第2話「何を考えているか分からない副部長」
第三文芸部には部長がいる。部長がいればもちろん副部長がいる。副部長の名を十文字光一という。俺よりも一個上の三年生でベストが大好きらしくいつもベストを着ている。毎日違うベストを来てくるので何着あるのか聞いてみたいのだが怖くて未だに聞けないでいる。今度杏辺りに聞いてもらおうと思っている。
副部長は剣道の有段者でなぜか剣道部に入らないで第三文芸部にいる。その理由を本人に聞いてみたら部長が「第三文芸部は枠に囚われないオールラウンドな部」だと言うので入部したと言っていた。部長も部長だがそんな理由に納得して入部する副部長もどうかと思う。どれだけこの部は間口が広いのだろうか。
副部長はいつも部室の端っこで笑みを絶やさないで木刀を振っている。なぜ文芸部室で木刀を振っているのかは分からない。素振りが終わると気持ち悪いくらい甘いチョコを食べてひと息つく。副部長は極度の甘党でマックスコーヒーを食後に飲むのが日課だそうだ。
副部長は喜怒哀楽が無いのでいつも笑っているように見える。俺は去年の冬の氷で滑って転んだ所を目撃していたが全く表情が変わらなかった。やれやれと言いながら雪を払って何事も無かったかのように歩いていった。俺はあんな動じない人間がいるとは思わなかったのでかなりド肝を抜かれた。
そんな副部長にも嫌いなものがある。それは今年の春に蟻が部室に入ってきたことがあった。俺はふざけて蟻を副部長に投げつけやったら副部長の態度が一変した。
「貴様。死にたいのか!」
そう言って俺に対して木刀を振るってくるのだ。俺はとっさに理論的に避けたのだがおかげで部長が大事にしていた盆栽の木が一本もげてしまった。木工用ボンドで止めてやったのでバレずに済んだ。そんなことよりもその時初めて副部長に目玉があったんだと気づいた。俺は暴走モードの副部長を何とかその時は足払いで難を逃れたが危なく蟻の性で頭をかち割られる所だった。危ない所だった。
副部長はなぜか部長に好意を抱いていた。今まで何度も告白しているらしいが何度も断られているようだ。一日に二回告白したこともあるそうだが当然断られたそうだ。今では告白する前に断られる程に成長しているそうだ。それにしても部長を好きな人がこの世にいるのが信じられない。俺も裸眼で見たらきれいに見えないことも無いのだがあの性格だ。あれほど好きになれそうな所があれほど一つも無い人も珍しい。前に副部長にどこが好きなのですかと聞いてみたことがあるが副部長は
「彼女の何者にも縛られない自由な所が好きだ」
と言っていた。まあ確かにそうだろうけども……いくらなんでも自由すぎるだろ。まあ人それぞれだから俺にはどうでもいいことだ。
「君ももしや。部長を狙っているのですね。私は譲る気は毛頭ありませんからね」
「いや。別に。狙っていませんけど。むしろどうぞ。どうぞですよ」
そう行ってなぜか副部長は俺に向けて木刀を構えた。あれ。変な地雷踏んでしまったかも知れない。
「どうしてもというなら私を倒してください。私を倒したならば部長のことはすっぱりと諦めます」
「あの……副部長。少しは俺の話を聞いてください」
表情が変わらないので本気なのか冗談なのか見分けがつかない。仕方がない。俺も理論的には柔道ができる。この勝負は受けなければいけないだろう。副部長はかつて県選抜に選ばれた程の実力者だ。なぜこの文芸部にいるのか分からないが俺はこの人に勝てるだろうか。
俺たちのにらみ合いがしばらく続いた。ちなみにここは文芸部室だ。剣道場でもなんでもない。俺はいったい何をしているのだろうか。俺はいつものソファーに座って私的な蔵書『アリクイの一生』を読みに来ただけだったのにどこで間違ってしまったのだろうか。
太陽が完全に沈んだが俺も副部長も一歩も動けないでいた。先に仕掛けるか。いや。さすがに素人が先に仕掛けてどうする。ここはとにかく待つしか無い。
「来ないのですか。それならばこちらから行きますよ」
しびれを切らした副部長は俺に向かって疾走してきた。早い! もう俺の目の前にまで詰めて来ている。理論的には反応できるのだが体が付いて来ない。とっさに防御体勢を取ろうとしたのだがおそらく間に合わないだろう。まずい。殺られる。
「はい! 待ったあ!」
「はうう!」
「ふげふぅぅぅ!」
横から何者かに殴打された。思わぬ所から攻撃を食らったので俺と副部長はダブルノックダウンした。俺の体は床と今までの人生で一番密着することになった。意外と床はひんやりと冷たく心地良かった。
見上げるとそこには部長が仁王立ちしていた。今日もいつもの天然パーマだった。なぜか部長は俺の小指をわざと踏んでいた。踏むだけでは飽きたらず捻りだそうとしていた。とても痛いです。部長。小指はそんな風に曲がるようにはできてはいませんよ。
「その勝負はお預けだ。君たちの気持ちはよーく分かった。私はどちらの気持ちも受け止めることはできない」
「そんな部長! ……。これで341回目か。無念だ」
「……」
俺たちは振られてしまったようだ。俺は別に好きでもない。むしろ嫌いな人に振られてしまったからとてもショックが大きかった。副部長はと言うと倒れながら笑っていた。いつも笑っているがいつもより1、5倍程の清々しい笑顔だった。ああ。この人。部長のこと本当に好きなのだなあと思った。
俺はと言うと今は頭を踏まれていた。しかも両足でだ。踏まれているというかこれは頭の上に乗られているのだろう。
「十文字。あなた気持ち悪いからその笑顔はやめなさい」
「これが地顔ですので止めろと言われましても」
「ぐ。死ぬって……さすがに」
「いいからそうでないとこいつの頭を踏み潰す!」
「意味わかんねえ! ていうかもう踏み潰されて……ぐあ!」
とりあえず俺の頭に乗るのは止めろよと思ったが声にならなかった。頭の上に乗られてしまったらさすがの俺の理論的柔道も使い物にならなかった。部長のさらに深い踏み潰しを食らった瞬間、俺の意識も失われた。
ご拝読ありがとうございます。
2話です。1話ずつキャラを紹介していきながら進めて行こうと思いますのでよろしくお願いします。