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祈りを繋ぐもの  作者: 和穂ゆう
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神馬と地の馬

神と馬の物語です。

◆ 天から降りた日、神馬と共に


天の高み、高天原。静寂をまとった風が流れ、白くたなびく雲の道を、一頭の神馬が駆けていた。名をアマウマ。その背には、天照大神の孫・ニニギノミコトがまたがっていた。


「共に参ろう、地上へ」


ニニギの声は静かでありながら、確かな意志を帯びていた。アマウマは鼻を鳴らし、雲を蹴って天と地を結ぶ坂を下りる。彼らの足跡は、天と地を繋ぐ祈りのしるしであった。


葦原の中つ国に光が射す。その地に足をついたとき、アマウマは歩を止める。


「ここから先は、我の務めにあらず」


語らぬはずの馬の瞳が、別れを告げていた。ニニギは深く頷き、敬意をこめて額に手を当てた。


「そなたの導き、深く感謝する。空より我らを見守れ」


アマウマは一たび尾を振り、静かに空へと舞い上がり、風と共にその姿を消した。


◆ 地上の馬との出会い


時を経て、霧深き山の谷。ニニギノミコトは、野に生きる一頭の馬に出会った。


その馬は、力強くも繊細な動きを見せ、褐色のたてがみが風に揺れていた。野の気配を身にまとうその姿に、ニニギは目を細めた。


ゆるやかに歩み寄ると、馬は身を固くしながらも逃げはしなかった。ニニギは静かに膝を折り、掌を差し出した。


「地に生きる者よ。共に歩めるか」


馬は慎重に鼻先を彼の手に触れさせ、その温もりを確かめる。言葉なき交わりが、そこで結ばれた。


その夜、焚火の傍らで馬は静かに伏せ、ニニギは遠き空を仰ぎ、天馬との別れを思った。


「この地でも、我は歩みを進めよう……共に在るならば」


◆ クシミカタマ神との邂逅


その地に住まう一柱の神あり。名をクシミカタマという。鉄と火を司り、知恵と技を修めし地の神。


「天つ神とは思えぬ若さだな。だが、その目にはまことが宿る」


ニニギは深く頭を垂れ、真摯に言葉を紡ぐ。


「この地を知り、民を知りたい。馬と共に在る術を、あなたに学ばせてほしい」


クシミカタマは一拍の沈黙の後、笑みを浮かべて言った。


「神が頭を垂れる時、真の道が始まる。よかろう。我が教えよう。馬とは、力ではなく心で導くものだ」


◆ 日々の修練と交流


耳の向き、尾の揺れ、蹄の響き。そのひとつひとつが、馬の心を語る。


ニニギは一日として怠ることなく、泥にまみれ、汗を流して学び続けた。


馬が不安なとき、彼は歌を口ずさみ、静かな声で心を鎮めた。


ある日、鞍をつける彼の肩に、馬がそっと頭を預けた。


「心が通い合った証だな」


クシミカタマは鍛冶場から目をやり、頷いた。


「汝の眼差しに、誠が宿っている。これこそが、地を導く者の資質だ」


夜になると、焚火の光の中で、ニニギは馬のたてがみを梳きながら語りかける。


「そなたの息遣いに、我は学ぶ。言葉なき対話が、我らを導いてくれる」


馬はまぶたをゆっくりと閉じ、まるで言葉に応えたかのようであった。


◆ 馬と共に拓く、農の道


田の畔を歩いていた折、ニニギはふと語りかけた。


「この力を、耕作に活かすことはできぬか」


クシミカタマは深く思案し、やがて力強く頷く。


「ならば我が、馬のための鋤を鍛えよう」


数日の後、鉄と革を組み合わせた新たな農具が完成する。


馬は初めての重さに戸惑いながらも、地を踏みしめて進み始めた。蹄が土を刻み、鋤が大地を割る。


やがて馬は開墾の場において、木々を引き倒し、土砂を運び、川から田へ水を導くための道をも拓いていった。その歩みは、単なる労働ではなく、土地との対話であった。


馬が安全に歩けるようにと、民は自然と道を整え、石をならし、橋を架けた。その結果、集落の行動範囲は拡がり、より広い土地に人々が分散して住むようになっていった。


◆ 民への伝授と継承


ニニギは集落に馬を連れ、農の民に言葉を授けた。


「馬の力は、力そのものではない。心に応えるものだ。荒ぶる心には背を向け、和らぐ心には歩み寄る」


民は最初こそ恐れを見せたが、ニニギの導きに従い、少しずつ馬と通じ合っていった。


村ごとに馬が飼われ、開墾や灌漑の現場に馬が立つようになった。大地は豊かに耕され、遠く離れた田や水源へも人々が容易に足を運べるようになった。


その変化は暮らしの隅々にまで広がり、村の中に道ができ、季節の巡りと共に馬の歩みが風景となった。


ある老婆がニニギの前に進み出て、深く頭を垂れた。


「この地に光をもたらしてくれたのですね。馬も、神も、わたしたちの家族のようです」


ニニギは静かに頷き、馬のたてがみに手を添えた。


「この命もまた、共に在る者。守り、敬い、そして語り継いでくれ」


◆ 神馬の奉納と神社の始まり


ある年、民の一人が病に倒れ、命が危ぶまれたとき、村の長が祈りを込めて馬を神に捧げた。白き馬は清き川で洗われ、額に麻の飾りを結ばれ、神前に静かに立たされた。


その夜、病は癒え、村には喜びの声が響いた。


「馬は神と我らを結ぶ者である」との信仰が芽生え、やがて各地に神馬を祀る社が築かれていった。


白馬は清めの象徴として、黒馬は力の象徴として、社に奉納されるようになり、馬と神と人との絆は、新たな形で大地に刻まれていった。


こうして、神馬を祀る風習は、天孫ニニギの祈りを今に伝える証しとなったのである。


◆ クシミカタマ神の言葉と神々の約束


焚火の夜、クシミカタマ神が立ち上がり、火に照らされた横顔で言った。


「馬が野を駆け、田を耕し、道を拓くとき、そこに神の心が息づく。力で支配するのではない。共に生きることこそ、神の道である」


ニニギはその言葉を深く胸に刻み、語る。


「この祈りは、天にも地にも通じる。やがて子らの世に至るまで、絶えることなき願いとならん」


その夜、馬が静かに鼻を鳴らした。


風がやさしく森を撫で、星々がまるで応えるようにまたたいた。


こうして――神と馬と人が織りなす祈りの道は、確かに未来へと継がれていったのであった。


◆ 神社に奉納される神馬


時は流れ、ニニギの子、ホオリノミコトの代へと世は移ろう。光輝く大地に、神々の言葉が響き渡る。


ニニギはかつてアマウマに乗りて天降り、地の馬と共に生きた記憶を息子に伝えた。


「ホオリよ、この地はただ継がれるべきものではない。祈りをもって守り、心をもって育てよ。馬は語らぬが、道を示す」


ホオリは幼き頃より馬と触れ合い、父より学んだ鞍の付け方、声の掛け方、心の寄せ方を大切に覚えていた。そしてある日、自ら鍬を手にし、民の田に立ったとき、馬が静かにその傍らに並んだ。


「共に行こう、父のように」


新たな祈りが、またひとつ、大地に刻まれてゆく。


だが、ホオリが次第に成長し、民の間で名声を得る中で、心の奥底にひとつの思いが生まれていた。それは、神々への感謝をどのように表現するかという問いだった。


ある夜、月明かりの下、ホオリは自らの手に鞍を取り、祭壇の前にひざまずく。


「天と地を繋いだ神馬よ。そなたの力があったからこそ、この地は繁栄した。我らの感謝を形として、捧げたい」


そう語りながら、ホオリは心を込めて神馬の姿を描き始める。その姿は、かつてのアマウマの如く、凛として美しい。神々が宿ることを感じさせるその馬の絵が、徐々に完成していった。


その後、ホオリは、地の神々に祈りを捧げる神社を創建し、その神社に神馬を奉納することを決意した。神馬が神の使いとして、民と神々の橋渡しとなり、その祈りを届ける象徴であると考えたからだ。


神社の境内に奉納されたその神馬の像は、穏やかながらも堂々とした姿をしており、参拝者はその前で手を合わせ、心を込めて祈りを捧げた。


「神馬よ、そなたの力に感謝し、この地に生きるすべての者のために、さらに祈りを繋いでくれ」


ホオリの声が響き、神馬の像の前に立つ民たちもまた、その祈りに耳を傾けた。彼らの心がひとつになった瞬間、神馬の像はその威厳を増し、静かに輝きを放つかのように見えた。


神馬は物理的には存在しなくても、民の心に深く根付き、世代を超えて祈りを繋ぐ存在となった。神社はその後も、多くの者によって敬われ、繁栄を続けた。そして、馬は神々と人々を繋ぐ架け橋として、世に伝わる神話となっていったのであった。


時は流れ、ニニギの子、ホオリノミコトの代へと世は移ろう。


ニニギはかつてアマウマに乗りて天降り、地の馬と共に生きた記憶を息子に伝えた。


「ホオリよ、この地はただ継がれるべきものではない。祈りをもって守り、心をもって育てよ。馬は語らぬが、道を示す」


ホオリは幼き頃より馬と触れ合い、父より学んだ鞍の付け方、声の掛け方、心の寄せ方を大切に覚えていた。


そしてある日、自ら鍬を手にし、民の田に立ったとき、馬が静かにその傍らに並んだ。


「共に行こう、父のように」


新たな祈りが、またひとつ、大地に刻まれてゆく。


神の祈りは、馬と共に。子から孫へ、そして未来へと――。

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