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祈りを繋ぐもの  作者: 和穂ゆう
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瑞穂ノ皇子の興隆譚(前編)

前半・後半に分けます。今回は前半となります。

## 導入


神話は、必ずしも「嘘」や「非現実」を意味するものではない。それは古代の人々の世界観や価値観を深く反映したものであり、計り知れない文化的な意義を宿している。

神話と史実から歴史は紡がれるが、その逆はいかがであろうか?

遙かいにしえの偉人たちの偉大なる業績があり、その崇高なる伝承から美しい神話が生まれたこともあったかもしれない…。


これは、まさにそのような物語である。


## 序章 - 伝説の幕開け


遙かなる昔、朝霧が神聖な山々を包み、清らかな川が豊かな大地を潤していた時代。とある皇子と配下の忠義なる者たちが成し遂げた偉業があった。それは後の世において燦然と輝く神話として語り継がれ、この美しき国の不朽の礎となる物語である。


十代アマキミ(今でいう天皇陛下)たるニニギは、霊峰に囲まれたニハリの宮に長く滞在し、民草を慈しみ深く教え導きながら、さらなる理想郷の実現を目指して国の有様をつぶさに観察し、分析を重ねていた。


## 第一章 - 迫りくる食糧危機と英知の閃き


新田開発による食糧増産の取り組みが功を奏し、実り豊かな田園が各地に広がっていった。それに伴い人々は安心して家族を育み、人口は着実に増加の一途を辿った。しかし、まるで自然の摂理に導かれるように、やがて従来の農業技術だけでは賄いきれぬ深刻な食料不足という暗雲が立ち込めてきた。


ある秋の夕暮れ、夕日に染まる雲海の彼方を見晴らせる山頂に立ったニニギは、眼下に広がる田園風景を見つめながら、深い憂慮の念を込めて独り言った。


「民の数は日に日に増えているというのに、田園の拡大がそれに追いついていない。平地の小さな田では農業用水が足りず、高地の田では天からの恵みである雨に左右されて、旱魃の年には青々とした苗すら育つことなく茶色く枯れ果ててしまう…このままでは愛する民が飢えに苦しむことになってしまう」


秋風が頬を撫でて行く中、ニニギの心に一筋の光明が差した。高所から勢いよく流れる清らかな川水を導き、灌漑用水として活用するという画期的な発想である。


最初の試みでは竹や木を組み合わせた樋を用いて導水を行った。目論見通り水は導かれ、渇いた大地を潤した。しかし、風雨に晒され、歳月の流れと共に、数年もすると樋は朽ち果てて使い物にならなくなってしまった。


そこでニニギは、さらなる改良を重ねた。川の上流に頑丈な堰を築き、長く続く堤防と用水路を掘り上げて整備し、これまで耕作が困難とされた高地にも豊かな農地を開く革新的な技術体系を完成させたのである。この優れた手法を用いれば、全国各地で頻発する食糧不足の問題を根本から解決できるはずであった。


## 第二章 - 神慮を仰ぐ実証の道


この革新的な灌漑技術を一日も早く全国津々浦々に普及させたいと熱烈に願ったニニギは、まずアマテルカミ(天照大神)のもとを訪れ、丁寧に事情を説明して許可を求めた。しかし、いくら詳細な説明を重ねても、慎重なアマテルカミからはなかなか全国巡幸の許可が下りなかった。


「それならば」とニニギは決意を固めた。言葉だけでは伝わらぬのであれば、目に見える確かな成果によってその有効性を実証して見せよう。


月明かりが美しく照らす夜から、太陽が燦々と輝く日中まで、ニニギは選び抜いた土地の上流域で黙々と作業を続けた。竹や木を巧みに組み合わせた樋、石を積み上げた頑丈な堤、丁寧に掘り上げた用水路。これらの灌漑設備を心を込めて設営し、なだらかな微高地に新たな田園を開発した。


五年という歳月をかけて、ついに十分すぎるほどの豊かな実りを得ることに成功した。黄金色に波打つ稲穂が秋風に揺れる様は、まさに地上の楽園の如き美しさであった。


この輝かしい成果に手応えを感じたニニギは、さらに意欲を燃やした。他の十八ヶ所でも同様の事業を展開し、どの場所でも見事な成功を収めて見せたのである。各地で黄金の稲穂がさざ波のように揺れる光景は、まさに奇跡と呼ぶにふさわしいものであった。


この圧倒的な成果を目の当たりにしたアマテルカミは、ついにその効果を認め、全国巡幸の許可を与えた。神々しい微笑みを浮かべて告げた言葉は、ニニギの心に深い喜びをもたらした。


## 第三章 - 壮大なる巡幸の出立


桜の花びらが舞い散る美しい春の日、ついにニニギの壮大な全国巡幸が始まった。朝靄の中、勇壮な出立の儀式が執り行われ、太鼓の音が静寂な空気を震わせた。


随行したのは、それぞれが特別な役割を担う忠義の士たちであった。


**タチカラヲ**は、ニニギを心から敬慕し、ヒヨミのミヤで暦を作成するという重要な職責に就いていたが、この歴史的な巡幸への同行を強く願い出て許可を得た、情熱に満ちた忠義の士であった。


**カツテヒコ**は、アマテルカミに長年仕えてきた経験豊かな者で、今回の巡幸においてニニギに付き従うよう特別に命じられた、信頼厚き重臣であった。


**コモリ**は、ツルギノトミ(罪を犯す者を公正に罰し、平安を司る重責を担う者)として、一行の安全と秩序維持の任を背負っていた。


**アマノコヤネ**は、カガミのヲミ(国民の幸福と健康を守ることを司る崇高な職)として、各地での民政に携わる重要な役割を果たした。


**アマノウズメ(ミヤビ)**は、人の心を開く不思議な術に長けており、その卓越した才能により交渉役として一行に加わった美しく聡明な女官であった。


さらに、一行を取り囲んで護衛する八十人の精鋭騎馬武者たちが、朝日を背に受けて威風堂々と馬を進めた。彼らの甲冑が朝露に濡れて光る様は、まさに神々の軍勢を思わせる荘厳な光景であった。


## 第四章 - コシクニでの心温まる出会い


伊勢の神聖な地から出立した一行は、山々に囲まれた美しい景色を眺めながら北へと向かい、まずコヱのネのクニ(後のコシクニ)の領域に足を踏み入れた。


国境近くで一行を待っていたのは、使者アチハセであった。彼は恭しく頭を下げながら、心配そうな表情で進言した。


「シラヤマミネ(白山)の山道は非常に険しく、急坂が延々と続きます。どうか、この地方特有の乗り物『ミネコシ』をお使いください。急坂でも乗り心地が良く、安全に山を越えることができます」


ニニギは感謝の気持ちを込めて会釈し、その『ミネコシ』に乗って険しい山道を進んだ。確かに、揺れは少なく、まるで雲の上を滑るような心地よさであった。


シラヤマミネの霊峰に到着すると、神々しい雰囲気に包まれた山頂で、イサナギの姉君であるココリヒメ(シラヤマヒメ)が白い装束に身を包んで静々と出迎えた。山の精霊を思わせる気品あふれる美しい姿に、一行は思わず見とれた。


ミネコシの素晴らしい乗り心地に深く感動したニニギは、心からの感謝を込めてその由来を尋ねた。すると、ココリヒメは優雅な微笑みを浮かべて興味深い物語を語り始めた。


「この『ミネコシ』は、実は遠い西の国(中国大陸)からこの日本にアメノミチを学びに来られたウケステメという聡明な女性から教えていただいた貴重な技術なのです。彼女の故郷では険しい山岳地帯を越えることが多く、大切な子供たちを安全に運ぶために工夫を重ねて作り出されたものでした。トヨケカミ様によく仕え、私とは義理の姉妹の契りを結びました。お礼として、ミチミのモモ(三千個もの美しい実をつける神聖な桃)を贈ったところ、ウケステメは涙を流して喜んでくださいました」


この心温まる国際交流の美談に深く感動したニニギは、夕日に染まる山々を眺めながら、ふと素晴らしい提案を思いついた。


「それは本当に良いお話ですね。『コヱノネノクニ』を、このミネコシの美しい謂れにちなんで『コシクニ』と改名してみるのはいかがでしょうか?」


ココリヒメは目を輝かせて喜び、この心のこもった提案を即座に受け入れた。こうして国名が「コシクニ」へと改められ、美しい友好の証となった。


## 第五章 - サルタヒコとの運命的な邂逅


三月の満月が夜空を銀色に照らす神聖な夜、ニニギはついに待ちに待った灌漑技術普及活動の第一歩を踏み出した。タカシマ周辺の豊かな土地に新田開発事業を立ち上げ、まずは生命線となる用水路建設工事に着手した。職人たちの鍬の音が朝霞の中に響き、希望に満ちた新たな時代の幕開けを告げていた。


用水路工事の順調な進行を確認したニニギは、次の目的地であるウカワへと向かった。そこには、クニトコタチの直系の血を引く子孫、シラヒケことサルタヒコが住んでいるのであった。


オトタマカワの真っ白な砂浜に到着した時、一行の目に飛び込んできたのは、昼寝をしているサルタヒコの巨大な姿であった。その外見は、遠目にも畏怖すべきものであった。身の丈十七尺という巨体、真っ赤に焼けた顔、七寸もある異様に高い鼻、そして光を放つかのような鋭い眼光。


この圧倒的な迫力に、先駆けを務めるタチカラヲとカツテヒコですら恐れをなし、足がすくんでしまった。一行全体に緊張が走り、馬たちも不安そうにいなないた。


しかし、ニニギは冷静さを保ち、交渉術に長けたミヤビに任せることにした。ミヤビは勇気を振り絞り、美しい声で問いかけた。


「天の御孫であらせられるニニギ様が御幸をなさっておられます。なぜあなたは我々の行く手を阻もうとなさるのでしょうか。どちらの御方でいらっしゃいますか?」


すると、恐ろしげな外見とは裏腹に、サルタヒコは穏やかで心温まる声で答えた。


「アマテルカミ様の尊い御孫の御幸がなされるという知らせを聞き、心からの歓迎をしたいと思い、わざわざウカワに特別な仮屋まで用意してお出迎えをお待ちしておりました。しかし、あまりにも長い間お待ちしていたため、つい眠りに落ちてしまいました。私はナガタのサルタヒコと申します」


誤解が氷解した瞬間、一行の表情は一変した。恐れから安堵へ、そして感謝へと変わっていく様子が、夕陽の光の中でよく見えた。


その夜、月明かりの下で盛大な歓迎の宴が催された。焚き火の炎が踊り、美味しい料理と美酒が振る舞われる中、サルタヒコは重要な進言を行った。


「実は、私はニニギ様から貴重な灌漑技術を学ばせていただいた後、この愛する土地を離れてアマテルカミ様のもとに参り、アメノミチについて一から学び直したいと考えております」


ニニギはこの素晴らしい志に深く感動し、「それは本当に素晴らしいことです」と心から賞賛した。


すると、ミヤビが興味深い質問を投げかけた。「アメノミチについて学ばれるほどの深い知見をお持ちのサルタヒコ様にお聞きしたいことがございます。ニニギ様が今後行われる最も大きな仕事は何でしょうか?」


サルタヒコは夜空の星々を見上げながら、深刻な表情で答えた。


「ツクシのヒラキキ山の激しい噴火により、ツクシ一帯の民が深い苦しみの中にあると聞いております。ニニギ様の真の大仕事はまさにそこにございます。どうかタカチホを拠点として、その優れた知識と卓越した技量をもって、苦しむツクシの地の復興をお導きいただきたく、心から願っております」


ニニギはこの貴重で深い洞察に満ちた助言を心に深く刻み込み、必ずその期待に応えることを固く誓った。


翌朝、朝露が美しく光る中で灌漑工事が本格的に開始された。サルタヒコの技術への理解力と応用力の早さには、一同が驚嘆するばかりであった。特に、彼が独自に考案し試作した井関(用水取り入れ施設)の精巧さと効率の良さは、まさに天才的と呼ぶにふさわしいものであった。


この優れた才能と献身的な働きに深く感動したニニギは、サルタヒコに「ミヲのカミ」という崇高な称号を贈った。この名誉ある称号を受けたサルタヒコの喜びようは、見ている者の心をも温かくした。


## 第六章 - 各地での技術普及と文化交流


サルタヒコがアマテルカミのもとでアメノミチを学ぶために旅立った後、彼が治めていた地域に統治の空白が生じることとなった。そこでニニギは、新たな拠点として琵琶湖の対岸に位置するカガミ山の緑豊かな麓に美しい仮宮を建設した。この宮を「ミツホのミヤ」と名付け、地域発展の新たな中心地とした。


一行は次にミノの豊かな土地へと足を向けた。そこでは、カナヤマヒコの子孫であるアマクニタマが、灌漑技術への深い感謝の気持ちを込めて、一行の一人一人に香り高い瓜を一籠ずつ贈ってくれた。その瓜の甘い香りは、旅の疲れを癒やし、心を和ませてくれた。


山岳地帯の奥深くへと進路を取った一行は、時には雲海を分けながら険しい山道を進み、ついにシナノのスワの美しい湖水地帯に到着した。そこではタケミナカタの心優しい子孫たちが、親切にも道案内を買って出てくれ、地域の美しい景色や文化について詳しく説明してくれた。


## 第七章 - 富士山での壮大なる大事業


いよいよハラミのヤマ(富士山)の雄大な姿が眼前に現れた時、一行は思わず息を呑んだ。雲海の上に聳え立つその神々しい山容は、まさに神が創造した芸術品であった。


ニニギはゆっくりとハラミのヤマにお登りになった。頂上から見下ろす360度の大パノラマは、言葉では表現しきれないほどの壮大さであった。はるか彼方まで続く裾野の広大さに、ニニギの心は大いなる構想で躍った。


「ハラミのヤマの裾野は想像以上に広大だ。ここに適切な灌漑さえ施すことができれば、数え切れないほど多くの田を開くことができるであろう」


そこでニニギは、忠実なるタチカラヲに壮大な命令を下した。富士の八湖(現在の富士五湖にさらに三つを加えたもの)の整備事業である。


にはヤマナカ湖、東北キネにはアス湖、にはカワクチ湖、北西ネツにはモトス湖、西にはニシノウミ湖、西南ツサにはキヨミ湖、にはシヒレウミ湖、東南キサにはスト湖。これら八つの湖を造成し、掘り上げた膨大な土は峰々に運んで積み上げた。


この画期的なシステムにより、峰に降り積もる純白の雪が春の陽光で溶けて湖水となり、それが溢れ出して里の田園を豊かに潤し、秋には黄金色の実りをもたらすという永続的な循環が完成した。


さらにニニギは、将来への深い配慮を示した。「二十年に一度は必ず灌漑施設の浚渫整備工事を行うこと」—この的確な指導により、持続可能な農業システムが確立され、後の世まで受け継がれることとなった。


この壮大な開発事業の期間中、ニニギはサカオリのミヤに滞在することにした。この宮殿は、八代アマカミ・アマテルカミが遷都された後、山の神であるオオヤマスミが大切に預かっていた由緒ある場所であった。


## 第八章 - 運命を変えた美しき出会い


オオヤマスミは、ニニギの到着を心待ちにして、山海の珍味を取り揃えた豪華なご馳走を用意して温かく迎えた。料理の香りが宮殿に満ち、おもてなしの心が随所に感じられた。


その接待の中心となったのが、オオヤマスミの美しい娘、アシツヒメ(後のコノハナサクヤヒメ)であった。桜のように美しく、清らかな小川のように澄んだ心を持つ彼女の姿に、ニニギは一目で心を奪われた。


月光が静寂な宮殿を銀色に照らすその夜、ニニギとアシツヒメは永遠の愛を誓い、深い契りを結んだのであった。


---


**前編 完**


しかし、この美しい愛の物語に、やがて思いもよらぬ試練が待ち受けていることを、まだ誰も知らなかった。愛する人への疑念、炎に包まれた産屋、そして季節外れに咲く奇跡の桜…。


ニニギとアシツヒメを待ち受ける壮絶な運命とは?

そして三つ子の皇子たちに現れる神秘的な奇跡とは?


**後編へ続く…**

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