、二人は短い付き合いながら互いを気に入っているはずだ。

「あら、あたくしは何と言われようと構わないわ。だから、あなたは自分が危うくなったら、迷わずあたくしを貶めればいいのよ」

 星羅はそれが当然だと思っているようである。まさか、彼女も一樹の周りに集まるというドMの例外ではないのだろうか。

「タイピーは自分のために星羅を犠牲にすることを選んだんだ。自分一人が青春謳歌したいからって、現実から逃げるために」

 思い知らせるような言葉に大輝は気圧される。その通りなのに、そうではないと言いたがっている自分がいる。

「会長は徒花さんが本当に不幸になってもいいんですか?」

「いいよ?」

 平然と笑って答える一樹にぎょっとして大輝は星羅を見た。ドS発言に全く動じずに菓子を手にしている。

「星羅が不幸になった分、あたしが全部取り返してやるよ。タイピーにボロ雑巾にされたって最高級のシルクに変えてみせる。星羅はあたしが幸せにする! だから、行く宛がなくなったら、うちにおいで?」

 また椅子を転がして、サッと星羅の隣に戻った一樹は彼女の手をヒシッと力強く掴んで見詰めだ。

 思わず惚れてしまいそうになるほどの強い言葉である。益々彼女が何者であるのか疑問になってしまう。

 だが、星羅は頬を染めるわけでもなく、その手を外して、一樹の手にそっと菓子を乗せた。

「三木一樹、あたくしを使って金儲けをしようとすると、もれなくどん底に落ちると忠告しておくわ」

「しないしない! やだなぁ、もう!」

 パッと星羅から離れて、その場でくるくる回りだした一樹は図星だったのかもしれない。否定しているが、全く考えていなかったということはないだろう。

 どうやら、星羅は人を幸せにするためとは言っても金銭に関連したことを請け負わないようだ。際限のないその欲望の先に破滅があるからだろうか。

「灰岡大輝、あたくしにはもう失うものがないの。だから、気にしないでちょうだい」

「そんなの……」

 悲しすぎる。

 なぜ、悲哀を見せずに彼女はそんなことをサラサラと言えてしまうのだろうか。大輝には全くわからない。彼女だって悲しくないはずがないだろう。

「これはマジ話なのよ、灰岡大輝。あたくし、ほぼ天涯孤独なの」

 わざわざ、『ほぼ』と付けるところが気にかかるが、それを聞けるほど大輝の神経は図太くはなかった。

「でも、今はその話はしないわ。きっと、するべき時は近いから」

 それを聞かされるのは一体どんな時なのだろうか。

 彼女はその時にしか話してくれないだろう。そして、彼女が背負っている物を知ってしまったら、幸せにしたいという思いはきっと強くなってしまうだろう。

 ただの同情なのかもしれない。彼女にとっては迷惑なのかもしれない。けれど、確実に心は迷っていた。

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