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祈りを繋ぐもの  作者: 和穂ゆう
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タケヒトの治世物語 - 前編

第七章 神器授与の儀式



桜の花びらが舞い散る春の朝、カシハラの新宮は静寂に包まれていた。白木の香りが薄く漂う宮中で、タケヒトは瞑想に耽っていた。朝露に濡れた庭の石畳に、陽光が斜めに差し込み、金色の帯を作り出している。その光の中で、父ウカヤフキアハセスの突然の崩御から流れた月日を振り返っていた。今や自身が天下の重責を担う時が来たのである。

「父上、私にはその器があるのでしょうか」

心中でつぶやくタケヒトの胸には、不安と決意が波のように交錯していた。九州の地で受け継いだヲシテ(「カクのフミ」)の重みを、改めて感じていたのである。その古い文字の一画一画に込められた祖先の思いが、今、彼の肩にのしかかっていた。

静寂の中、鳥のさえずりだけが宮中に響いている。タケヒトは深く息を吸い込み、父の面影を心に浮かべた。威厳に満ちながらも慈愛深い父の眼差しが、まるで今もそこにあるかのように感じられた。

ところで三種の神器の授与に関して、歴史を考慮すると、今回の事情には即断にすべてを合わす事は難しい事が解った。つまり、昔からの例によると、譲位をなさろうとされる先代の天皇が、三種の神器をお譲り渡されることが通例であった。ですが、今回のタケヒトキミの場合は、既に、ウカヤフキアハセス様は崩御なさってしまっての後である。

朝霧が徐々に晴れ始める中、重臣たちが宮中に集まってきた。彼らの足音が廊下に響き、緊張した表情が互いの顔に映っている。そこで、代役を立てる事になった。先代天皇のご名代として、集まる臣たちの一致するところはアメオシヒの子孫であるミチヲミであった。

「これほど重要な儀式を、私が執り行うとは」

ミチヲミの手は微かに震えていた。彼の額には薄っすらと汗が浮かび、深い責任感が表情を引き締めている。ミチヲミには、ヒのカミ遣いとして役割が与えられ、アメオシヒの子孫として、その重責の意味を深く理解していたからである。宮中の薄明かりの中で、彼の影が壁に長く伸びている。

朱塗りの柱が立ち並ぶ大殿の中央で、かつては正皇后の役割であった、カガミを授与する役には、アタネが選ばれた。アメマヒトツ(ツルギを打った臣)の子孫のアタネは、月の遣いとして呼ばれる。

「アメマヒトツ様の血を引く者として、恥ずかしくない務めを果たさねば」

アタネの心には祖先への敬慕が溢れていた。彼女の手に持つ八咫の鏡が、差し込む陽光を受けて神秘的な光を放っている。その光の中に、代々受け継がれてきた使命の重さを感じ取っていた。

薫香が立ち上る神聖な空間で、かつて西のキサキの役目だったツルギを授与する役目には、アメトミが選ばれた。アメトミはフトタマの子孫である。この時にアメトミは、褒賞で忌部の名を賜った。そして、アメトミは星の使いと呼ばれて、三種の神器の授与式に参加する。

星の遣いのアメトミ(後の忌部)は、フトタマの子孫としての責任感に身を引き締めていた。この日を境に忌部の名を賜ることとなる彼の心境は複雑であった。名誉と重責が胸の内で渦巻き、彼の表情には深い決意が宿っていた。宮中に響く雅楽の調べが、儀式の神聖さを一層際立たせている。




第八章 禊と即位への準備



夜明け前の薄闇の中、タケヒトは清らかな川の流れに身を浸した。冷たい水が肌を刺し、心身を浄化していく。水面に映る星々が揺らめき、まるで天の意思を映しているかのようだった。タケヒトは禊をして即位の式に臨んだ。

水滴が頬を伝い落ちる中、彼の心には不思議な平安が訪れていた。川のせせらぎが心の雑念を洗い流し、新たな決意が静かに芽生えていく。

初代のスヘラギとしてのご即位になられる訳であった。このタケヒトの橿原のミヤでの新年号の嘉日は、正月の元旦のことで、国民の心に嬉しさと尊さを感じたのであった。

新年の清々しい空気が宮中を満たし、梅の香りが微かに漂っている。民衆の歓声が遠くから聞こえ、新しい時代への期待に満ちた声々が風に乗って届いてくる。

このご即位の祝賀の際に、ウマシマチは伝来のトクサタカラを奉呈した。つまり、ウマシマチは、天皇の位を正式に辞退した事をあまねく公表したのであった。

「自分には地位を守る資格はありません。和をつなぎ、影から国を支えることが私の役目だと思います。」

ウマシマチの表情には、安堵と新たな天皇への期待が混在していた。彼の目には涙が光り、長年背負い続けた重圧から解放される安らぎと、タケヒトへの深い信頼が表れている。ウマシマチには、モノノヘの姓が授与される。

儀式の場に響く彼の声は、決して後悔ではなく、新たな始まりへの希望に満ちていた。

この年には平和が訪れて、新年の年中行事もつつがなくおこなわれた。七日には、七草粥もおこなわれる。満月にはトンド火も、うらない粥もおこなわれた。

宮中の庭には雪がうっすらと積もり、松の枝に白い花を咲かせたような美しさを見せている。篝火の温かな光が雪面を照らし、幻想的な風景を作り出していた。




第九章 「ミヤコトリ」の詔と神器授与



春の陽だまりが宮殿を包む中、いよいよ日嗣の継承の儀式がおこなわれる。

星の使いの忌部は、新緑に包まれたワケツチミヤ(上賀茂神社)に置いてあった八重垣の剣を、預かって来る。境内の古い杉の木々が風にそよぎ、神域の厳かな雰囲気が剣の神聖さを物語っている。月の使いのアタネは、清流のせせらぎが聞こえるカアイ(下鴨神社境内の、河合神社)に預けてあった八咫の鏡を持ち上ってきた。

三種の神器を受けるのは、タケヒトと、アメタネコと、クシミカタマの3人である。タケヒトさんは、上座にお立ちになる。そこには、畳の敷物が九重に敷かれている。その脇に、アメタネコは、畳の敷物を三重に敷いて立つ。また、クシミカタマは畳の敷物を二重に敷いて立つ。

朱色の柱と白い壁に囲まれた神聖な空間で、三人の姿勢は威厳に満ちている。畳の匂いが仄かに香り、緊張感が場を支配している。タケヒトの表情は静寂の中に深い決意を秘め、アメタネコとクシミカタマの瞳には忠誠の炎が燃えていた。

そしてヒの使いの臣のミチヲミは、「ミヤコトリ」の詔を高らかに歌うように朗誦するのであった。

「ミヤコトリ」の文章は、かつて、10代天皇のニニギが三種の神器を授与される際の詔であった。アマテルカミ様からの直々の詔が「ミヤコトリ」であった。

「ミヤコトリ」の朗誦の始まるにあたって、タケヒトは畳の敷物を3枚外して、六重に下げた。そして、恭しく、アマテルカミ様のお気持ちを拝聴する。勿論、トミ達も畳の敷物を外すのであった。

宮殿内に静寂が降りる中、ミチヲミの声が深く響き始めた。その声は天井の梁に反響し、神々しい雰囲気を醸し出している。

ミチヲミの声が宮中に響き渡った:

「天地の上から下までを愛しみ治めるアマスヘラギの、左右の臣のカスガ(当時のアマノコヤネ)とコモリ(当時の3代目オオモノヌシ)。君と臣達がこころを一つに合わせて政治に当たって下さい。それは、あたかも『ミヤコトリ』の姿形に例えられます。『ミヤコトリ』の形の、身体は国民です、頭は君です。 カガミのトミと、ツルギのトミの2臣は両方の羽です。足は兵士たちです。

カガミのトミに世継ぎが絶えてしまうと、国民の心は離れてゆきます。その結果、天皇位の継続が難しくなります。ツルギのトミの継ぎが絶えてしまうと、兵士たちが抗争を繰り返すようになってしまいます。これでは世が奪われて平和が破壊される混乱になります。

ヤタのカガミを守り持つ左の臣は、作物にクニの中心から潤い生える力を、春の季節がもたらすようにする仕事です。国民に恵みが行き渡り、生活がうまく成り立つようにして行く事に心配りをしなさい。

ツルギのトミは、犯罪者を枯らして世の中の平穏を維持する役目です。その志をもって、実際に直接働く兵士達に力を与えることが出来ます。

タマ(ヲシテ)と、カガミと、ツルギの、三種の神器を、それぞれの持ち分にと三つに分けて授けるのは、国家が安定に一つに纏まる為の計らいなのです。

アマテルカミは、この由を記した文書をニニギに授けます。

セヲリツヒメは、八咫の鏡を持ち、カスガ(アマノコヨネ)に授けます。

ハヤアキツヒメは、八重垣の剣を持ち、コモリ(3代目オオモノヌシ)に授けます。

これが、ヤマトの日嗣の『ミヤコトリ』の次第でした」

ミチヲミの朗誦が進むにつれ、宮中の空気はより一層神聖さを増していく。その言葉一つひとつが、まるで古の神々の息吹を運んでくるかのようだった。

タケヒトはその言葉を聞きながら、アマテルカミ様の御心を深く受け止めていた。

「私は、この国の民のために生きるのだ」

祖先への敬慕と、国家への責任感が胸に溢れた。彼の瞳には決意の炎が宿り、口元には民への慈愛が浮かんでいる。

この前例に沿って、タケヒトさんの即位の儀式も執り行われる。

薫香の煙がゆらゆらと立ち上る中、厳粛な儀式が続く。

ヒのミチヲミは、『カクのフミ』のヲシテの入ったみ箱を持ち、そして、タケヒトに奉る。

古い檜の箱に刻まれた文様が、蝋燭の光を受けて浮かび上がる。その中に納められたヲシテ文字には、代々の智慧が込められていた。

月の使いのアタネは、八咫の鏡を持ち、アメタネコに授ける。

鏡面に映る光が虹のように広がり、神秘的な輝きを放っている。アタネの手は神聖な使命感に震えていた。

ホシの使いのアメトミは、八重垣の剣を持ち、クシミカタマに授ける。

刀身が微かに光を反射し、その刃には千年の時を超えた威光が宿っている。

儀式が進行する中、アメタネコの胸中にも様々な思いが去来していた。父オシクモの犠牲を無駄にしてはならないという決意が、彼の心を支えていた。父の面影が心に浮かび、その遺志を継ぐ覚悟が表情を引き締めている。

クシミカタマもまた、祖父クシヒコから受け継いだ忠節の精神を胸に、新たな時代への誓いを立てていた。祖父の教えが心の奥底で響き、忠誠の証として胸を張っている。




第十章 即位の完成と大嘗祭



夕陽が宮殿の屋根を金色に染める頃、三種の神器の授与を終えて、君と臣達は共に、元の畳の敷物の数に戻す。

他の居並ぶ臣達や百人にも及ぶ司書達は、万歳を歌い祝うのであった。

「この瞬間から、私は真の天皇となるのだ」

タケヒトは深い感動を覚えていた。宮中に響く万歳の声が波のように押し寄せ、彼の心に深い感謝と決意を刻み込んでいる。

夜の帳が降りる中、この後に、八咫の鏡はヰソススヒメに預ける。また、八重垣の剣はアヒラツヒメが預かる。そして、みシルシである『カクのフミ』は君の御身体の許に備えられるのであった。そして、三種の神器は共に宮中のカシコトコロに納め置かれる。10代天皇のニニギのハラミのミヤでのお披露目の前例に倣っての事であった。また通例通りに、翌日には即位の儀式の設えを、国民に拝ませる事にする。

月光が神器を安置する聖域を照らし、神秘的な雰囲気を醸し出している。

11月に、大嘗祭をおこなう。アユキのミヤと、ワスキのミヤを建てて、天地に誓いを立てるわけである。

秋の澄んだ空気の中、新造された二つの宮殿が荘厳に立ち並ぶ。紅葉した楓の葉が風に舞い、神聖な儀式の始まりを告げているようだった。

タケヒトキミの左右に、アメタネコと、クシミカタマが控える。そして、お供え物を供えて祝詞を奏上する役目である。その外には、ウマシマチは兵士として戸を守る。さらに、外側の垣根をミチヲミが巡回する。神託を受け取る役目は忌部の臣が受け持つ。

篝火の明かりが三人の顔を照らし、神々への祈りが込められた表情が浮かび上がる。左右に控えるアメタネコとクシミカタマの表情は、責任の重さを物語っていた。

「これで国家の礎が固まった」

タケヒトの心には深い安堵があった。星空の下で行われる大嘗祭の荘厳さが、新しい治世の始まりを天地に告げているようだった。




第十一章 論功行賞と新秩序の確立



梅の花が咲き始めた翌年の春の正月の11日に、後に言う除目の論功行賞についての詔がタケヒトより発される。

宮中は新年の清々しい雰囲気に包まれ、功臣たちの緊張と期待が空気を震わせている。

『この国がヤマトウチで治まり得たのは、ウマシマチの忠節が大きく寄与をしています。ウマシマチは代々、物部(軍部を司る臣)の職務を受け継いで下さい。

ミチヲミは望みのままに、ツキサカ(桃花鳥坂)とクメ(畝傍山の南部)を下賜します。

ウツヒコ(シイネツヒコ)の功績は、船の導きをしてくれた事と、天香久山の土を取って来てくれた事が大きいです。そこで、ヤマトのクニツコに任じます。

弟のウケシも同じく、天香久山の土の功績です。タケタのアガタヌシに任じます。

クロハヤはシギのアガタヌシに任じます。

アメヒワケはイセのクニツコに任じます。

アタネカミはカモのアガタヌシに任じます。

ツルギネは、カツギのクニツコに任じます。

ヤタカラスマコはカトノヌシです。』


ウマシマチはその言葉を聞き、目頭を熱くし、心の中で誓う。

「今回の戦の責が大きい自分に対して、これほどまでのご厚情を賜るとは。多くの兵を失い、民を苦しめた罪深い身でありながら、陛下はその功のみを見てくださる。この恩に報いるには、残りの人生を国の礎として捧げる以外にない」

彼の頬に涙が光り、感謝の念が全身を包んでいる。

「陛下のお言葉、身に余る光栄でございます」

その声は震えており、長年の苦労が報われた喜びに満ちていた。


ミチヲミには望みのままに、ツキサカとクメが下賜され、彼の功績が正当に評価されたことへの喜びが、顔に表れていた。桃の花が咲く美しい坂と、山麓の豊かな土地を思い浮かべ、感謝の気持ちで胸がいっぱいになっている。

他の功臣たちも次々と恩賞を受け、新しい秩序が確立されていく様を見て、タケヒトは深い満足感を覚えていた。春の陽だまりの中で、彼らの喜びに満ちた表情を見守りながら、新たな時代の幕開けを実感していた。

「これで真の統一が成し遂げられた」

こうして、新しく秩序が定められたのであった。宮中に響く歓声と、満開の桜が舞い散る中、タケヒトの治世が本格的に始まろうとしていた。

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