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祈りを繋ぐもの  作者: 和穂ゆう
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黄昏の山と暁の海 ~時代を繋ぐ物語(下)~

長いので物語を上・下で分けています。

### 第十一章 突然の別れ


ミナツキ(旧六月)の末のミソギを終えたトヨタマヒメは、ついに決意を固めた。ツクシ(九州)に帰ることにしたのである。


弟のタケスミを付き添いとして、皇子のタケ・ウガヤフキアハセスとともに産屋を出た。そしてヲニフ(福井県小浜市・若狭彦神社)に至り、ミコ(皇子)との別れをする時が来た。


トヨタマヒメは皇子を抱いて、その愛らしい顔を見つめながら涙を流して言った。


「母は今、恥じてツクシ(九州)に帰ることになりました。また、再び、相見える事も、できればあってほしいものです」


この言葉には、母としての深い愛情と、やむを得ない別れへの悲しみが込められていた。


トヨタマヒメはヲニフに皇子を預け、山道をたどって行った。クチキ(朽木)の谷を南に登り、峠を越えて三日目には、ワケツチミヤ(上賀茂神社)の北のミツハメのミヤ(貴船神社)に着いた。


産後の疲れもあり、トヨタマヒメは暫くここで休むことにした。しかし、その心は深い悲しみに包まれていた。愛する夫と生まれたばかりの子を残しての、辛い別れであった。


### 第十二章 緊急事態への対応


トヨタマヒメの帰郷の緊急事態が、ミヤコ(首都)のミツホのミヤに知らされると、ワケイカツチ(ニニギ)も深く心配した。


急いで使者を送り、トヨタマヒメの帰郷を止めようとした。北九州から来ていたホタカミを使者に立てたのは、彼がトヨタマヒメとも旧知の間柄だったからである。


ホタカミはヲニフに至り、皇子に会った後、クチキタニ(朽木谷)を西から南へと遡り、山々を越えてミツハメのミヤ(貴船神社)でトヨタマヒメに追いついた。


「お戻りください」とホタカミは必死に懇願したが、トヨタマヒメの九州への帰郷の決意は固かった。しかし、弟のタケスミの説得もあり、何とかこのミツハメのミヤに暫く留まることには同意した。


急いでミヤコに戻ったホタカミからの報告を受けたワケイカツチは、ソヲのハテカミに知らせた。ハテカミは娘のことを案じて、トヨタマヒメの妹のオトタマヒメを伴い、急ぎのワニフネに乗って上京した。


### 第十三章 新たなキサキとアマキミの即位


ツクシ(九州)からニシノミヤにワニフネで到着したハテカミは、ヤマシロ(山城・山背)に向かい、ミツハメのミヤでトヨタマヒメに会った。


しかし、やはりトヨタマヒメの帰郷の思いは強く、ただこのミツハメのミヤに暫く留まることに何とか納得させることができた程度であった。


ミヤコでは皆が心配していた。そこで、妹のオトタマヒメをキサキにと求めることとなった。父のハテカミは、オトタマヒメと共にミヤコのミツホのミヤに上った。


オトタマヒメを召したホホテミは、ついに父のワケイカツチのアマキミ(ニニギ)から位を譲られることとなった。ワケイカツチはシノミヤに引退し、若い時のホホテミに初めて持たせたそのシノミヤで余生を過ごすこととなった。


ミヤコのミツホのミヤにはホホテミが入り、十一月になってアユキ・ワスキのマツリ(大嘗祭)が執り行われた。ニニギのニハリのミヤの先例に倣い、ミクサタカラの拝受を天地万物に示す祭りが催された。


ヤハタ(八方に立てる幡)を立て、華を添えて飾り、祭りの明けた翌朝には国民にお披露目をして、自由に拝むことを許した。


こうして、ホホテミは十一代アマキミとなった。しかし、彼の心にはいつもトヨタマヒメへの想いがあり、しょっちゅうキサキとしてミヤコに呼んだが、トヨタマヒメは頑としてミツハノメのミヤから動こうとしなかった。


### 第十四章 コノハナサクヤヒメの智慧


翌年のことであった。ニニギのキサキであるコノハナサクヤヒメは、今までの事情を見ていてニニギに提案した。


「キサキ同士で話をさせていただけないでしょうか?」


ニニギは、この優しく賢い妻にすべてを託すことをお決めになった。


サクヤヒメはミツハノメのミヤに向かった。ワケツチヤマ(上賀茂神社の山・神山)のアオヒの葉とカツラの葉をお袖に掛けて、トヨタマヒメに会いに行った。


時にアオヒの葉を取ってサクヤヒメは示した。


「これは何の葉ですか?」


「アオヒの葉です」とトヨタマヒメは答えた。


次に、カツラの葉をお取りになったサクヤヒメはまた尋ねた。


「これは?」


「カツラの葉です」


「いずれが欠けているのでしょうか?」


「未だ欠けてはおりません」


サクヤヒメは、おや?と首を傾げて問うた。


「アオヒとカツラのイセ(夫婦のミチ)はご存じかと思います。先程の回答では、夫婦として欠けてはいないとのこと。キサキとしてミチを欠くことにはなっていないということですか?」


問い詰められたトヨタマヒメは、ついに真意を述べた。


「ミチを欠こうとは思っておりません。ミヤコに登れないでいますのは、ただ恥ずかしいからです。渚に落ちて泳ぐのははしたないと嘲り笑われ、腹這いで寝そべっていたことを見られたこともあります。笑われることを重ねてしまった私が、どうしてミヤコに登れるでしょうか?」


### 第十五章 タツキミの教え


サクヤヒメの瞳には、深い慈愛の光が宿っていた。


「あなたの仰った二つのことは、恥に似ていますが、実は恥ではないと思います。しっかりとお聞きになってください。」


サクヤヒメは、タツキミの成長過程を例に挙げて説き始めた。


「タツのコは千年間海に住み『ハイキ』を学び、千年間山に住んで『アイキ』を学び、千年間人里に住んで『ヒトイキ』を学びます。この三つのイキを覚って、立派なタツのキミになるのです。」


「渚に落ちても、自ら努力して助かったのは、とても良いことです。皇子のことを思い、勇気を奮い立てて泳いでイノチを永らえたのは、『ハイキ』そのものです。生命の維持が最も大切なこと、これを知るのが『ハイキ』です。」


「次の『アイキ』は社会的な健全さを言います。あなたの場合には、ミヤコのミヤに立つことこそが『アイキ』です。これでこそ、嘲りから免れます。さあ、勇気を出してミヤコに上ってください。私も応援します。」


「今もう一つのイキは『ヒトイキ』ですね。アオヒとカツラのイセ(夫婦のミチ)を知り得たのならば、『ヒトイキ』は既に悟っていることになります。ホホテミも、あなたの上京を首を長くして待っているようですよ。」


トヨタマヒメの瞳に、希望の光が戻り始めた。


### 第十六章 歌による心の交流


やがて、ホホテミは心を込めたウタをトヨタマヒメに送った。ミホツヒメの孫のイソヨリを使者として、その想いを伝えたのである。


*「おきつとり かもつくしまに*

*わがいねし いもはわすらし*

*よのことことも」*


(意味:「沖の鳥が鴨のとまる島で、私があなたと共寝した。そのあなたは、もう私を忘れてしまったのでしょうか。世の中のあれこれの出来事の一つのように。」)


トヨタマヒメの返歌は、深い愛情に満ちていた。


*「おきつとり カモをおさむる*

*きみならて よのことことを*

*ゑやはふせがん」*


(意味:「沖の鳥である鴨を押さえるように、あなたでなくては、世のあれこれの災いや困難を、どうして防ぎ止められましょうか?」)


このウタを三度読んだホホテミの膝に置いたアオヒの葉に涙が落ち、裳にアオヒの形が浮き上がった。その涙染みを記念に、美しい文様として和錦の衣服に織らせたのである。


### 第十七章 ついなる再会


ホホテミは、迎えの輿でトヨタマヒメを招いた。漸く待ちに待ったトヨタマヒメのミヤ入りに、ホホテミの心は喜びで満たされた。


菊塵色と山鳩色が美しい、カミ(天皇陛下)の装いの衣服を身にまとったトヨタマヒメは、かつてないほど美しく輝いていた。


長い別れの時を経て、二人の心はより深く結ばれた。苦難を乗り越えた夫婦の絆は、以前にも増して強いものとなっていた。


### 第十八章 コノハナサクヤヒメの最期


この出来事があった後、コノハナサクヤヒメは、キサキとして為すべきことは為したというように、ニニギや息子たちに見守られて静かにお亡くなりになった。


ニニギは、愛する妻のためにハラミ(富士山)に墓所を設らえ弔った。これにより、コノハナサクヤヒメはアサマのカミとも呼ばれるようになった。


### 第十九章 ニニギの最期の旅路


ニニギは、コノハナサクヤヒメの喪に服した後、自分もこの世を去ることが近いことを悟り、九州のソヲ(霧島山)に向かった。これは、昔、サルタヒコとの約束でもあった。


淀川を下ってムロツ(室津)に至り、十一代アマキミのホホテミもお見送りにミユキ(行幸)された。


ここで、ニニギは最後のご遺勅をおっしゃった。


「ア(天空)にヒ(日)ツキ(月)が照らしてくれるので、ヒトクサ(国民)も豊かに暮らすことができるのです。ヒ(日)ツキ(月)の明かりがガ(暗い)になると、タミは生命の危機に立たされてしまいます。」


「ハニキミ(大地に立つキミ・天皇)も、ヒ(日)ツキ(月)の明るい照らしをしてゆかねばなりません。暗い『ガ』になってしまうと国民に不幸が及んでしまいます。」


「マツリコト(政治)に暗い『ガ』が入り込まないようにしなければなりません。このため、アマノコヤネがカガミのトミとして輔弼するように。また、オオモノヌシの三代目のコモリはツルギのトミとして守ってください。ミヤウチ(宮中)の守り治めの役にはミホツヒメがあたってください」


### 第二十章 霧島での永遠の愛


九州からのお迎えのカメフネは、ニニギを乗せてカコシマミヤ(鹿児島県霧島市、鹿児島神宮)に向かった。トヨタマヒメの父のハテカミがお待ちしていた。


程なくニニギはソヲのヤマにお入りになった。ソヲのタカチホで、ニニギは愛するキサキのコノハナサクヤヒメのことを思った。


山頂に登った時、前には感じなかった老いによる疲れを感じた。


「昔、各地の田圃を開くために登った時はここまで疲れなかったものだがな…」


ようやく山頂にたどり着き、遥か眼下に見える田圃を見つつ、ニニギは呟いた。


「私は、アマテルカミ様に自らの祈りを誓って以来、できることはすべてやり尽くした。私の祈りは、子供や民たちが受け継いでくれるだろう…。」


次に東の遥か彼方の方角を見ると、ニニギの言葉が威厳のある口調から、若い者が語るような優しい調子に変わった。


「サクヤ…あちこち飛び回っていて余り一緒に居られなかった。でも、私はあなたが居たからここまでがんばることができた。」


「こんなことは恥ずかしくて誰にも言えない、けど、これからはずっと一緒だ。二人で子供たちやタミたちを見守っていこう。永遠に。」


そう言ってニニギが目を瞑ると、黄金の稲穂の先に笑顔で立っている一人の少女が見えた。それは、若き日のコノハナサクヤヒメであった。


### 第二十一章 喪と新たな始まり


ニニギの崩御は、ミヤコ(皇居)に告げられ、ホホテミは喪に服した。イセのアマテルカミにも知らせが届き、喪の服し方について改めて教示された。


喪服で過ごすのはアワのカス(数・四十八日)の日数で、四十八日を経て喪服を脱ぎ政治を聞こし召す。そして、年巡る一周忌の日には、一日をミハシラ(亡きヒト)のお祭りをする。


この年巡る日の祭りのウケを得てから、ホホテミは行幸の再開をした。


アマテルカミは、年巡る日までのミユキ(行幸)を見合わせていたことをお知りになって、ホホテミをお褒めになった。そして、ミヲヤにツカフ(仕える)アマキミの讃え名をヲシテに染めてホホテミに下賜された。


トヨタマヒメも同じように喪に服し、ワケツチミヤ(上賀茂神社の神山)にてニニギをお祭りした。年巡る日の祭りもミアエ(お供えの食事)を上げて、深い感謝を捧げた。


こうして、新たな時代が始まった。十一代アマキミのホホテミとキサキのトヨタマヒメ、そして皇子のタケウガヤフキアハセスによって、日本の歴史は新たな章を迎えたのである。


長い苦難を経て結ばれた夫婦の愛、親子の絆、そして民を思う心が、この美しい国の礎となって、後の世まで語り継がれることとなった。


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## 物語の終わりに


この物語は、愛と別れ、苦難と再会、そして永遠の絆を描いた壮大な叙事詩である。


海難事故という試練を乗り越えて生まれたタケウガヤフキアハセス皇子、羞恥心と愛情の間で揺れ動いたトヨタマヒメの心、そして深い愛情でそれを受け入れたホホテミの優しさ。


コノハナサクヤヒメの智慧により癒された心の傷、歌によって交わされた夫婦の真情、そしてニニギの最期に見せた人間的な愛情。


これらすべてが織りなす物語は、古代日本の神話の中でも特に人間味豊かで感動的な一章として、私たちの心に深く刻まれるのである。

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