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あなたは今、どうしていますか

作者: さっちゃん
掲載日:2026/08/23

あの頃、好きだった人は、今どうしているだろう。


中学一年生の頃に好きになった、二つ上の先輩。


初めは、ただ不思議だった。


廊下ですれ違うたびに、目が合う。


一度だけなら、偶然だと思った。


でも、二度、三度と続くと、さすがに気になった。


――なんで、この人と毎回目が合うんだろう。


先輩も、こっちを見ている。


けれど、話しかけてくるわけでもない。


私も、もちろん話しかけられなかった。


中学一年生になったばかりの私は、好きな人に声をかけるなんて、恥ずかしくてできなかった。


ただ、目が合う。


それだけだった。


それなのに、いつからか、先輩と目が合うたびに胸が高鳴るようになった。


休み時間になると、用もないのに廊下を歩いた。


先輩がいるかもしれないと思って。


見つけると、それだけで嬉しかった。


先輩の視界に入っている。


それだけで、十分だった。


いつの間にか私は、廊下ですれ違うその人のことを、好きになっていた。


そして、秋になった。


いつも見つめていただけの私が、思い切って先輩に告白した。


中学一年生の私にとって、それはとても大きな勇気だった。


けれど、その時、先輩から返事はなかった。


数日が過ぎた。


そして、ある日の放課後。


先輩が、私を待っていた。


廊下で不意に目が合った。


その瞬間、心臓が大きく跳ねた。


驚きと恥ずかしさで、どうしていいのかわからなくなった。


私は、その場から逃げた。


少しして、ようやく冷静になった。


――何してるんだろう、私。


そう思って、急いで戻った。


けれど、もうそこに先輩の姿はなかった。


私は学校の窓から外を見た。


少し離れたところを、先輩が一人で歩いていた。


帰っていく後ろ姿。


小さくなっていく背中。


私は窓に近づいた。


「先輩……」


声にはならないくらい、小さく呟いた。


気づいてほしくて、窓をそっと叩いた。


けれど、先輩は気づかなかった。


そのまま歩いていってしまった。


私は、追いかけることもできなかった。


ただ、窓から先輩の後ろ姿を見つめていた。


今でも思う。


あの時、私が逃げなければ。


あの場にちゃんと残っていたら。


先輩は、私にどんな返事をしてくれたんだろう。


その後も、先輩とは変わらず目が合った。


廊下ですれ違えば、目が合う。


遠くにいても、目が合う。


でも、やっぱり話すことはなかった。


先輩は、どんな気持ちで私を見ていたんだろう。


私だけが好きだったのだろうか。


それとも――。


答えがわからないまま、時間だけが過ぎていった。


私は、ずっと先輩が好きだった。


ろくに話したこともない。


ただ、目が合う。


それだけ。


それだけなのに、一年間ずっと、好きだった。


そして、卒業式の日が来た。


今日で最後。


先輩が、この学校からいなくなる。


何も進展しないまま、この恋も終わってしまう。


そう思うと、寂しかった。


悲しかった。


もう、先輩に会えなくなる。


そんなことを考えていた時だった。


教室の前が、少し騒がしくなった。


顔を上げる。


そこに、先輩がいた。


一年生の教室まで、来てくれていた。


そして――


「ゆき」


名前を呼ばれた。


先輩に名前を呼ばれたのは、初めてだった。


胸が、ぎゅっとなる。


周りの同級生たちも、ざわついている。


先輩は少し恥ずかしそうにしていた。


そして、一枚の手紙を差し出した。


「これ、読んで」


手紙。


先輩から。


受け取る手が震えた。


「……ありがとうございます」


それだけ言うのが精一杯だった。


先輩は、それ以上何も言わず、その場を去っていった。


教室に戻って、手紙を開いた。


先輩の字を見るのは、初めてだった。


そこには、こう書かれていた。


『学校では話せなかったけど、電話とかしてきていいからね。

卒業しても、ゆきに会いにくるからね。』


何度も、その文字を読み返した。


胸が、ぎゅっと締めつけられた。


好き。


やっぱり、好きだ。


そう思った。


卒業しても、また会える。


その時の私は、そう思っていた。


そして、先輩が卒業してから、一度だけ会いに来てくれたことがあった。


嬉しかった。


本当に嬉しかった。


なのに私は、また恥ずかしくなって、その場から逃げてしまった。


どうして、あの時逃げたんだろう。


どうして、もっと話せなかったんだろう。


どうして――。


それっきりだった。


先輩とは、二度と会うことはなかった。


あれから、何十年も経った。


私は今でも、あの日にもらった手紙を持っている。


何度も読み返したせいで、少しくたびれた手紙。


それでも、捨てることはできない。


時々、無性に読みたくなることがある。


あの頃の私に戻りたくて。


先輩が本当にそこにいたことを、確かめたくて。


封筒からそっと手紙を取り出す。


そして、何度も読んだ文字を目で追う。


『学校では話せなかったけど、電話とかしてきていいからね。

卒業しても、ゆきに会いにくるからね。』


あの頃は、この言葉が嬉しかった。


卒業しても、また会える。


そう思った。


この先も、先輩と繋がっていられる。


そんな気がした。


けれど、今は違う。


この言葉を読むと、胸が苦しくなる。


会いに来ると言ってくれた人は、もうどこにいるのかも分からない。


電話をすることもできない。


会いたいと思っても、会う方法がない。


あの頃の私は、こんな未来になるなんて知らなかった。


あの一枚の手紙に書かれた言葉が、今の私には、もう叶わない約束のように感じられることがある。


それでも、捨てられない。


苦しくなるのに、時々読み返してしまう。


だって、この手紙だけは、あの頃の先輩が確かに私の前にいた証だから。


「ゆき」と呼んでくれたこと。


私を待っていてくれたこと。


会いに来てくれたこと。


私が先輩を好きだったこと。


全部、この一枚の手紙の中に残っている気がする。


だから、大切。


苦しいのに、大切。


今でも、夢に出てくる。


夢の中で私は、あの頃と同じように先輩を探している。


先輩を見つける。


嬉しくなる。


そして、目が合う。


けれど、夢の中でも私は、先輩を見つめているだけだ。


話しかけられない。


近づけない。


あの頃の私のまま。


夢の中でさえ、私は先輩と話せない。


ただ、見つめているだけ。


だけど夢の中の私は、先輩に会えて、嬉しくて笑っている。


笑っているんだ。



そして目が覚める。


隣に先輩はいない。


もう会うことはできない。


会いたくても、会えない。


連絡する手段もない。


夢の中でしか、会えない。


その現実が、目覚めたばかりの静かな時間に、胸へ落ちてくる。


どうにもならない現実が苦しくなる。


夢では笑っていたのに、目が覚めると涙が出る。


もし、あの時。


私がもう少し大人だったら。


もう少し勇気があったら。


先輩と、もっと話せただろうか。


あの時、逃げなかったら。


あの手紙をもらったあと、電話をしていたら。


先輩が会いに来てくれた時、逃げずにその場にいたら。


私たちは、何か違う未来を歩いていたのだろうか。


あの手紙に、「好き」とは書かれていなかった。


だから今でも、わからない。


先輩は、あの頃、私のことをどう思っていたんだろう。


何度も目が合ったこと。


放課後、待っていてくれたこと。


卒業の日、わざわざ一年生の教室まで来てくれたこと。


私の名前を呼んでくれたこと。


そして、卒業しても会いにくると言ってくれたこと。


あれは、何だったんだろう。


答えを知ることは、もうできない。


それでも、一度でいい。


もう一度だけ、会ってみたい。


一度でいいから、あの頃のように――


私の名前を呼んでほしい。


あの頃、好きだった人。


あなたは今、どうしていますか。


私の事を覚えていますか。

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