2-4
なぜ、自分は二日連続で朝から彼女に会おうとしているのか。
拓臣は納得できないまま、また星羅の教室に向かっていた。それから、また空き教室に連れ込む。
既に星羅と大輝が付き合っているという噂が広まり、拓臣の行動も憶測が飛び交っているが、知ったことではない。
「お前の言う通りだったのかもな」
「あら、良かったじゃない」
昨日、急に気乗りがしなくなって合コンに行くのをやめたところ出会いがあったのだ。本当に寝ているところに降ってきたかのようだった。
後々、仲間から聞いたところ、合コンには拓臣目当ての女子がいて、おそらく参加していたら面倒なことになっていただろうということだった。
「でも、認めねぇぞ」
「あたくし、認めてほしいなんて頼んでないわ」
ムカつくと拓臣は思う。恩着せがましいわけでもなく、またじっと見詰めてくるのだ。
女子に見詰められるということはよくあるが、彼女の場合、それらとは意味が違う。本当に眼球を通して、中身を覗こうとしているかのようだ。
「あなた、お靴を買い換えた方がいいわね。さもなければ怪我をするわ」
拓臣は舌打ちしたい気分だった。忠告しにきたのに、なぜ、自分は彼女から助言を受けているのか。
「とにかく、どうにか別れる理由を考えておいてくれ」
居心地の悪さに早く話を切り上げるしかなかった。
まともな話し合いでは彼女は説得できないだろう。だからと言って実力行使は拓臣の主義ではない。
彼女が悪いわけではないのだが、大輝に悪い影響を与えたくはなかった。手段は選びたいが、拓臣にとっては大輝が何よりも優先だった。
*
星羅は母親の知り合いの家に下宿している。
だから、その近くまで送っていくのが大輝の役目だった。
下宿先の人間は彼女にとって家族同然だと言うが、本当の家族の話を聞いたことはない。聞くべきではないと感じた。
彼女が住んでいるのはよく当たると評判の占いカフェだ。
いつか、《彼女》が行ってみたいと言っていたことを思い出すと気が重くなる。
《彼女》にはまだ星羅のことを話していない。拓臣は耳に入る前に事情を説明した方がいいと言ったが、大輝は次に会う時に話せばいいと思っていた。
こうして送るのも通り道であって、一樹に言われたからであって、外でまで彼女と会うことはない。
「じゃあ、また明日」
こんな毎日をどれだけ繰り返すのだろうと不意に思う。
何もかもから逃げ回って、関係のない女の子を巻き込んでいる。虚しいことはわかっている。
それなのに、いつまで自分は現実から逃げ続けるのだろうか。
「ええ、気を付けて」
星羅の言葉に普通は逆だと大輝は思う。
ただの事務的な挨拶で大した意味はないだろう。
不安になるのは、きっと週末に《彼女》に会わなければならないからだ。
考えるだけで息苦しくなる。それは一樹によるものとはまるで違う。頭が痛い。お腹が痛い。
心を落ち着かせるようなお守りを今度作ってもらおうかと思いながら、大輝は一人家へと帰るのだった。
*
二度あることは三度ある。
その日の朝も拓臣は星羅を連れ出した。星羅の方も予期していたようでもある。
「バッシュがそろそろヤバかった。お前に言われなきゃ、怪我するまで気付かずに普通に履いてたよ」
お靴と言われて確認したスニーカーは何も問題がなかった。だが、バスケットシューズは違った。
「報告はいらないわ」
言いたいのはそんなことではないでしょう。
そんな視線を投げかけてくる。見透かされていると思えば思うほど苛立ってしまう。それは八つ当たりかもしれない。少なくとも、星羅に悪意はないだろう。
「で、次は?」
「次?」
星羅が首を傾げる。
もしかしたら、また彼女が助言をくれるのではと期待していた。
「ねぇなら、いい」
「あたくしはいつでも相談に乗るわよ?」
「別におまえのこと信じるってわけじゃねぇからな」
まるで自分が相談したがっているような言い方に思わず反抗的な態度を取ってしまうのは悪い癖かもしれない。
けれど、星羅は全く気にした様子がない。
「あのさ、大輝の未来が見えないって言ったよな?」
「ええ、見えないわ」
「ちょっと先さえ見えないってことか?」
「そう、未だ来ない時のこと、あなたに見えたようなことは何も」
出会いや壊れた靴、そんな小さなことでも見えないのが拓臣にとっての普通で、見えるのが星羅にとっての普通だ。
それなのに、大輝は彼女の普通に当てはまらない。
「自分のことも見えないんだろ?」
「ええ、あたくしはあたくしを救うことができないの。救われたいと思うわけでもないのだけれど。だから、灰岡大輝の言う不幸を楽しんでみようと思うの」
何の偽りもなく、彼女は言っているのだろう。本気でそう思っているのだ。
それがわかってしまうと、彼女に大輝と別れるように迫るのは間違いのように感じる。
「……たとえば、俺がいて、大輝を救うことができるのか?」
大輝に提案したこと、それは間違いではなかったのだろうか。
「あなたを通して見えるものもあるわ。あなたは、灰岡大輝と切れないものがある。貴方達は魂で繋がる友人だから」
「そっか……」
拓臣は大輝の親友だ。だからこそ、星羅と引き合わせるべきではないと思っていたが、それは間違っていたのかもしれない。
《魔女》は思っていたよりもずっとまともな人間だ。決して見返りを求めない。不幸を前提に付き合ってくれという非常識な申し出に真摯に対応している。彼女に当たるのはお門違いというものだろう。
「しばらく様子見てやることにする」
近頃の大輝は楽しそうにしている。特に、星羅と一樹といる時は自然で、ノスフェラトゥが遊び相手になっているようだ。それは悪くないことだ。
「でも、認めるってわけじゃねぇからな」
どうして素直に言えないのか。
「それでいいわ。見えないってことはあたくしも間違うかもしれないってこと、その時にはあなたが止めてくれればいいわ」
たとえば、彼女が「あなたは必ず認めるわ」などと言ったら、反発していただろう。
なのに、彼女はそうは言わない。それが、計算でないこともわかる。
彼女は計算で動く人間ではない。