神代の文書 タマカエシのフミ ~前半~
第一章 老賢者の覚悟
春霞のたなびく頃、カスガカミ(アマノコヤネ)は深いため息をついた。鏡に映る自分の顔を見つめながら、彼は遂に認めざるを得なかった—自らの老齢を、そして迫り来る死の影を。
長い長い年月を重ね、今やヨワヒ(寿命)の尽きることを悟った老賢者の心は、しかし穏やかだった。やるべきことを全て成し遂げたという満足感と、後継者への信頼が彼を支えていた。
アメフタヱの前に立った彼の表情は、威厳に満ちながらも慈愛に溢れていた。
「わがヨワヒ(寿命)は、いよいよ尽きたことを思う」
その言葉には、諦めではなく、静かな覚悟が込められていた。
「それゆえ、カンオチ(アマテルカミへのご奉仕)の仕事を、ナンチ(汝)に授ける。務めてご奉仕を怠らぬようにしてくれ」
アメフタヱは震える手で頭を下げた。師の重い言葉に、胸が締め付けられるような思いを抱きながら。
アマノコヤネはミカサ(春日大社)に帰ると、心を込めて両親など祖先への祭りを執り行った。一つ一つの所作に、長年の感謝の念を込めて。そして愛する世継ぎ子のオシクモを呼び寄せ、最も重要な遺言を述べようと決意した。
第二章 父の遺言
オシクモが父の前にひざまずくと、アマノコヤネの目には深い愛情が宿っていた。この息子に、どれほど多くのことを伝えたかったことか。
「ナンチ(汝)オシクモよ、しっかりと聞くがよい」
父の声は、いつもより少し震えていた。それでも、その言葉一つ一つには、長年の経験と智恵が込められていた。
「昔より、ヲヲヤケに仕えての仕事をずっと続けてきた。それゆえ、み・カガミを賜り、我らはカガミのトミと呼ばれてきたのだ。タ(春の芽吹き)のトミである」
オシクモの瞳に、父への尊敬の念がさらに深まるのを見て、アマノコヤネは微かに微笑んだ。
「我が子孫に言っておきたいことがある。タのトミは柔らかな恵みを行き渡らせて豊かに心地よくさせてゆくのが仕事なのだ」
ここで彼は立ち上がり、庭に目を向けた。春の新緑が美しく輝いている。
「これを季節に例えて言えばよく分かる。春はヌルテハで優しくしっとりとしている。夏には青くなり茂る。秋には紅葉になり色鮮やかになる。そして冬には黄ばんで葉が落ちる」
彼の声には、自然への深い愛と理解が込められていた。
「何事も自然の循環の一コマなのだ。たとえその時その時代に受け入れられなくて、落葉するようなことがあっても恨んではならない。常に人々のため、クニのためを思って努力を行いなさい」
オシクモは父の言葉に深く頷いた。その瞳には涙が光っていた。
「これは、わたくしの事績にも明らかである」
アマノコヤネは遠い目をして過去を振り返った。苦難の時代、挫折の日々、そして復活の喜び。全てが昨日のことのように思い出された。
「かつて、アスカのミヤからの職を辞した時にも、常にクニを思い国民の幸せを思い続けていた。それで、弟君のニニギノミコト様に実直に仕えてゆくことになったならば、思いもよらぬことに、ニニギノミコト様は皇統の主流にもおなり遊ばしたのであった」
その時の驚きと喜びが、今でも彼の心に鮮やかによみがえった。
「木の芽は、いずれかにおいてメデルものなのだな。ついに、カガミのトミとなり得たのであった。ともに苦労をしたクシヒコ(二代目オオモノヌシ)はミギのトミとなった。一旦落ちて、復活してのミギのトミ就任はいよいよ立派なことだと思う。何回も辛い冬を乗り切って初めて強い強い弓ヤツルギになり得るのだと思う」
老賢者の顔には、戦友への深い敬意と誇りが浮かんでいた。
こう言って、アマノコヤネは愛する世継ぎ子のオシクモに酒を勧めた。これが最後の父子の酒かもしれないと思うと、胸が熱くなった。そして返杯を求めたが、オシクモは首を振って拒否した。
偉大な父のコヤネには、いくらどうあっても逝去なんてしてもらうことは、「はい、そうですか」なんて簡単に肯うことなどできるはずもなかった。オシクモの目には、必死に涙をこらえる様子が見えた。
アマノコヤネは、息子の気持ちを深く理解していた。だが、時は待ってはくれない。彼は他の居並ぶ人々に向けて、力を振り絞るように遺し言を続けた。
「カガミのトミを、とにかくも尊重して敬うのが大切なことなのである」
この言葉には、彼の全人生をかけた信念が込められていた。
「これこそが遺言である」
そう言い残すと、アマノコヤネは静かに目を閉じた。旧暦二月十一日、やや満月に近くなってきた春(現在の三月末頃)の夜、老賢者は安らかに息を引き取ったのであった。
第三章 国を覆う悲しみ
オシクモの慟哭が夜空に響いた。愛する父を失った悲しみは、まるで胸を引き裂かれるようだった。彼は四十八日の喪に入り、その間、食事も喉を通らないほどの深い悲しみに沈んだ。
アマノコヤネの亡骸は、ヤマシロ(現京都)の西南のオシホ(大原野神社、京都市西京区大原野南春日町)に丁重に納められた。
アマノコヤネの逝去の報せは、稲妻のように全国に駆け巡った。国中の人々が一斉に喪に服し、その悲しみはあたかも天皇の崩御においての喪の如くであった。市場は静まり返り、人々は涙を流しながら老賢者の偉業を語り合った。
遠く離れた地で、この知らせを聞いたサルタヒコは、雷に打たれたような衝撃を受けた。胸の奥から込み上げる激しい動揺と後悔の念に、彼は立っていることもできなかった。
「なんということだ...まだ時間があると思っていたのに」
サルタヒコには昔から心の奥底に秘めた強い願いがあった。それは「タマカエシ」のノリを教えてもらうことだった。この神秘的な知識への憧れは、日に日に強くなっていた。
実は、アマノコヤネもサルタヒコのその熱い想いを理解していた。慈愛に満ちた老賢者は、密かに「タマカエシ」のフミ(文書)を三本作製していたのだった。一本は愛する世継ぎ子のオシクモに、もう一本は信頼するアメフタヱに、そして残るもう一本は、学問への情熱を燃やすサルタヒコへの贈り物のつもりだった。
だが、運命は残酷だった。伝与の機会は訪れることなく、アマノコヤネは静かに世を去ってしまった。
きっと、アマノコヤネも深い無念を抱いていたことであろう。サルタヒコに最後の贈り物を渡せなかった悔しさを。
第四章 禊の水の異変
ちょうどその頃、サルタヒコは日常の禊を行おうとしていた。ところが、いつもの清らかな水に異様な変化を見つけて愕然とした。水面に異常なほどの泡が立っているのだ。
「これは...一体何の前兆なのか」
その泡を見つめながら、サルタヒコの心に古い記憶がよみがえった。昔、漁のヒラコに噛まれた時のあの痛みと恐怖。不吉な予感が胸を締め付けた。
胸騒ぎを抑えることができず、サルタヒコは震える手で太占の占いを行った。卦を読み解いていくうちに、彼の顔は青ざめていった。
「人々にフユが来にける」
その占いの結果は、明らかに凶兆を示していた。何かトミ達に重大な問題が起きている—そんな直感が彼を突き刺した。
「まさか...アマノコヤネ様に何かが!」
ハタと気づいたサルタヒコは、もはや一刻の猶予もならないと感じた。愛する師の身を案じる気持ちで胸がいっぱいになりながら、急いでイセの宇治へ向かった。
だが到着すると、既にアマノコヤネはミカサヤマ(奈良市)へ向かった後だという。焦りと不安で心臓が激しく鼓動する中、サルタヒコは必死に後を追った。
ミカサヤマに着いた時、彼の最悪の予感は現実となった。既にアマノコヤネは仮り納めの状態—つまり、息を引き取った後だった。
「なぜ、もう少し早く来ることができなかったのか...」
サルタヒコは、拳を強く強く握りしめながら、深い悔恨と自責の念に支配された。膝から力が抜け、その場に崩れ落ちそうになった。もしあと少し早く来ていれば、最後の言葉を交わすことができたかもしれないのに。
第五章 死者の奇跡
深い悲しみに沈みながらも、サルタヒコはオシクモたちと共に喪に服した。翌日、アマノコヤネの亡骸はヒラオカ(枚岡神社、東大阪市出雲井町)へお送りするための御輿に丁重に納められた。
サルタヒコの心には、どうしても諦めきれない想いがあった。最後に一目会いたい—その願いは、胸を焦がすほど強烈だった。
「どうか、最後に一目だけでも...」
涙声でたっての願いを述べると、周囲の人々も彼の真摯な気持ちを理解し、特別に許可してくれた。
震える手で御輿の扉を開いた時、サルタヒコの心は千々に乱れていた。そこには、生前と変わらぬ穏やかな表情のアマノコヤネが横たわっていた。だが、もうその胸は上下することはない。
サルタヒコは堰を切ったように語りかけた。
「『タマカエシ』のフミを常に乞い求めてきていました。ついに、ここに至り、甥であったり兄弟のようにしているオシクモやアメフタヱの二人には『タマカエシ』のフミが譲られましたが、私一人、頂戴しないままになってしまっていました」
その声は、悲しみと後悔で震えていた。
「返す返すも本当に残念なことでございます。千々に悔やむものでございます」
その時である—まさに奇跡としか言いようのないことが起こった。
すでに亡き人となっていたアマノコヤネが、突然カッと目を見開いたのだ!周囲の人々は息を呑み、サルタヒコは驚愕のあまり声も出なかった。
「あなたは、よくよく忘れずに来てくれました」
その声は、生前と変わらぬ温かさを持っていた。
「嬉しく思います。あなたが求めていたモノは、これです」
そう言って、アマノコヤネは最後の1本の「タマカエシ」のフミをサルタヒコに手渡した。
サルタヒコは感動のあまり全身が震えた。何か尋ねたいことが山ほどあったが、既にアマノコヤネは再び目を閉じ、永遠の眠りについていた。
その後、御輿はヒラオカ(枚岡神社)へと静かに向かい、アマノコヤネは丁重にお納めされた。後日、生前に思い出深いオシホ(大原野神社、京都市西京区)へ改葬され、さらに後にアメタネコによって再びヒラオカに移されて祭られることとなった。




