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ラオウと卵黄 ~とある若夫婦の日常風景~

作者: 京本葉一

 ゆったりとした朝は至福の時間だ。


 彼は仕事に追われることなく深い眠りに落ちている。

 彼女は好きなだけ、お気に入りの寝顔をながめていられる。


 やがて彼女は、やさしく肌を重ねあわせて温もりにふれる。そっと目を閉じて、彼の穏やかな呼吸に耳をすませながら、彼の鼓動を身体で感じる。

 彼の匂いに胸が満たされて、それでも全然足りなくなると、頬も胸も太腿もピタリと彼に密着させた。彼の熱と振動が、じんわりと身体の奥へ伝わって、彼女はかすかに、身体を震わせる。


 彼がうっすら目を開けて、寝返りをうって彼女を抱いた。


 彼女は小さく声を上げる。寝ぼけた彼に強く身体を抱きしめられて、少し呼吸が乱れる。うまく動けない。彼女は彼の名前を囁いて、ささやかな抵抗をこころみるが、彼に反応はない。彼女はすぐにあきらめると、うれしそうな顔でため息をついた。彼の寝息が聞こえると、今度は甘く吐息をもらした。


 ふたりの休日は、午前九時をまわって進展する。


 彼はゆっくり目を開けると、緩んだ笑顔を彼女にみせた。ふたりはそのまま動かずに、秘密の話をするように小声で会話をはじめる。朝の挨拶はもちろん、朝食はサンドウィッチということも決めた。そして彼女は、いまだに照れながらベッドを抜け出すと、シャワーを浴びに寝室を離れた。



 彼女はさきに身支度をおえて、朝食の準備にとりかかった。まずは玉ねぎをスライスして水につけておく。調理器具は新居にあわせて購入したものだ。毎日ていねいに磨かれたキッチンのすべてが、満足気な彼女の姿を鏡のようにうつしている。慣れた手つきで包丁を扱い、奏でる音が心地よいリズムでキッチンに響いていた。


 彼も朝の身支度をおえてリビングルームにあらわれた。キッチンにいる彼女と視線だけを交わして、コーヒーを入れる準備をはじめる。彼が豆を挽きはじめると、コーヒーの香りが部屋中に広がった。


 彼女は朝の匂いを吸い込んで、ほっと息をついた。彼の背中に引き寄せられる。その引力に逆らって、冷蔵庫から玉子を取り出す。サンドウィッチを作るなら、たまごサンドは外せなかった。ゆで玉子を細かく刻んでマヨネーズと混ぜるのもいいが、厚焼き玉子をはさむほうが彼の好みだ。彼女はボールに玉子を割って落とし、彼好みの配分で調味料を加えると、菜箸で手際よくかき混ぜた。


 軽やかな音が響いていたが、ふいに音が止んだ。

 彼女は手を休めて考えている。すこし迷ったあとで、背中をみせる彼に聞いた。


「ねえ。ラオウって、たまご焼き好きかな」


 彼の動きが止まる。振り向こうとはしなかった。彼女に背中を向けたまま、彼は視線を上のほうへやった。どこか遠くを眺めながら、ゆっくりと考えている。頭のなかでは世紀末覇者の姿が浮かんでいるはずで、そこに間違いはないことを彼は知っている。

 彼はしばらくして、ゆっくりとコーヒー豆に視線をもどした。


「お前のそういうとこ、嫌いやないよ」


 彼はコーヒー豆の粉末を集めながら静かに告げた。

 たったひと言だけ、それだけを伝えた。


「うん」


 彼女は言葉をかえして、ふたたびボールの中をかき混ぜはじめた。

 さっきよりも一段と、軽やかな音を響かせていた。

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