3-2
その放課後、大輝は予定通り星羅にハーブティーを淹れてもらい、ほっと一息吐いていた。少し心が落ち着いたのを感じる。
今日は床ではなく、星羅の向かいに座らせてもらっているが、一樹がいないわけではない。
「あのさ、タイピー。あたしも鬼じゃないんだよ。一応、協力者としてあちらさんの出方は把握させてもらわないと、こっちだって手の打ちようがないんだよ。お手上げーになっちゃうのさ」
一樹はパソコンデスクのチェアに座ってくるくると回っている。予約システムを作ったことで、新たに運び込んだものだ。
「会長が何をしてくれるって言うんですか?」
「まあ、何と言えるほど形になってるわけじゃないけどさ……」
一瞬、言葉を間違えたと思ったが、一樹はそのまま反対に回るだけだった。
「タクミンには話したんだろうからそっちに聞いたっていいけど、星羅には自分から言うべきなんじゃないの?」
「でも、徒花さんとは学校でのことで、それに、一応、納得はしてくれたんです」
それは半分くらいが嘘だと大輝自身がわかっている。
二人の尋問官を相手に欺くことが不可能に近いことも。
「だったら、ちゃんと報告しなさいってば!」
一樹が星羅の隣まで椅子をシャーッと滑らせ、バンっと机を叩く。カップが耳障りな音を立てた。
「灰岡大輝、それはあたくしに話すべきことなの?」
星羅は聞こうとしない。けれど、その問いは大輝を迷わせる。
隠し事をしてはいけないような仲ではない。何でも話すような仲でもない。恋人のフリをするからと言って友達でもない。
星羅は必要なことならば聞くだろう。だが、その判断は大輝に委ねてくる。それが都合良くもあり、複雑なところでもある。
「あたくし、あなたのことが見えないから、聞くべきかわからないの。だから、話すか話さないかはあなたが判断してちょうだい。きっと助言をしてあげられないから、あたくしから聞いたりはしない」
彼女は詰め寄ってきたりはしない。何もかも話して、隠さないでなどと言って大輝を困らせたりしない。
ただ菓子の入った籠を滑らせてくる。
「……俺は学校の外でまで徒花さんを巻き込みたくないんだ」
一樹の視線に大輝は耐えきれなくなった。
嘘ではない。本心だ。
元々、学校の中でだけの話だった。
星羅がお人好しだと知ってしまったからこそ、余計に巻き込んではいけない気がする。彼女は自分の危険を予知することができない。
「市原の嬢ちゃんが何か言ったんだね?」
一樹の目が細められる。その声にも険しさが滲んでいる。
「徒花さんに会わせてほしいって。そうしたら認めるって言われました」
最早白状するしかなかった。
「それって、完全に納得したとは言わないじゃん! むしろ納得してない!!」
バンバンと一樹が机を叩く。
やはり、彼女は怒ると迫力がある。これが横暴でないとわかっているからこそ、怖いと感じてしまうのかもしれない。
隣で星羅が宥めようとしているが、一樹を落ち着けるのは彼女でも至難の業のようだ。
「俺は学校の外で、それも休みの日まで徒花さんに協力してもらうのは違うと思うんです。そこまでしてもらう理由はないんです」
これは正当な意見だという自信が大輝にはあったが、一樹の態度は緩むことなく、足を組む。
「かったいなぁ、タイピー。何事にも例外は付き物だし、会わせれば、あちらさんは納得するんでしょ? いんや、そう言ったからには絶対に納得させなきゃ。納得しませんなんて言ったらぶん殴りたくなるけどね」
なぜ、一樹がそこまで怒るのか、大輝はわからない。
彼女も拓臣のように市原茉希と何かあるのだろうか。
「市原の嬢ちゃんみたいのはすぐにつけ上がるんだ。絞めるべきとこは絞め上げないと厄介なことになる」
段々と言葉が物騒になってきているが、何と言ったらいいかわからない。
大輝が黙っていても一樹は続ける。
「大体、いくら政略だなんだって言ってもタイピーの方がちょー立場弱いってわけでもないんだから、譲歩譲歩じゃあ全部市原に乗っ取られるよ? それとも、女に乗られるのが趣味?」
ここままだと一樹の口からとんでもない言葉が飛び出しそうだった。
何か言わなければと大輝は脳をフルに回転させる。
「な、何か、会長ってヤクザみたいですよね」
冗談のつもりだった。
それなのに、一樹の目は剃刀のように細い。
「あのね、あたしがカタギじゃないとかは今関係ない」
一樹は即座に返した。確かに彼女のことは議論する必要はない。最悪の冗談だった。
「三木一樹、灰岡大輝が困っているわ」
星羅は今度は籠を一樹の方へ引き寄せた。まるで猫じゃらしのように菓子の一つを一樹の目の前にちらつかせ、気を引く。
一樹は猫のように菓子を夢中で追っている。
「灰岡大輝、あたくしは、いつでも、どこにいようと、何をしていようと、助けを求められればどこへでも行くわ。箒で空は飛べないけれど、体は張るわ」
凛と星羅が言い放つ。とても頼もしく思えたが、現実に引き戻された一樹が目を瞬かせた。
「星羅、体張るの意味誤解してないよね?」
「苦いドリンクを一気飲みしたり、熱湯かけられたり、落とし穴に落ちたり……それで大袈裟な反応をすればよろしいのよね?」
「それは芸人さんがすること!」
ビシッと一樹のツッコミが入る。大輝も思わず「なんでやねん!」と叫びたくなった。ボケているつもりなのか、本気なのか、判断できかねる。
彼女はリアクション芸人でも目指しているのだろうか。
普段、どんなテレビを観ているのか、聞くべきなのかもしれない。
思えば、帰り道はいつも拓臣との思い出ばかりを一方的に話していた。
「こ、コホン! そういうことだから、思い切って魔女対決セッティングしちゃいなよ!」
わざとらしい咳払いをして一樹は話を纏めようとしたつもりらしいが、迷走の種を蒔いただけだった。
「ま、魔女対決……?」
「あ、あっちは魔性の女、略して魔女ね」
(ああ、なるほど)
大輝も思わず納得してしまった。拓臣がいれば、同じように頷いたことだろう。
「正統でない魔女と一緒にしないでちょうだい。心外だわ」
星羅は腕を組んで、怒りを表しているつもりらしかった。
「まあ、あっちは黒魔女って感じだよねー」
「あたくしは白魔女だもの。黒には手を染めないわ」
星羅にとってそれは絶対のようであった。呪いなど人が不幸になるようなことには手を出さない。
しかし、見た目の印象とは矛盾すると大輝はここのところ思っていた。
「あのさ、聞きたかったんだけど、何で黒いケープなの?」
白魔女ならば白いケープではないのかと安易に考えてしまう。
前に暑くないのかと聞いてみたことはあったが、なぜかは聞かなかった。その時は暖かくなって風通しのいい生地に変わったのだと彼女は言っていたのだが。
「さあ、師匠に聞いてもわからなかったわ」
どうやら、彼女の趣味ではないらしい。師匠という単語が出てくる度、大輝はそれ以上聞いてはいけないような気がしてしまう。