第七話 特別条項
通常時であればまー君にサキュバスの魔法や術が効くことはない。
圧倒的な魔力量の差によってまー君に届く前に全ての力が吸収されてしまうのだ。ここ数十回の冒険の中でまー君にダメージを与えることが出来たものは誰一人としていない。たまたま誤作動した原始的な罠によって微妙なダメージを受けたことはあったのだが、肉体的なダメージよりも罠を見破れなかったという恥ずかしさによる精神的なダメージの方が多かったそうだ。
それほど凄い力を持っているまー君に対してうまなちゃんとイザーちゃんが使用したのはとても簡易的な拘束魔法であった。自分の身を守るという意味でも多くの魔法使いがかなり初期の段階で覚えるごくありふれた拘束魔法なのだが、まー君の自由を奪う事に対して何の問題もなかった。
「え、ちょっと待って。なんで動けないの?」
「何でって、私たちが拘束魔法を使ったからでしょ」
「たまには体の自由を奪われるのもいいもんでしょ?」
まー君は自分の体が思い通りに動かすことが出来ないという事に戸惑っていた。不意を突かれたって絶対に効かない自信のある魔法が効いてしまっている。なぜこのような事態になっているのか全く理解出来ていないのだが、体を思い通りに動かすことが出来ないという事実はまー君の中でとても重要な意味を持っていた。
絶対に効くはずがない魔法が効いている。これには何か裏があるのだろうと考えてみたものの、その答えにたどり着くことは出来なかった。
「いいね。良いよ。すごくいい。まー君のその表情はたまらなくそそるものがある」
「私たちみたいな三流以下の魔法使いの魔法で動けなくなっちゃうって、どういう気持ちなのかな? ねえ、どんな気持ちなのかな?」
なぜ彼女たちの魔法が効いてしまっているのか本当にわからない。
自分よりも圧倒的に強い力を有しているという事もないし、魔法の使い方を見ても三流だというのは自虐的な冗談ではなく実際のそうなのだろう。拘束魔法をかけるときの予備動作も大きいし魔力が拘束したい場所以外にも拡散してしまっている。そんなことをしても拘束することなんて出来ないはずなのだが、まー君に対してこれ以上ないくらい完璧に決まっているのだ。
どうしてあの魔法を避けなかったのだろうか?
おそらく、まー君の中で拘束魔法なんて聞くはずがない。いや、自分に対して初期ランクの魔法を使うなんてバカバカしい真似をするなど考えられなかった。まー君が魔法を避けなかったのは怠惰だからではなく、あの程度の魔法が効くなんて思ってもいなかったからだ。
慢心していたと言えばそう取られてしまっても仕方がないけれど、今まで何度も似たような状況で何もなかったという経験があるのだ。
どうして自分にあんな初期魔法が効いてしまったのか、答えを知りたいとは思いつつも、それを聞くことが物凄く恥ずかしい。誰もいなかったとしたら、声をあげて泣いているのではないかと思ってしまうくらい感情がぐちゃぐちゃになっていた。
「なんでこんな初期魔法が効いちゃってるんだろうって思ってるよね?」
「その顔を見てれば答えてくれなくてもわかっちゃうよ。どうしてもその理由を知りたいのかな?」
まー君はその理由をどうしても知りたいと思っているのだけれど、今このタイミングでそう答えるのは完全に負けを認めてしまうようなものだと思った。
誰がどう見てもまー君の負けは確定している状況だと思うのだが、自分が認めるまでは負けていない。男としても 再挑戦者としてもそこだけは譲ることが出来ないのだ。今まで一度も自分から負けを認めたことがなかったというのもあるが、自分の好みドストライクなサキュバス二人にそんな弱い一面を見せたくない。自分はちゃんと最強なんだという強い意志を持って行動していきたいのだ。
「まあ、簡単に言っちゃうとね。私たちとまー君が結んだ契約のせいなんだよ」
「そうそう。私たちとのプレイ中はどんな魔法でも完璧な状態でかかってしまうって契約だからね」
「本来ならそんな契約は無効になるはずなんだけど、今回に限ってはまー君がかなり無理目な契約を結んでくれたから実現できたんだよ」
「私たちも本当に魔法が効くのか不安だったし、ちゃんと契約したとはいえ半信半疑だったからね。でも、これからは私たちとの楽しい時間を過ごすときは赤ちゃん以下の魔法使いになってしまうってことだね」
「もちろん、まー君が成人になるまで最後の一線は越えられないんだけどね」
軽く読み飛ばしていた契約書の内容を思い出そうとしてみたところ、今回の事例に該当するものは特別条項に記載されていたという事が頭の中に浮かんできた。
特別条項には、このようなことが書かれていた。
『特別条項 プレイ開始時からまー君はサキュバスの使用する魔法や術を全て完璧な状態で受けることとする。ただし、まー君の身体損傷や生命の危機などに関わるようなものを除く』
相手が強くなるのではなく自分が完璧な状態で魔法を受けるという事に対してまー君は感心していた。相手を強くするのではなく自分が弱くなるのであればサキュバス側にも負担はなさそうだ。
それを理解したと同時に、いつの間にプレイが始まっていたのだろうかという疑問が浮かんできた。
このプレイの終着点はどこなのだろうという疑問も頭の中にぼんやりと浮かんでいた。




