3-1
月曜日の昼だと言うのに、大輝は最早金曜日の気分だった。あるいは、金曜日からずっと引きずっているのかもしれない。
これからあと四日あると思うと気が重く、その先にまた面倒があると思うと生きていることが嫌になったりもする。
「うわっ、タイピー。ぞんびぃー」
一樹は指さして笑っている。何の気遣いもなく爆笑している。
星羅は何も言えないとわかっているからか、余計なことは言わない。
問題は大輝の隣だ。
「タクミンはいい顔してるなぁー何があったのかなぁ?」
朝から拓臣はずっと上機嫌だった。
けれど、大輝を宥めるばかりで彼は自分のことは言わなかった。
一樹に疑惑の眼差しを向けられながらも笑ってごまかそうとしている。
だが、ごまかされない人間がいる。厄介なことに彼女は秘密を見抜く上に、空気が読めない。
こちらが望むような気遣いはまずしてくれないと思った方がいい。
「羽佐間拓臣は彼女ができたそうよ」
「ま、マジかよ? 合コンで?」
大輝はずいっと拓臣に詰め寄った。そんな話は全く聞いていない。それに至る過程さえまるで耳に入っていない。
すると、拓臣は気まずそうに下を向いた。
「拓臣ぃ、俺達、親友だよな?」
「親友だよねぇ? タクミン」
一樹まで便乗してしまっては黙っているわけにはいかないだろう。大輝とて彼女の本気の尋問を受けるのだけは避けたい。拓臣は重い口を開いた。
「いや……そいつに言われて寝てたら……巨乳、降ってきた」
「はぁ?」
星羅を指し、言いにくそうに拓臣は話した。彼が星羅から助言を受けたことは不思議ではない。
朝に拓臣が星羅に会いに行っているという話も聞いたが、大輝としては全く気にしていなかった。話したいことがあれば拓臣の方から話してくると思っていた。
「うちの学校の子?」
「ええ、まあ……」
「何年の?」
「一年」
一樹に続いて大輝は質問をぶつける。
「彼女も連れてくればいいじゃんいいじゃん! みんなでお昼はたのしーよっ! 四人よりも五人!」
「いや、でも……」
「だって、一年生なら、ここにもいるし」
渋る拓臣を無視して一樹は尚も迫る。
大輝もそれがいいと思う。拓臣が何も言わないから、一人では心細いと言って半ば無理に連れてきていることもある。
昼休みも彼女と過ごしたいだろうに、違う女と昼食を一緒に食べることに負い目を感じているかもしれない。たとえ、全くそういう関係になり得ない二人だとしても。
「あなた、ちょっと悩んでいるわね」
じーっと星羅が拓臣を見る。
「それは連れてこいってことか?」
どうやら星羅には本当に友達がいないらしかった。ノスフェラトゥと仲良くしたがって失敗し続けているが、同じように失敗している一樹といる時は楽しそうに見える。一樹もまた部下はいても友達がいるかと言えば怪しいところがある。誰もが彼女に恐れをなしているからだ。
大輝としては拓臣を共犯者にしている時点で心苦しいのに、その彼女まで巻き込むのは本当に悪いと思う。けれど、その彼女が星羅と友達になってくれればいいのに、と考えずにはいられない。
彼女に不幸になってほしいというわけではない。できることならば、そうしたくない。自分が振りかけてしまう不幸から守ってくれる誰かが彼女の前に現れてほしいと思っている。
「隠し事は崩壊を招くわよ? 恋も友情も」
「そーだそーだっ!」
一樹は楽しそうに大輝と星羅を煽っている。
「会長は冷やかしたいだけっスよね?」
「おう、バレたかーっ!」
あちゃー、と顔に手を当てている一樹は言うなれば愉快犯だ。焚き付けて、その騒ぎを見て楽しんでいる。
拓臣の彼女がどんな人物かはわからないが、一樹と対面することを考えれば気の毒にも思えてくる。
生徒会長三木一樹の恐ろしさは一年生にも語り継がれている頃だろう。実際に一樹は横暴なところが多々ある。
「大体、既に疑われてるっスよ」
拓臣は秘密を守ろうとしているだろう。朝に星羅を連行することも自分のためを思ってしていることだろう。
大輝はわかっている。いざとなれば、拓臣は彼女を諦めてしまうような男だと。
「連れてくればいいじゃん」
大輝としては親友の彼女にまで秘密にすることでもない。
「うーん……」
「わかった。拓臣、毎日連れてきて悪かった。明日からは彼女と昼を食べていいよ、俺は全然大丈夫だから」
渋る拓臣に大輝は気付く。これは自分の問題であって、彼の問題ではない。ついてきてくれ、彼女もつれてこいなどと強制する権利など自分にはありはしないのだ。
「でも、羽佐間拓臣はあたくしを監視したいのよ」
大輝は拓臣を盗み見る。それは星羅の思い込みではなく、図星のようだ。以前ほどの警戒はないようだが、昼休みぐらいは目を光らせておきたいのかもしれない。
「まあ、深刻に考えるなって。俺は本当に大丈夫だから、自分の幸せの方を優先しろって、な?」
「……わかった。連れてきていいんだな? 本当にいいんだな?」
「あ、ああ……お前の彼女なら歓迎するぜ」
それは、彼女の方に何かあるように聞こえたが、誰も追求しなかった。
拓臣も今聞いたところで答えないだろう。
「それで、タイピー、どんな地獄を見たの?」
一樹の視線が向けられ、大輝は一気に一昨日のことを思い出してしまう。
折角、拓臣の彼女の話で楽しんでいたというのに気分が下降を始める。
「話を完全に逸らしたと見せかけて奈落落としっスか、えげつないっスね」
質問責めにされた仕返しのつもりか、拓臣はニヤニヤ笑っている。
「あたしが何も聞かないわけないじゃん? 安心させてから突き落とす時の快感は……うふっ」
(悪魔だ……悪魔がいる……!)
大輝は内心泣きたかった。
一樹の玩具にされているのはわかっていたが、これではあんまりだ。
「実にいい顔をしてらっしゃる」
(くそっ……こいつもいい顔しやがって……!)
大輝には拓臣も悪魔に見えた。先程、大輝が一樹側についたのを根に持っているのだろう。
「そこまでにして差し上げたら?」
大輝には星羅が天使に思えた。《魔女》だが、悪魔ではない。
「表情は読めるのよ。随分思い詰めているのね」
彼女だけはわかってくれる。悪魔二人とは大違いだ。
「あのさ、徒花さん。会長はこれで大丈夫なの?」
ふと疑問に思って聞いてみた。星羅は大輝以外の人間は見えているはずである。見えにくい場合もあるとも聞いたのだが。
「これで、って何さ!」
一樹は憤慨したが、星羅は宥めて、さらりと続けた。
「三木一樹は不思議と人に恨まれないのよ。ドMが集まるみたい」
「ど、ドM……」
大輝は唖然とした。そんな言葉まで彼女の口から出るとは思わなかった。何せ、彼女には古風なイメージもある。
これまでに何度か驚かされているが、毎回星羅は大輝の想像を飛び越えてくる。
「……徒花、お前もしかして会長に言葉教わってないか?」
大いにありえると大輝は心の中で頷く。
一樹はドSだ。数日とは言え、大輝達よりは付き合いのある二人だ。一樹を介して星羅が変な言葉を覚えていたとしても何ら不思議ではない。
「ちょっとぉ、あたしを何だと思ってるのさ? 星羅は最初っから変な言葉色々知ってたよ」
頬を膨らませた一樹は「あたしも驚いたけどさぁ」とぼやく。
一樹でないとすれば、星羅の影の教育係は一体誰なのだろうか。
「あたくし、教科書に載ってない言葉は師匠に教わっているの。魔女たるもの、常に最新の言葉を使いこなせなくてはいけないそうよ」
「師匠って下宿先の……?」
占いカフェのオーナー、そこに至って大輝は追及しないことにした。聞いてはいけない、そうひしひしと感じる。
「まあ、いいや。タイピーのことは放課後、きっちり説明してもらうからねっ! 覚悟しておけー! なんて! あっはっはっはっはっ!」
また大輝は忘れていた。
そして、数時間、尋問が延びたことに喜びは感じなかった。むしろ、余計憂鬱になった。
その時は気分が安定するようなハーブティーを淹れてもらおう、そう心に決めて諦めるしかなかった。