二つの継承 ー心と権勢─
## 第一章 最後の教え
ヒタカミの宮殿に夕陽が差し込む中、九代アマカミ・オシホミミは二人の息子を前に座していた。兄ホノアカリと弟ニニギ。共に成人し、それぞれに優れた才能を持つ二人だった。
オシホミミの顔には深い皺が刻まれ、長年の統治の重責が窺えた。しかし、その瞳には衰えることのない慈愛の光が宿っていた。彼が統治してきた数十年の間に、この国は大きく発展した。しかし、それは決して一人の力だけではなく、常に民と共に歩んできた結果だった。
「わたくしの時は終わりに近づいている」オシホミミの声は静かだが、確固とした意志に満ちていた。「後は、あなた方二人が並んで、この国を治めてほしい」
兄ホノアカリは背筋を伸ばし、父の言葉を受け止めた。彼の心には既に、偉大な父の跡を継ぐという使命感が燃えていた。幼い頃から聡明で、学問にも武芸にも秀でていた彼は、自分こそが父の正統な後継者だと自負していた。一方、弟ニニギは父の表情を見つめながら、その言葉の奥にある深い想いを感じ取ろうとしていた。彼もまた優秀だったが、兄とは違い、常に民の暮らしに興味を持ち、宮殿を抜け出して町を歩き回ることが多かった。
「兄のホノアカリはヤマト・アスカヲキミと称しなさい。弟のニニキネはハラヲキミと称しなさい」
二人に与えられた称号には、それぞれ深い意味が込められていた。アスカは飛ぶ鳥のように高く遠くを見渡すという意味を持ち、ハラは開かれた心、包容する愛を表していた。
「共に兄と弟が仲良くしつつ、太陽が国民を恵み潤すように、守り治めてゆきなさい」
オシホミミは続けた。その声は次第に厳かさを増していった。
「くれぐれも言っておく。一般国民を我がモノのように扱ってはならない。キミとは、タミから慕われる対象であってこそ、初めて存在に価値が生じるのだ」
この言葉に、二人は異なる受け止め方をした。ホノアカリには「キミとしての威厳を保ち、民を適切に導け」という意味に聞こえ、ニニギには「民と共にあり、常に民の幸せを第一に考えよ」という意味に響いた。
「わたしは、亡くなった後も、クニを守ろうと思います。あなたたち二人のそれぞれのミヤの運営が上手く行き、後の世も安定したクニになることを念願して、ハコネに入ろうと思います」
そして、オシホミミは最も重要な教えを授けた。
「キミとは、そもそも何であるべきか?『カ』と『ガ』この二つの内の、『カ』こそ大事にしてゆくべきです。『ガ』を無くし尽くしてこそ、二心の生じる事を防ぐことができる。アマテルカミのお作りになられたカガミの精神は非常に重要なものです」
「カ」とは他者への慈愛、「ガ」とは自己の欲望を意味していた。父の最後の教えは、私欲を捨て、民への愛を第一とすることの大切さだった。しかし、この教えもまた、二人の心に異なって響いた。
## 第二章 別れと決意
オシホミミがヰツ・ヲハシリの山の洞穴に自ら入り、ハコネカミとして祀られた日、兄弟は共に父を見送った。しかし、その後の行動には早くも違いが現れ始めた。
ニニギは三年間、イツサキミヤで父の御霊を篤く祀り続けた。毎日欠かすことなく祈りを捧げ、父の教えを反芻しながら、自分がどのような君主になるべきかを深く考え続けた。一方、ホノアカリも父を悼んだが、より早く実際の統治に取り組むべきだと考えていた。
三年の喪が明けた時、ニニギは一つの決断をした。新田開発によって生じた国民の間の貧富の差を是正することから始めようと決めたのだ。
「父上は言われた。民を我がモノのように扱ってはならないと。ならば、わたしが先んじて民のために尽くそう」
ニニギは豊かになった者から税を徴収するのではなく、ハラのミヤ自身の財から貧しい者たちを補償した。新田開発で得た利益を、宮廷の豪華さのためではなく、民の生活安定のために使ったのだ。
この政策は大きな反響を呼んだ。富む者も貧しい者も、共にニニギに感謝した。富む者は「君主が自らを犠牲にして公平を保ってくれた」と感じ、貧しい者は「見捨てられずに済んだ」と安堵した。この時から、国民の間に「はらから」という言葉が自然に生まれた。同胞、家族という意味のこの言葉は、ニニギの心の広さから生まれたものだった。
## 第三章 ニニギの道 ─ 共に歩む統治
祭祀が終わった後、ニニギはオキツホ(大津市坂本、日吉大社)へ向かった。そこは七代アマカミのイサナギとイサナミが即位した神聖な地だった。オキツホの峰(比叡山)に登り、東西の盆地を見渡しながら、ニニギは深く考えた。
「父上は言われた。『カ』を大切にせよと。それは、この土地と民を慈しむ心のことなのではないか」
彼の目に映ったのは、洪水に悩まされている荒れ地だった。沼や野になっている場所が広がり、民はその土地を活用できずにいた。ニニギは配下のヤマクイに命じた。
「ヤマシロ(京都盆地)の水理を図って、沼や野になっている場所を新田に開発せよ。沼や野の土をオキツホの峰に上げて、オオヒノヤマ(富士山)の如くに田水の供給元として活用すれば良い」
しかし、ニニギはただ命令を出すだけではなかった。彼は自ら現場に足を運び、農民たちと共に汗を流した。土を運び、水路を掘り、時には膝まで泥に浸かりながら作業に参加した。
「君主様がなぜこのような」と農民たちは最初は恐縮したが、ニニギは笑って答えた。
「この土地で生きるのは、わたしたち皆なのです。ならば皆で力を合わせて、良い土地にしましょう」
六十年という長い歳月をかけたヤマシロ(京都盆地)の開発は、単なる土木事業ではなかった。それは君主と民が共に汗を流し、共に知恵を出し合い、共に困難を乗り越える過程だった。オキツホの峰はその六十年(一枝:ヒトエ)がかかったことから、ヒヱのヤマ(比叡山)と呼ばれるようになった。
開発の過程で、ニニギは多くのことを学んだ。農民たちの知恵、職人たちの技術、そして何より、人々の団結の力だった。完成した時、ヒヱのヤマから湧き出した水は池を潤し、田圃に導かれて豊かな穀物を実らせた。中心的な池はミソロ池(現在の深泥池)と名付けられた。
しかし、ニニギの真骨頂は災害対策にあった。いったん洪水が発生すると、被害は甚大になる。そこで彼は、自然神を祭ってコントロールしようと考えた。雷の構成要素を分析し、ホ(火、エネルギー)のカクツチと、ミツ(水、流れ)のミツハメの二神分割祭祀を創案した。
この時、ニニギは民の声に耳を傾けた。農民たちから「雷は怖いが、雨は恵み」という話を聞き、雷を二つの要素に分けることを思いついたのだ。ホのカクツチはアオイハ(葵葉)で表現し、ミツのミツハメはカツラ(桂)で表現した。
この自然神祭祀による災害減災の取り組みを、イセのアマテルカミは特段に褒めた。
「あめ(雨)は降り照りの完全な自然循環を図るため、イカツチ(雷)を二つの要素に分けて別神を祭祀することで向上を為し遂げたのですね。この功績は大きなものです。例えれば、国祖クニトコタチさんの建国以来の、大きな功績とも言えましょう。ここに、ニニキネには、新たな讃え名を与えましょう。これからは、ワケイカツチのアマキミと称しなさい」
しかし、ニニギは謙虚に答えた。
「これは民のための知恵です。わたし一人の力ではありません」
ニニギの統治手法は全国に広まった。北はツガルで沼を掘り上げて田水を生じさせ、アソヘのオカ(岩木山)に土を積み上げてサト(里)の田水を得る事業。カツシマ(北海道)から取れるカツウオ(ニシン)を魚肥として活用する農業改良。これらはすべて、現地の人々と協力しての成果だった。
## 第四章 ホノアカリの道 ─ 権威による統治
一方、兄ホノアカリは父から受け継いだ権威を重んじる道を選んだ。アスカの地にカクヤマ(天の香具山)を築き、ハセカワ(初瀬川)やアスカカワ(飛鳥川)を掘り土を上げて大規模な土木事業を展開した。
「父上の偉業を継ぎ、さらに発展させなければならない」それが彼の信念だった。
ホノアカリの事業は確かに壮大で効果的だった。彼は優秀な技術者を集め、綿密な計画を立て、強力なリーダーシップで事業を推進した。その結果、短期間で大きな成果を上げることができた。民も最初は彼の手腕を称賛した。
しかし、問題が起きたのは、アスカカワの河川敷を田園に変えようとした時だった。妻スガタヒメが諫言した。
「アスカカワには深い意味があります。それは、昔、クシヒコが諫めてくれたことを蔑ろにし、世の信望を失った事件を教訓として、ミソギをするために掘られた川です。この事業は、アスカカワの謂れを捨てて忘却してしまうことに等しいと思います」
スガタヒメは聡明な女性だった。歴史を深く学び、政治の本質を理解していた。彼女の言葉には、単なる感情論ではない、深い洞察が込められていた。
しかし、ホノアカリは激昂した。彼の中では、既に事業計画は完成しており、それを変更することは権威の失墜を意味すると感じたのだ。
「わたしの考えも知ろうとしないで、政治に口出しをするな。大体、女性は子供の出産・育児が仕事なのに、わたしたちには子供が出来ない。あなたはツマにあたいしない」
この言葉は、ホノアカリ自身も後で後悔することになったが、一度口に出してしまったものは取り消せなかった。彼は即決で即日にスガタヒメを離縁し、サトに追い返してしまった。そして、トヨマトの娘ハツセヒメを新たな妻に迎えた。
アスカカワ河川敷の田圃化は、予定通り実行された。工事は成功し、農業生産も向上した。しかし、この事件以来、重臣たちはホノアカリに諫言することを恐れるようになった。彼の周りには、同意する者だけが残った。
## 第五章 それぞれの成果と課題
数年後、二人の統治の違いが明確になった。
ニニギの領土では、「民の声を聞く君主」として慕われていた。彼の開発した新田は豊かな実りをもたらし、災害対策も功を奏していた。何より、君主と民の間に深い信頼関係が築かれていた。しかし、時として彼の優しさは決断の遅さにつながることもあった。全員の意見を聞こうとするあまり、緊急事態への対応が後手に回ることがあった。
ある時、隣国との国境問題が発生した。相手国が一方的に国境を侵し、農地を奪おうとしたのだ。民はニニギに強い対応を求めたが、彼は「話し合いで解決できるはず」と信じて交渉を続けた。その間に相手国はさらに侵攻を進め、多くの民が避難を余儀なくされた。最終的には問題は解決したが、ニニギの優柔不断さを疑問視する声も上がった。
「君主は時として、民の痛みを背負ってでも厳しい決断をしなければならない」ある重臣がそう助言したが、ニニギには重い課題となった。
一方、ホノアカリの領土では、立派な建造物が建ち、農業生産も大幅に向上していた。彼の決断力と実行力は確かに優れており、多くの政策が迅速に実現されていた。しかし、スガタヒメを離縁した件以来、彼の周りには諫言する者がいなくなっていた。
ホノアカリの政策は効率的だったが、時として現場の実情を無視したものになることがあった。ある農業改革では、理論的には優れていたが、実際の農作業の現実を考慮していなかったため、農民たちは大きな困難に直面した。しかし、もはや誰も彼に異議を唱えることはなかった。
「父上の偉業を超えなければ」ホノアカリは一人でそう繰り返していた。しかし、その心には次第に孤独が忍び寄っていた。成果は上がっているのに、なぜ心が満たされないのか。彼には分からなかった。
## 第六章 カガミの精神
父オシホミミが語った「『ガ』を無くし、『カ』を大切にする」という教え。そして「アマテルカミのお作りになられたカガミの精神」という言葉。二人にとって、それは異なる意味を持っていた。
ニニギにとって、カガミとは「民の心を映し、民の気持ちを理解する鏡」だった。自分の利益よりも民の幸せを考え、常に現場に足を運び、人々の声に耳を傾ける。それが彼なりの「カ」の実践だった。しかし時として、民の多様な意見すべてに耳を傾けようとするあまり、決断が困難になることもあった。
ホノアカリにとって、カガミとは「自己を正し、公正な判断をするための鏡」だった。個人的な感情を排し、大局的な判断で国を導く。それが彼なりの「ガ」を排除する方法だと考えていた。しかし、次第に彼の「カ」は、民から離れた高いところでの孤独な決断になっていった。
ある夜、ニニギはハラ・アサマミヤの庭で星空を見上げながら考えていた。
「父上は言われた。わたしたち兄弟が『並んで』治めよと。兄上と私、それぞれに足りないものがあるのかもしれない」
同じ頃、ホノアカリは天の香具山の頂上で一人立っていた。眼下に広がる自分が作り上げた都市を見ながら、彼もまた考えていた。
「立派な都市はできた。農業も発展した。しかし、父上が持っていた何かが、わたしには欠けている気がする」
## 第七章 民の声、歴史の声
ある日、両兄弟の領土で興味深い出来事が起こった。
ニニギの領土では、老農夫が君主に直接話しかけてきた。
「ハラヲキミ様、いつもわたしたちのことを考えてくださり、ありがとうございます。しかし、時には厳しい決断も必要です。わたしたちは君主様が思うほど弱くありません。正しいと信じることは、たとえ辛くても実行してください」
一方、ホノアカリの領土では、ある重臣の息子が勇気を出して諫言した。
「アスカキミ様、スガタヒメ様の言葉を思い出していただけませんか。歴史を忘れることは、同じ過ちを繰り返すことにつながります。君主の偉大さは、諫言を聞く心の広さにもあるのではないでしょうか」
二人は、それぞれに足りなかったものに気づき始めた。
## 第八章 真の継承とは
やがて、両者の統治の真の結果が明らかになった。
ニニギの領土は農業技術が発達し、民の生活は豊かになった。何より、「はらから」という言葉に象徴されるように、君主と民、民同士の絆が強くなっていた。しかし、外敵に対する防衛力や、緊急時の決断力には課題が残っていた。
ホノアカリの領土も物質的には豊かになった。インフラは整備され、効率的な行政システムが構築されていた。しかし、君主と民の間には距離が生まれ、心の通った統治とは言えない状況になっていた。
ニニギは父の霊前で自問した。
「父上、わたしは您の心を継ごうと努めました。民を慈しみ、共に汗を流し、共に喜び、共に悩むこと。それが『カ』の道だと信じています。しかし、それだけで十分なのでしょうか」
ホノアカリも天の香具山で一人考えた。
「父上の権勢は確かに継いだ。立派な事業も成し遂げた。しかし、父上が大切にしていた『民から慕われる』ということを、わたしは忘れていたのではないか」
## エピローグ 父の真意と未来への道
オシホミミの教えは、単純ではなかった。「民を慈しめ」とも「権威を持て」とも言っていない。ただ「『カ』を大切にし、『ガ』を無くせ」「キミはタミから慕われる対象であってこそ価値がある」「二人が並んで治めよ」と言っただけだった。
真の「カ」とは何か。それは、権力者としての責任を忘れることなく、しかし決して民から目を離さない、その絶妙なバランスにあったのかもしれない。
ニニギは民と共に歩みすぎて、時には必要な厳しさを示せなかった。ホノアカリは権威を重んじすぎて、民の心から離れてしまった。しかし、二人ともが父の教えの一部分を確実に受け継いでいた。
ある日、二人は偶然、父がよく訪れていた小さな神社で出会った。そこで、懐かしい思い出を語り合ううちに、互いの統治について話すようになった。
「兄上の決断力を、わたしも学ばなければ」ニニギは率直に言った。
「弟よ、お前の民への愛を、わたしは見失っていた」ホノアカリも素直に認めた。
父オシホミミが真に望んでいたのは、二人が「並んで」治めることだった。ニニギの慈愛とホノアカリの決断力、ニニギの現場感覚とホノアカリの大局観、ニニギの柔軟さとホノアカリの一貫性。その両方が揃って初めて、理想的な統治が成り立つのだった。
二人がそのことに気づき、真に手を取り合うかどうか、それは歴史の中で示されていくことになる。
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*この物語は、リーダーシップの本質について問いかけている。権力とは何のためにあるのか。民を導くとはどういうことなのか。そして、先人の教えをどう受け継ぎ、発展させていくのか。現代にも通じる普遍的なテーマが、古代の物語に込められている。*




