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Crash the Party

街の商売は、息をしている。


売れない日が続けば咳き込み、金が回らなければ血が止まる。


俺は今、その“呼吸”を止めに来ている。



「A班、サム。市場と路地。売り場を潰す」


地図の上で指を走らせる。


露店の位置、路地の入口、見張りの立つ角。


「B班、トム。金。回収袋と帳面を押さえろ。回収を止めろ」


トムは頷くだけだ。


返事が短いほど、仕事が早い。


「C班――俺。仕入れの荷。運び屋と倉庫を追う」


サムが口笛を吹きかけて、やめた。


「若頭、これ……戦争っすか?」


「戦争はしない」


俺は即答した。


「競合に殴り込めば、派手に燃える。聖女の周りに火の粉が飛ぶ」


それは避ける。


避けつつ、殺す。


「相手が“損しかしない”状態にする。商売を殺して、撤退させる」


トムが机の上に小さな袋を置いた。


端に刻印。見覚えがあるようで、ない。


競合の“名刺”だ。


「触るな」


俺が言うと、サムが肩をすくめた。


「燃える、っすね」


「燃える」


燃えた火は、誰のものでもなくなる。


そして一番困るのは、現場じゃなく“表”だ。


俺は椅子から立ち上がった。


「やることは単純だ。売れない、回らない、届かない。――それだけ」



市場はいつも通り、うるさい。


だが“うるさい”だけで、金の匂いが薄い。


サムは露店の間を軽やかに歩き、昨日までの常連に声をかけて回る。


「今日はやめときな。買っても、次が来ないっすよ」


言い方は軽い。だが伝える中身は重い。


“次が来ない”という噂は、商売の肺を潰す。


露店の女将が眉をひそめる。


「どういうことさ」


「上がね、怒ってるらしいっす。……俺も詳しくは知らないっすけど」


サムはわざと曖昧に言う。


曖昧は勝手に膨らむ。


膨らんだ噂は、勝手に売り手を萎縮させる。


路地の入口には、見張りのガキが立っていた。


小銭を握りしめ、目だけは妙に乾いている。


サムが笑いかける。


「よ。今日は学校休みか?」


「……うるせえ」


「そうか。じゃあ、これやる」


サムはパンの端を渡した。


「代わりにさ。“変な匂い”の袋、今日は受け取るなよ。吐くぞ」


ガキが眉をひそめる。


「吐く?」


「吐く。咳も出る。……施療院行きになったら、聖女様がまた削れる」


ガキの目が泳いだ。


聖女。


その単語は、街の空気を変える。


ガキは舌打ちして、目を逸らした。


「……知らねえ」


それでいい。


“知らねえ”は、逃げ道だ。


逃げ道があれば、人は引く。


サムは立ち去り際に、俺へ合図を送った。


合図役――一人、特定。


結果はすぐ出る。


見張りのガキが“受け取らない”だけで、路地の小売りは客を失う。


客が減れば、日銭が減る。


日銭が減れば、回収役に払う分が足りない。


足りなければ、借りる。


――その借り口を、次で潰す。



トムの班は音がしない。


やることは単純で、残酷だ。


現場の金は、売り子の手から“回収役”へ渡り、回収役の袋の中で上へ吸い上げられる。


袋が止まれば、金も止まる。


偽の薬の“買い直し”も防げる。


貸し主が締めた。


現場は今日中に“回収”で帳尻を合わせるしかない。


トムは回収ルートの角で、回収役を待った。


男は帳面を抱え、布袋を提げて歩いてくる。


歩幅が雑で、目だけが忙しい。


追い詰められた現場の匂いだ。


物陰から出たのは二人。


一人が道を塞ぎ、もう一人が背中を取る。


逃げ道は最初からなかった。


「……誰だ」


回収役が強がろうとした瞬間、トムが“音”を一度だけ出した。


腕を捻り、壁に押さえつける。骨が鳴る寸前で止める。


声は低い。


「帳面と袋。置け」


男の喉が鳴る。


迷えば折れる。


迷わなくても折れる。


結局、置く。


布袋が地面に触れた瞬間、金の流れが途切れた。


トムは袋の口を開かない。


中身の確認は、後でいい。


今いるのは“ここ”で、必要なのは“止める”ことだけだ。


次に帳面。


ページの端に、馴染んだ印があった。


競合の“名刺”。


回収役は唾を飲み、目を逸らす。


「……護衛は?」


トムが聞く。


返事がないのが、返事だった。


後ろ盾が消えた。


だから現場は、袋一つで折れる。


トムは回収役の襟を掴み直し、耳元で言った。


「今日で終わりだ。もう回収には来るな」


脅しじゃない。


通告だ。


トムの手が離れた瞬間、回収役は崩れ落ちた。


立てない。


歩けない。


少なくとも、“回収”はできない。


これで再発は、線から外れる。


トムは無言で回収袋を拾い、帳面も掴んで消えた。


金の流れだけを殺す。


現場の手足も、今日だけは殺す。



俺は倉庫街へ出た。


荷車の音。


縄の擦れる音。


香草の匂いに紛れた、嫌な甘さ。


(……来たな)


運び屋は二人。


片方は目が泳ぐ。片方は慣れている。


慣れている方が、危ない。


俺は影の中から声をかける。


「荷が遅い」


二人が跳ねた。


末端は派手な敵より、“名のある声”の方を怖がる。


「な、なんだよ」


「急げと言ってる」


俺は姿を見せない。


見せる必要がない。


姿より先に、話が回る。


慣れた方が、舌打ちをした。


それでも足が止まった。


視線が倉庫の扉へ吸い寄せられる。


鍵は新しい。


錠前の縁に、削れたばかりの金属粉。


扉の前には見張りが増えている――増え方が“現場の増員”じゃない。


道を塞ぐ立ち位置。


逃げ道を切る角度。


合図がなくても同時に動ける距離。


運び屋はそこで、ようやく負けを悟った。


倉庫と荷は、もう俺に押さえられている。


「……上が怒るぞ」


「上に届けられない」


それだけ言う。


言外は簡単だ。


この荷は、今日から“受け取り拒否”になる。


届け先が閉じれば、運び屋は賃金も保険も失う。


残るのは、上の怒りだけ。


運び屋は黙った。


黙るということは、理解したということだ。


俺は倉庫の扉に目を向ける。


鍵は新しい。見張りも増やしている。


競合が“火消し”を動かし始めた。


……正確には、“動かそうとしている”痕跡だ。


倉庫の中へは入れない。


荷も動かせない。


それでも外側の線だけは、切りに来る。


ローカルの現場を切り捨てる準備。


つまり俺たちの締め付けが効いている。


仕入れが遅れ、売り場が萎み、金が詰まった。


詰まりを解消するために、競合は“痕跡ごと”現場を捨てる。


売り場が死ぬ。


回収が止まる。


仕入れが詰まる。


――この鎖が切れた時点で、現場は終わりだ。


火消しは、倉庫を消すんじゃない。


人を消す。


帳面を消す。


そして線を、別の場所へ引き直す。


(……厄介だが、読みやすい)


俺はトムへ、遠い合図を送った。


無言の回収袋。


“名刺”を拾って、燃やさずに持ち帰れ。



表の空気は、別の意味で詰まっている。


施療院。


白い壁。


祈り。


同じ時間帯に、同じように咳き込む患者が数人。


司祭が青い顔で走り回り、リュカ――聖女は、淡々と手を翳す。


浄化。


光。


称賛。


だが、その光の下に、薄い濁りが残る。


浄化でいったんは収まる。


翌日、同じ顔がまた来る。


同じ時間に、同じ咳。


同じ家族が、同じ銅貨を握って並ぶ。


――払ったはずの“代替品”が効かない。


効かないから、また買う。


また買うから、金が抜かれていく。


抜かれた金は、施療院の外へ流れる。


(……甘い濁り)


俺は廊下の端で、空気を嗅いだ。


吐き気を誘う甘さ。


断定はしない。


だが線は引く。


(麻薬だけは、例外にしない)



市場では、聖女の顔が“町のもの”になり始めていた。


あいつが歩くだけで、方々から声がかかる。


距離が詰まる。


善意の群衆。


――あれが一番危ない。


触れられたら終わりだ。


袖を引かれたら、終わりだ。


視線が増えれば、終わりだ。


だから今日は、ヴィオラを出す。


白い手袋。


金の髪。


柔らかい声。


外側だけなら、完璧だ。


「聖女様はお忙しいのです」


俺は丁寧に笑い、丁寧に刺す。


唇の端だけで、甘く。


目だけは、冷たく。


ミレイユの刷り込みは、こういう時に最悪だ。


上品に。


艶っぽく。


そして、逃げ道を残さない。


男が距離を詰めた瞬間、俺は半歩だけ前へ出た。


香の匂いがふわりと揺れて、男の鼻先を掠める。


聖女の前に、白い手袋を“壁”として差し入れる。


触れさせない。


――触れさせないが、見せつける。


細い指先で手首を軽く押さえ、導くように下へ落とす。


押す力は小さい。


なのに男の体が、みっともなく一歩だけ後ろへ滑った。


周囲が息を呑む。


ざわめきが止まり、視線が集まる。


逃げ場のない“舞台”ができる。


俺は首を傾げた。


ただそれだけで、群衆の男どもが勝手に色めき立つ。


……女装って、便利だな。


「では、お名前と所属とご用件を。ここで」


俺は語尾を上げない。


確認じゃない。


公開の点呼だ。


聞こえるように言う。


遠くの露店にも、子どもの耳にも届くくらい。


男の頬が赤くなる。


恥なのか、期待なのか、どっちでもいい。


「ちょ、ちょっとくらい――」


男がにやつく。


視線が胸元へ落ちる。


最悪だ。


俺は笑みを深くした。


「“ちょっと”で済むなら、最初から距離を詰めません」


丁寧に、言い切る。


やわらかい声で、喉を締める。


男の言い訳を真っ白に洗って捨てる。


俺は笑ったまま、視線だけを下げた。


腰の辺り。


膨らみ。


隠したもの。


断定はしない。


だが疑いを置けば、群衆が勝手に想像する。


俺の睫毛が一度だけ落ちる。


それを合図にしたみたいに、周囲の目が“怪しい”に変わった。


「所属。名。用件。順番に」


男が言い淀む。


言い淀んだ瞬間、もう終わりだ。


俺は追い討ちをやめない。


やめる理由がない。


「言えないなら、聖女様へ近づく資格はありません」


相手のメンツを潰す。


潰すが、血は出さない。


血を出さずに、二度と近寄れない形にする。


男が唇を噛み、逃げるように下がった。


その背中に、俺は微笑みを貼り付けたまま見送って――


内側だけで舌打ちする。


(……今のはやりすぎた。ミレイユのせいだ)


サムが俺の横で、口を押さえて笑いを堪えている。


「姐さん、刺さりすぎっす」


肘で小突く。


「口を閉じろ」


「痛っ。……任務っすもんね」


「そうだ。任務だ」


線を越えない。


越えそうになったら、任務で戻す。



ヒヤリは、いつも最悪な形で来る。


群衆の中で、俺は咄嗟にトムへ指示を飛ばした。


「触るな。燃える」


いつもの口癖。


いつもの仕事の言い方。


その瞬間、リュカの目が一瞬だけ凍った。


(……しまった)


だが事故は、神のように都合よく割り込む。


別方向で子どもが倒れ、咳き込み、周囲がどよめいた。


リュカは反射でそちらへ向き、俺の言葉は流れた。


助かった。


(……いや、助けられたのは俺だ)


俺は笑顔を崩さず、背中だけで息を吐いた。



夕方。


倉庫街の端で、小さな騒ぎが起きた。


ローカルの現場が焦っている。


金が詰まり、売り場が死に、仕入れが止まった。


そこへ競合の“火消し”が入る。


派手な制圧はない。


ただ、こちらにだけ分かる“印”が残る。


血のついた硬貨。


たった一言。


『ここまで』


サムが拾い上げかける。


「若頭、これ――」


「触るな」


俺は言った。


「燃える」


トムが無言で回収袋を出し、硬貨を入れる。


火消しは、こちらを見ない。


見ないまま、去る。


――この現場は捨てる。


だが線は見ている。


そう言われた気がした。


俺は受け取らない。


だが理解はした。



夜。


サムが報告をまとめる。


「やつら、干上がってます。


でも、上から命令が降りたようですね。


施療院で……“事件”起こせって」


俺の中で、音がした。


尻尾切り。


競合は、現場を燃やしてでも撤退する。


そして燃えた火を、こちらへ投げる。


(次は、表が燃える)


俺は立ち上がった。


「施療院を守る」


声に出すと、言葉が重い。


重いからこそ、線になる。


「聖女の負担を減らす。


原因は裏で断つ。


……任務だ」


サムが頷く。


トムも頷く。


外は静かだ。


静かすぎる。


嵐の前の静けさは、いつも“白い壁”の中から始まる。

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