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祈りを繋ぐもの  作者: 和穂ゆう
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三つ子の皇子と西の新田

## 第一章 新たなる都への想い


琵琶湖の湖面が朝日に輝く中、ワケイカツチのアマキミの称号を受けたニニギは、湖岸に佇んでいた。風が頬を撫でて行く。


「父上、何をお考えですか」


長男のムメヒトが近づいて来た。三つ子の中でも最も思慮深い性格で、いつも父の心を案じていた。


「ムメヒト、この地を見てどう思う?」ニニギは振り返らずに問いかけた。


「代々のアマカミが治めてこられた、由緒ある土地だと思います。初代クニトコタチ様の建国の地であり、二代クニサツチ様のヱの皇子のミヤコもありました」


「そうだ。そして七代イサナギ・イサナミ様が即位されたオキツホのミヤ、政庁となったタガもある。この地には長い歴史が刻まれている」


ニニギは深く息を吸った。サルタヒコが国譲りをして去った後、この湖国の全てが自分に委ねられた。その重責を思うと、胸が締め付けられるようだった。


「だからこそ、新たなミヤを作らねばならない。ミツホのミヤと名付けよう」


「新都を?」ムメヒトは驚いた。


「ああ。過去の栄光にすがるのではなく、未来に向けて歩まねばならない。お前たち三兄弟にも、それぞれの役割を担ってもらう時が来た」


---


## 第二章 三つ子の宿命


ミツホのミヤの造営が始まった。オオシマが指揮を執り、湖東に美しい都が形作られていく。


その頃、ニニギは三人の息子たちを呼び寄せた。


「父上、お呼びでしょうか」


次男のサクラギが入室した。三兄弟の中でも特に活発で、感情を表に出しやすい性格だった。続いて三男のウツキネが現れる。物静かで内省的な青年だった。


「お前たち三人に、それぞれの任を与える時が来た」ニニギは厳かに告げた。


「ムメヒト、お前はハラに留まり政治を執り行え。アマノコヤネがカガミのトミとして補佐し、ミシマミソクイがツルギのトミのソエモノヌシとして仕える」


「承知いたしました、父上」ムメヒトは深々と頭を下げた。


「サクラギ、お前は...」ニニギは少し間を置いた。「お前が疱瘡で命が危うくなった時、シラヒケカミの薬で救われた。その恩義を忘れてはならない。サルタヒコが去ったウカワのミヤを継げ」


サクラギの表情が曇った。「父上、それは...」


「政治とは何か、分かるか?」ニニギは息子の言葉を遮った。「国民の幸せを考え、自分の経験を生かして治めることだ。お前の病の経験は、必ずや民の苦しみを理解する助けとなるであろう」


一方、ウツキネは心の中で複雑な思いを抱いていた。自分の名前は「ウ」の花に因んでつけられたと聞いている。ウカワのミヤこそ自分にふさわしいのではないか...


「ウツキネ、お前はオオツのシノミヤに移れ」


ついに、ウツキネは思い切って口を開いた。


「父上、一つお願いがございます」


「何だ?」


「私のイミナは『ウ』の花にちなんで命名されたと伺っております。その故に、ウカワのミヤこそ私にふさわしいかと...」


ニニギの目が鋭くなった。「ウツキネ、お前は自分のことしか考えていないのか?」


「いえ、そのようなことは...」


「サクラギが病に苦しんだ時、お前は何をした?兄として支えたか?」


ウツキネは言葉を失った。確かに、兄の病気の時、自分は遠くから心配するだけで、積極的に看病に参加することはなかった。


「政治は個人の都合や名前の響きで決めるものではない。その地に最もふさわしい者が治めるべきなのだ」


サクラギも内心複雑だった。弟が自分の領地を欲しがっていることに、傷ついていた。


---


## 第三章 兄弟の溝


それから数年が経った。三兄弟はそれぞれの土地で政治を行っていたが、息抜きとして趣味を持つようになった。


サクラギは釣りに熱中した。湖や川で糸を垂らしている時だけが、心の平安を得られた。民からはウミサチヒコと呼ばれるようになる。


一方、ウツキネは山での狩りを好んだ。動物を追いかけている時、自分の中の鬱屈した思いを発散できた。いつしかヤマサチヒコと呼ばれるようになった。


しかし、兄弟の間には次第に溝が深まっていった。


ある日、サクラギがウツキネの元を訪れた。


「ウツキネ、父上の決定には納得がいかない」


「兄上...」


「ウカワのミヤは本来、お前の名前にちなんだ土地だろう?なぜ私が治めなければならないのか」


ウツキネは困惑した。「兄上がそう仰るなら、父上に相談してみては...」


「父上は聞く耳を持たない。お前も内心、自分の土地が欲しいと思っているのだろう?」


「そのようなことは...」


「嘘をつくな!あの時、お前ははっきりと自分にふさわしいと言ったではないか!」


サクラギの声が荒くなった。病気で死にかけた時の恐怖、そして父の期待に応えなければならないというプレッシャー。それらが彼を苛立たせていた。


ウツキネは何も言い返せなかった。確かに、心のどこかでウカワのミヤへの憧れを抱き続けていた。


---


## 第四章 西方への旅路


その頃、ニニギは中国山地への行幸を決めていた。各地にイセキを築き、新田開発を進めるためだった。


アキの地に至った時、ニニギは驚いた。山々が禿げ山になっているのだ。


「これはいったい...」


地元の老人に尋ねた。


「アマキミ様、この有り様を恥ずかしく思います」老人は頭を垂れた。


「アキとは『木が有る』という意味ではないのか?なぜ木がないのだ?」


老人は重い口を開いた。


「昔、オロチの乱がございました。ハヤコヒメのもとに集まった者たちが山に潜み、クニカミ様の娘たちを攫っては殺しておりました。困った人々は、山の木を焼いてオロチどもの隠れ場所をなくしたのです」


「なるほど...それでヒカワソサノヲが退治されたのか」


「はい。しかし、山は禿げ山のままでございます。今では樵の暇空きのアキとなってしまいました」


ニニギは深く頷いた。


「嘆いているだけでは何も変わらない。ヒノキやスギの苗を植えるのだ。人の手で失ったものは、人の手で取り戻すべきだ」


「しかし、アマキミ様...」


「案ずるな。私も手伝おう。十年かけて、この山々を緑に戻してみせる」


ニニギの言葉に、人々の目に希望の光が宿った。


---


## 第五章 九州への使命


十年の歳月をかけ、アキの山々は見事に緑を取り戻した。灌漑用水も豊かになり、人々の暮らしは豊かになった。


山陰地方での事業も成功を収めた頃、ツクシ(九州)から急報が届いた。


「火山の噴火で田畑が荒れ果て、食糧不足に陥っております。ニニギ様の皇子による新田開発技術の指導をお願いします」


ニニギは三男のウツキネをツクシヲキミに任じることを決めた。


しかし、ウツキネは悩んでいた。サクラギとの不仲が続いており、このまま九州に行けば、さらに関係が悪化するのではないか。


思い切って、長兄のムメヒトに相談に行った。


「兄上、お忙しい中申し訳ありません」


「ウツキネ、どうした?顔色が悪いぞ」


ムメヒトは政務の手を止めて、弟を気遣った。


「実は...サクラギ兄上との件で...」


ウツキネは恥を忍んで、全てを打ち明けた。


「なるほど、サクラギの気持ちも分からなくはない。病気の恐怖は人を変えてしまうことがある」ムメヒト は深く考え込んだ。「しかし、お前も悪くない。父上と相談してみよう」


---


## 第六章 父の決断


ミツホのミヤコで、ニニギは三人の息子から事情を聞いた。


「サクラギ、ウツキネ、お前たちは兄弟であることを忘れたのか?」


「父上...」二人は小さな声で応えた。


「私がお前たちにそれぞれの任を与えたのは、お前たちを分裂させるためではない。お互いを支え合い、民のために尽くしてほしかったのだ」


ニニギの声に失望が滲んでいた。


「九州の件だが、私が自ら行くことにしよう」


「父上!」ムメヒト が驚いた。


「ムメヒト、お前をヲキミとしてミヤコに残す。アマノコヤネとコモリが補佐せよ」


そして、サクラギとウツキネに厳しい眼差しを向けた。


「お前たち二人は、キタのツ(敦賀)に行き、共にその地を治めなさい。そして、この機会に仲を修復せよ。兄弟が争っているようでは、民に示しがつかない」


「父上、私たちは...」サクラギが口を開きかけた。


「言い訳は聞かない。お前たちが仲直りするまで、私は九州から戻らない」


ニニギの決意は固く、誰も反対できなかった。


---


## 第七章 別れの時


出発の日、ニニギはミコトノリを発した。


「ツクシでは食糧が不足している。私が様子を見に行き、田畑を増やそう。ムメヒトをヲキミとし、コヤネ、モノヌシはミツホに留まって政治を治めよ。ウツキネ、サクラギは、キタのツに行きその地を治めなさい。二人の不仲はこの機会に解決せよ」


ニシノミヤから大型のカメフネに乗り込む前、ニニギは息子たちを見つめた。


「父上、行ってらっしゃいませ」ムメヒト が深く頭を下げた。


サクラギとウツキネも、ばつが悪そうに頭を下げる。


「必ずや九州の民を救って参る。お前たちも、私が誇れる息子であってくれ」


船が港を離れていく。三人の息子たちは、小さくなっていく父の船をいつまでも見送った。


---


## 第八章 九州での奮闘


ツクシのウマシのウト(鵜戸神宮)に着いたニニギは、すぐに現地調査を開始した。火山灰の影響で、これまでの新田開発技術では対応できない問題が山積していた。


「排水対策を強化し、土壌改良も並行して進める必要がある」


地元の人々と共に汗を流し、三年の歳月をかけて九州各地の新田耕作事業を軌道に乗せた。


その間、キタのツではサクラギとウツキネが共同で政治を行っていた。最初はぎくしゃくしていた二人だったが、民のために働く中で、次第に理解し合えるようになった。


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## 第九章 帰還と和解


三年後、九州の復興に目処がついたニニギは、ミツホのミヤコに帰還した。


「父上、お帰りなさいませ!」


ムメヒト が出迎えた。その功績を認められ、シワカミのホツマのミヤ(ニハリ)を治める役目を与えられることになった。


そして、キタのツから帰ってきたサクラギとウツキネが、ニニギを出迎えた。二人は父の前で深く頭を下げる。


「父上、お帰りなさいませ」


「私たちは話し合いを重ね、ようやく仲直りすることができました」サクラギが静かに言った。


「兄上の気持ちも、私の至らなさも、共に理解できました」ウツキネが続けた。


「我々にどんな出来事があったのか、ご説明いたします。」サクラギは語り出した。


 後の世で「山幸彦と海幸彦」と呼ばれる物語の真相が語られるのであった。


---


**【完】**

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