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祈りを繋ぐもの  作者: 和穂ゆう
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瑞穂ノ皇子の興隆譚(後編)

前半・後半に分けます。今回は後半となります。

## 序章 - 愛の誓いから始まる試練


前編では、天孫ニニギの壮大な全国巡幸と革新的な灌漑技術の普及、そしてサカオリのミヤでのアシツヒメとの運命的な出会いまでが語られた。月光の下で永遠の愛を誓った二人を待ち受けていたのは、人間の心の複雑さと、愛と信頼の本質を問う深刻な試練であった。


## 第九章 - 忠義なる者たちの献身的な働き


第一次全国巡幸が輝かしい成功のうちに終了し、ニニギは故郷であるニハリのミヤに凱旋した。しかし、配下たちの献身的な活動はさらに続いていた。


アマノコヤネは大役を果たした後、美しい水に囲まれたカシマの地に暫く滞在することになった。その間、タケミカツチに人格と能力を高く評価され、その一人娘である美しいヒトリヒメとの結婚が決まった。新婚生活の甘い時間もそこそこに、夫となったアマノコヤネは重要な職務に日夜励んだ。


一方、コモリの活動はさらに広範囲に及んだ。全国各地を巡りながら灌漑設備の新設工事を次々と起こし、豊かな実りをもたらし続けた。


北へ向かったコモリは、遙か彼方のヒタカミの最果てヒスミの地まで足を延ばした。そこで待っていたのは、長年会うことのできなかった祖父オホナムチとの感動的な再会であった。


老境に達したオホナムチは、愛する孫との再会に涙を流して喜び、自らの手で心を込めて料理を作り、もてなしの宴を開いた。その温かいまなざしと優しい笑顔は、長年の歳月を一瞬にして吹き飛ばした。


コモリが興奮して語るニニギの偉大な事業—ハラミの山麓での八湖造成による革新的な新田開発—を聞くと、オホナムチは深い感動と驚きを隠せなかった。


「それは真に素晴らしく、前代未聞の発想だ。わしも生涯をかけて多くの新田を開いてきたが、そのような壮大で持続可能な考えには到底及ばなかった。ニニギ様は真に偉大なお方だ。きっと何代にもわたる名君として歴史に名を刻まれるであろう。お前はよくよく、心を込めてしっかりと忠義を尽くしなさい」


こう言って、オホナムチは愛する孫を国境まで丁寧に見送ったのであった。


この感動的な再会の後、コモリは日本海の美しい海岸沿いを西へと向かい、各地で灌漑施設の建設を継続した。七年という長期にわたって精力的に活動を続け、さらにサドの島にまで渡って新設工事を手がけた。その後、コシのクニに戻り、さらなる灌漑事業を展開した。


## 第十章 - 愛と疑念の複雑な展開


ニニギはイセでの重要な用事のため、信頼厚きアマノコヤネをニハリのミヤに留め置いて、東海道沿いの美しい景色を楽しみながらイセへと向かった。


ヰツサキに到着すると、オオヤマスミが心づくしのご馳走を用意して待っていた。そこには、懐かしいアシツヒメの美しい姿もあった。二人が再会の喜びを分かち合っていると、アシツヒメは頬を染めながら、新たな命を授かったことをニニギに告げた。


「それは何と嬉しく、おめでたいことか!」ニニギは心から喜び、「さっそくアマテルカミ様にこの嬉しい知らせをお伝えしよう」と急いで準備を始めた。


ところが、そこに予想外の複雑な事態が持ち上がった。アシツヒメの母であるタキコヒメ(アマテルカミの娘)が現れ、姉のイワナガヒメを連れてきたのである。タキコヒメは、イワナガヒメをニニギの正妻として迎えてほしいと提案した。妹のアシツヒメも、姉の美徳と才能を心から推薦し、賞賛の言葉を惜しまなかった。


ニニギは「それでは一度お会いしてみましょう」と答え、イワナガヒメに面会した。しかし、その瞬間、ニニギは言葉を失った。イワナガヒメの美貌は近寄りがたいほど神々しく、その聡明さは全てを見抜くような鋭い洞察力に満ちていた。


自分の器では到底釣り合わないと感じたニニギは、謙遜して言った。「私のような者では、イワナガヒメ様には相応しくございません」こうして丁重に断りを入れた。


この結果を知ったオオヤマスミは、妻のタキコヒメを厳しく叱り、サカオリの自宅に帰すよう命じた。「こうなることは初めから分かっていたからこそ、イワナガを御前には出さなかったのだ」


しかし、この対応にタキコヒメは深い恨みと失望を抱いてしまった。自宅に戻ると、召使いたちに愚痴をこぼし始めた。


「姉妹揃って貰ってくれれば良かったのに…」「イワナガヒメの方が聡明で、アシツヒメはニニギ様には不釣り合いかもしれない…」「もしイワナガヒメが先に出会っていれば…」


この愚痴が召使いたちの間で尾鰭をつけて広まり、やがて妊娠したアシツヒメを中傷する悪質な噂話にまで発展してしまった。


「アシツヒメが一夜で妊娠するなんて不自然だ。きっと浮気をしたに違いない」


## 第十一章 - 疑念の暗雲と悲しき別れ


シロコの美しい景色で知られる土地の辺りまで一行が進んだ頃、ついにこの悪意ある噂話がニニギの耳にまで達してしまった。信頼していた愛する人への疑念が心に芽生えた瞬間、ニニギは深いショックに打ちのめされた。


月のない暗い夜、心の混乱に耐えきれなくなったニニギは、シロコの旅屋を人知れずそっと出発してしまった。後に残されたアシツヒメのことも考えずに。


翌朝、寝覚めたアシツヒメは愛する人の姿が見えないことに気づき、驚愕した。慌てて身支度を整え、一人でニニギの後を必死に追いかけたが、マツサカの険しい山道で従者たちに捕まり、シロコの旅屋まで連れ戻されてしまった。


絶望と悲嘆にくれたアシツヒメは、そこで神々に向かって神聖な誓いを立てた。桜の若木を手に取り、涙で頬を濡らしながら震え声で語りかけた。


「妬みから生まれた根も葉もない誤解により、私は深い屈辱を受けました。この恥を雪ぎ、真実を明らかにしたく、ここにこの桜の樹を植えます。この桜は、曽祖父サクラウチがアマテルカミ様に心を込めて捧げた神聖な花でした。アマテルカミ様は宮中の東の庭に植えられ、夫婦の道の良否を測る神聖な指標となさいました。美しい桜よ、もしあなたに神の心が宿っているなら、私の妊娠が真実か偽りかは必ずお分かりになるはず。もし偽りならば、花は萎み、決して咲くことはないでしょう。けれども真実ならば、この子を産み落とす時には、きっと美しい花を咲かせて真実を証明してください」


こう神聖な誓いを立てて、アシツヒメは桜の若木を大切に植えたのであった。


## 第十二章 - 奇跡の誕生と炎の試練


サカオリのミヤに帰ったアシツヒメは、一人で妊娠期間を過ごし、やがて六月一日の夏至の日に三つ子の男子を出産した。その産褥の神秘的な瞬間、不思議なことに三様の美しい花柄が空中に浮かび上がった。梅の花、桜の花、卯の花の三つの花が、まるで祝福するかのように光って見え、三つ子の臍の緒は神々しく絡み合っていた。


この超自然的な現象は即座にニニギのもとに報告されたが、彼は依然として召使いたちの悪意ある噂に心を支配され、真実を見抜くことができずにいた。


完全に希望を失ったアシツヒメは、もはや生きる意味を見出せないと絶望し、究極の決断を下した。ハラミのヤマの人里離れた裾野に、出口を完全に塞いだムロヤ(産屋)を建設し、その周囲に大量の乾いた柴木を山のように積み上げた。


そして愛する三つ子の男児たちと共に中に入ると、自らの手で火を放ち、天に向かって叫んだ。


「もし疑いが決して消えないのならば、私はこの身を滅ぼして潔白を証明しましょう!」


炎が勢いよく燃え上がり、何も分からない無垢な皇子たちが熱さに苦しみ泣き叫ぶ中、ハラミのヤマの神聖な山頂に住む大きな龍が、この異変に気づいた。龍は急いで天から清らかな水を吹きかけ、三人の皇子を一人ずつ炎の中から救い出してくれた。


この騒ぎを聞きつけた近隣の人々も驚いて駆けつけ、必死に火を消してアシツヒメを救出した。人々は母子を丁寧に輿に乗せ、サカオリのミヤまで運んで手厚く介抱した。


## 第十三章 - 桜の神跡と心の融解


まさにその時、神々しい奇跡が起きていた。シロコに植えられた桜の樹が、三つ子誕生の日である六月一日に、季節外れの美しい花を咲かせたのである。真夏の盛りに桜が花開くという前代未聞の現象は、アシツヒメの誓いが真実であることを天が証明した神聖な奇跡であった。


イセに滞在していたニニギのもとに、「アシツヒメの出産時の超自然的な出来事」と「シロコの桜の季節外れの開花」という二つの驚くべき報告が同時に届いた。


この瞬間、長い間雲に覆われていたニニギの心に、ついに真実の光が差し込んだ。アシツヒメの清らかで真摯な愛が、雷鳴のようにニニギの魂を揺さぶった。


自らの疑いと愚かさを深く恥じたニニギは、一刻も早く愛する人のもとに駆けつけようと、急いでカモフネ(鴨の形をした美しい舟)でオキツの浜に向かった。そして直ちに使いをサカオリのミヤに送ったが、深く傷ついたアシツヒメは拗ねてしまい、返事を寄こさなかった。


ニニギは月光の下で、心からの悔恨と愛を込めた歌を詠んだ。


「私は根拠のない噂に心を奪われ、あなたを信じることができずに愚かにも彷徨ってしまいました。今ようやく目が覚め、真実が見えました。私はあなたのもとに戻ってまいりました」


この心からの謝罪と愛の歌を聞いたアシツヒメの凍りついた心は、ようやく溶け始めた。長い間流し続けた悲しみの涙が、希望の涙へと変わっていった。


ニニギの真心を理解したアシツヒメは、もはや居ても立ってもいられなくなった。従者たちが慌てて用意する輿を待つ間ももどかしく、自分の足でオキツの浜まで駆け出していった。裸足で砂浜を走るその姿は、まるで舞い踊る天女のように美しかった。


## 第十四章 - 愛の勝利と神聖なる命名


波音が静かに響くオキツの浜での再会の瞬間、ニニギは何度も何度も頭を下げて謝罪し、アシツヒメは涙を流しながら「私を信じてくださったのなら、それで十分です」と寛大な心で全てを許した。


二人は並んだ輿でサカオリの大宮へと向かった。オオヤマスミが笑顔で迎えに出て、スワのタケミナカタの子孫たちも心づくしのご馳走を用意して祝福の宴を開いてくれた。


翌日、朝日が美しく山々を照らす中、ニニギは集まった人々に向かって厳かに告げた。


「我が愛する子らの誕生の時に現れた梅、桜、卯の三つの神聖な花の奇跡は、天からの祝福の印でありました。この奇跡にちなんで、三つ子の名前を決定いたします。


出口を塞いだムロヤから最初に龍によって救い出された子は**ホノアカリ**、いみなは**ムメヒト**といたします。

次に救い出された子は**ホノススミ**、諱は**サクラギ**といたします。

最後に救い出された子は**ヒコホオテミ**、諱は**ウツギネ**といたします。


そして、アシツヒメの筆舌に尽くしがたい苦労に報いるため—三つ子を産んだその記念すべき日から、誓い通りにシロコの桜の花は季節を問わず絶えることなく咲き続けております。ゆえに**コノハナサクヤヒメ**と讃え、永遠にその美徳を称えることといたします」


人々は感動の涙を流し、この神聖な命名の儀式を心に深く刻んだ。


## 第十五章 - 永遠に語り継がれる偉業


新たな宮殿がサカオリに建築され、ニニギとコノハナサクヤヒメはそこで幸せな日々を過ごした。ナツメのカミがアマテルカミの時代と同様に心を込めて産着を織って届け、コノハナサクヤヒメは自らの母乳で三つ子を慈愛深く育てた。人々はその母としての美徳を「コヤスのカミ」(安産の神)と讃えた。


一方、各地での灌漑事業はさらに拡大を続けた。コモリをはじめとする忠義の臣下たちは、ニニギの理想を胸に、日本全国に水の恵みをもたらし続けた。かつて不毛の地だった場所にも豊かな田園が広がり、人々の笑顔が絶えることがなくなった。


サルタヒコの予言通り、ニニギはやがてツクシの地での大事業にも着手することとなった。ヒラキキ山の噴火で荒廃した土地の復興は困難を極めたが、ニニギの培った灌漑技術と、配下たちの献身的な努力により、ついに緑豊かな大地が蘇った。


## 終章 - 愛と技術革新の永遠なる遺産


こうして、天孫ニニギの壮大なる偉業は完遂された。彼が命をかけて全国に広めた革新的な灌漑技術は、枯れた大地に豊かな実りをもたらし、飢餓に苦しんでいた民草を救済した。各地で黄金に波打つ稲穂が風に揺れる美しい光景は、まさに地上の楽園そのものであった。


忠義なる臣下たちとの深い絆、愛と疑念の激しい試練を乗り越えた夫婦の純愛、そして三人の皇子という希望の結実。これら全てが織りなす壮大な物語は、技術革新による社会問題の解決、人間関係の複雑さと信頼の尊さ、そして愛の勝利という普遍的なテーマを内包している。


最も印象深いのは、アシツヒメ(コノハナサクヤヒメ)の純粋な愛と、それを証明した桜の奇跡であろう。季節外れに咲いた桜は、真実の愛の力が時として自然の摂理すら超越することを示している。この桜は後の世まで語り継がれ、夫婦の契りの象徴として人々に愛され続けることとなった。


ニニギの三人の皇子—ホノアカリ(ムメヒト)、ホノススミ(サクラギ)、ヒコホオテミ(ウツギネ)—は成長し、それぞれが父の遺志を継いで国の発展に尽くした。梅、桜、卯の花という三つの花に守られて生まれた彼らは、まさに日本の美しい四季を象徴する存在として、民に愛された。


春には桜が咲き誇り、夏には緑が生い茂り、秋には黄金の稲穂が実り、冬には雪が静寂を運ぶ。四季が巡るたびに、人々はニニギとコノハナサクヤヒメの物語を思い起こし、愛と信頼の大切さを再確認するのであった。


月夜に響く琴の音、風に舞う桜の花びら、母なる大地を潤す清らかな水の流れ—全てが、この神聖なる愛の物語を永遠に語り継いでいく。


水は高きから低きに流れ、やがて海に注ぐように、ニニギの愛と知恵は配下たちを通じて全国に広がり、この国の永遠なる繁栄の基礎となった。そして、どんなに深い疑念の闇に包まれようとも、真実の愛は必ず光となって現れるという希望を、後の世の人々に伝え続けている。


かくして、皇子ニニギと忠義なる配下たちの功績は、星空に輝く星座のごとく永遠に語り継がれ、愛と技術革新の力によってこの美しい国の不朽の礎を築いた偉大なる叙事詩となったのである。


---


**【完】**


## 結語


かくして、この物語は終わりを告げる。


遙かいにしえに実在したであろう一人の偉大なる皇子とその忠義なる配下たちの業績は、時の流れと共に人々の心に深く刻まれ、やがて神話として昇華された。


技術革新による民の救済、忠義と友情の美しい絆、そして純愛を貫き通した夫婦の物語。これらの史実が、いつしか神々の物語として語り継がれるようになったのも、その偉業があまりにも人智を超えた素晴らしさであったからに他ならない。


真実の愛は時として奇跡を呼び、季節外れの桜を咲かせる。そして、一人の人間の善なる志と行いは、やがて神話となって永遠に語り継がれていく。


これこそが、神話の真の姿なのかもしれない。


*時は流れ、季節は巡れど、この神聖なる物語は人々の心の奥深くに刻まれ、愛と信頼、そして不屈の精神の尊さを、永劫の彼方まで語り継いでいくことであろう。そして、真夏に咲いたあの奇跡の桜のように、真実の愛は決して枯れることなく、永遠に咲き続けるのである。*

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