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俺が、女装に!?

面倒な任務ほど、上は“簡単”と言う。


「聖女を守れ」


「父の存在は匂わせるな」


「失敗したら殺す」


ボス、アルド・セルディは笑って言った。


笑顔のまま、喉元に刃を当ててくる種類の男だ。


「……承知しました」


俺は礼を返す。


礼儀は武器だ。


——前世でもそうだった。


俺は転生者だ。


この世界に来る前から、裏の仕事にいた。


血の匂いと金の匂いを嗅ぎ分ける生活。


だから、殺意にも取引にも慣れている。


慣れているが。


——この時点では、まだ。


(聖女の横に男がいるとまずい)


その“当たり前”に、ボスも教会も、まだ気づいていなかった。


借金司祭の首根っこを掴むのは簡単だった。


金に弱い奴は、脅しよりも契約が効く。


「手続きは通せ。余計な口は開くな」


司祭は顔色を変える。


教会派閥がどうの、規則がどうのと口にするが、俺は聞き流した。


派閥は敵でも味方でもない。


厄介なのは、“金の動き”だ。


施療院の現場は、匂いで分かる。


薬草の匂いの奥に、薄い甘さが混じっていた。


——偽薬。


足りないのは薬だけじゃない。


足りないのは、線引きだ。


聖女を初めて見たとき、正直、一瞬言葉を失った。


……すごい美少女だ。


事前に聞いてなきゃ、こいつが男だなんて分からない。


だからこそ、余計に危ない。


手下の馬鹿どもを近づけさせるのはやめておく。


何をしでかすか分からないし、変な噂でも立てられたら面倒が増える。


——守るのは聖女だけじゃない。


“聖女の体面”も守る。


聖女が入る前に、俺は人の配置を変える。


目撃者を外す。


記録係を差し替える。


聖女が男だとバレる確率を、潰していく。


奇跡が始まった瞬間、場は熱狂に包まれた。


信者は祈り、修道女は泣き、司祭は神に感謝する。


その中で、俺は逆に冷える。


熱狂は、最も危険だ。


誰かが“証拠”を欲しがる。


写真。


記録。


噂。


「それ以上、近づかないでください」


声は丁寧に。


目は脅しに。


相手が引く。


それでいい。


寄付箱の近くで、会計係が紙束を隠すのが見えた。


(抜いてるな)


今は泳がせる。


聖女の奇跡の“後”が問題だ。


患者の濁りは、病気だけじゃない。


薬の袋に、禁忌の匂いがある。


薄い。


だが確かに、依存を呼ぶ匂い。


——麻薬。


俺の中で、何かが切れた。


前世の記憶が、喉元までせり上がる。


(それだけは許さない)


供給元の下っ端を捕まえる手順は、体が覚えている。


痛めつける前に吐かせる。


吐かないなら——吐くようにする。


ただし、聖女の耳に届かない場所で。


聖女は俺を怖がっている。


当然だ。


むしろ、それでいい。


怖がっていれば、近づかない。


近づかなければ、守りやすい。


……なのに。


あいつは、礼を言った。


「ありがとうございます」


真っすぐに。


俺は一瞬、返事が遅れた。


(面倒な奴だ)


守られる側が、守る側を信じようとする。


それは、弱点になる。


だが。


捨てられない。


「……仕事だ」


俺は短く言って、背を向けた。


近づけるな。


だが死なせるな。


矛盾を抱えたまま、俺は“次”の準備に入る。


日が落ちて、施療院の喧騒がようやく引いた頃。


ボスから呼び出しがかかる。


「今日の様子を聞いた」


ボスは短く言って、灰皿に灰を落とした。


「あんな可愛い子の隣に、怖い男が立っていて変な噂になったらどうするんだ」


一拍。


「明日からは侍女を派遣する。そいつが護衛だ」


……ん?


「お前だ。女装しろ」


……は?


じょそう?助走?序奏か。女装!?


ボスが“気づいて”決めた。


「お前も陰気臭いだけで顔は悪くねえんだから女装くらいできるだろ」


命令だ。


なら、やるしかない。


嫌々でも。


仕事に手は抜かない。抜いた奴から死ぬからだ。


——問題は、どうやって“それらしく”するか。


俺は馴染みの女に連絡を入れた。


ミレイユ・ノアール。


情報屋兼・何でも屋。


「女装の道具を揃えろ」


『誰が女装するんだ?』


「……」


『?』


「…俺だ」


沈黙。


次の瞬間。


『は? 最高。今すぐ会おう』


電話越しの声が弾む。


「……ふざけるな」


『ふざけてない。あんたが一番嫌がるやつ、私が一番得意』


最悪だ。


だが、仕事はできる。


女装グッズ一式。


化粧道具。


所作の段取り。


『偽名は?』


「……適当に」


『じゃあ、ヴィオラ。綺麗でしょ?』


『ヴィオラはね、笑ってる方が怖いの。あなた向き。サービスしなさいよ、上品に』


ミレイユは鏡を俺の前に突き出して、満足そうに頷いた。


『ほら。完璧。私、天才。自分の才能が怖すぎる』


……鏡の中にいたのは、金髪の知らない女だ。


腹が立つくらい、それっぽい。


『ね? 大満足でしょ?』


「満足してるのはお前だけだ」


『最高。じゃあ次、歩き方。転ばないでよ、護衛侍女さん』


『あと、覚えといて。女はね、“正しく勝つ”より“綺麗に勝つ”の』


『丁寧に言えば、だいたい刺さる。……ほら、あんたみたいに顔が怖いのは特に』


俺はため息を吐いた。


「勝手にしろ」


司祭には書類を整えさせる。


“護衛侍女”としての肩書き。


供給線の背後には、教会派閥か、別マフィア。


どっちにせよ、面倒だ。


夜。


俺は表の護衛として戻り、必要最低限だけ告げた。


「明日も仕事だ。余計なことはするな」


一拍置いて、付け足す。


「明日からは侍女——ヴィオラを付ける。そいつが護衛だ」


あいつは頷く。


(……救いだけは、やれ)


言葉にはしない。


言葉にしたら、近づく。


近づけば、終わる。


——やれやれ。


守るだけで終わる話じゃないらしい。

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