第十三話 人の気持ち
ある者はまだ見ぬ甘美な世界を想像し、ある者は週に何度公開されるのだろうかと期待に胸を膨らませ、ある者は配信の権利を獲得して一獲千金を手に入れようと夢を見ていた。
史上最高評価を獲得し、その名声をこの世界だけではなく異世界にまで轟かせている史上最高のサキュバスであるイザーちゃんと、それに匹敵するほどの才能を持ちデビューしてからわずか一年足らずで歴代二位の評価点を獲得した期待のルーキーうまなちゃん。そんな二人の絡みを見たいと思うのは男だけではない。下心を抜きにしてもその美しさを見てみたいという女性も多く存在していた。
そして、そんな人たちはまー君が出す閲覧許可という夢の世界への鍵を渡されるのを待っているのだ。
「もう一度お尋ねします。私たちがイザーちゃんとうまなちゃんのプレイを見ることが出来るのは、いったいいつになるのでしょうか?」
「その聞き方はちょっと意地悪だね。いつになるかなんて聞かれても、俺には答えようがないかな」
愛華の質問にハッキリと答えないまー君。観客席のそこかしこから聞こえてくる無数のため息が緊張感を伝えてくる。今からどんな答えが返ってくるのかと見守っているのだが、その多くが期待で胸がいっぱいなのだ。
「あの、私たちはどれくらい待てばいいのでしょうか?」
「うーん、別に待たなくてもいいんじゃないかな?」
「へ? 待たなくてもいい?」
愛華は自分の質問に対して全く予想していなかった答えが返ってきて、思わず素になって地声が出てしまった。地声と言っても本人以外にはわからないような変化ではあったが、当の本人にとって何らかのコンプレックスがあるのか同じ言葉をいつもと同じ声で言いなおしていた。それを聞いていた人は、なぜ同じことを二回言ったのだろうという疑問はあったのだが、まー君の答えが予想外すぎたのでその確認のために二回言ってしまったのだと解釈していた。
「待たなくてもいいって言うのは、どういう意味でしょうか? 明日にでも公開されるってことでいいんでしょうか?」
「そんなわけないでしょ。俺が言いたいのは、待つ必要なんてないってことだからね」
「それって、どういう意味なのか全然分かんないですけど?」
待つ必要はないのだけれど、伝説と呼ばれるサキュバス二人の濃厚な絡みが公開されるのは明日ではない。待つ必要がない事と公開されるのが明日ではないという事が結びつかないので混乱しているのだが、明日ではないが待つ程遠くもないという事なのか。愛華だけではなく観衆の多くとモニターの前にいる無数の人たちの頭の中には答えが全く浮かばなくて混乱していた。
「全然わかんないってこともないと思うんだけど。俺は君たちみんなの考えが凄く凄い理解したと思うんだけど、君たちは俺の考えを理解していないってことなのかな?」
「まあ、そういう事になるかもしれないです。私たち、みんなの考えっていうのは、イザーちゃんとうまなちゃんの絡みをいつから見れるんだろうってことですよね。で、まー君の考えってどういうモノですか?」
「俺の考えは一貫していて変わってないんだけど、そこまで言えばわかるよね?」
「ええ、わかりますけど。みんなの思いを受けて理解したってことじゃないんですか?」
「うん、理解はしたけどね。理解はしたよ」
「それって、理解はしただけってコトですか?」
「もちろん」
本当に一瞬ではあったが、この世界に流れている時間が止まったような感覚を世界中の人が同時に味わった。
理解をしただけという事の意味を理解すること自体を脳が拒否してしまった。みんながみんなサキュバス二人の絡みが公開されるものとばかり思っていたし、問題はいつどの段階で公開されるのかという事だけだったはずなのに、まー君の返答を聞き理解しようとすると、自分たちが全く予想もしなかった結末へと向かっていく。
その事を受け入れることが出来ない肉体も精神も固まってしまい、あたかも時が止まったかのような錯覚に陥っていたのだ。
「……どういうことですか?」
「どういう事って、そのまんまの意味だよ。君たちの気持ちはよく分かった。俺も一人の男だから気持ちは十分に理解出来る。何を望んでいるのかわかったよ」
「わかってもらえたならありがたいです。それで、イザーちゃんとうまなちゃんの映像を公開するのはいつごろになる予定ですか?」
「いつ頃になる予定ですかって聞かれてもね。予定にないものは答えられないよ」
「予定にない?」
まー君の口からはっきりと出た、“予定にない”という言葉は全ての希望を打ち砕くのにこれ以上ないものであった。
先ほど同様にまー君の言葉を処理することを脳が拒否していたのだが、直感的にその言葉を理解したのに本能がそれを拒む。どうしようもなく感情がグチャグチャになってしまった人たちは、まー君に向けて一斉に怒声を上げた。会場にいる観衆だけではなく、モニター越しに見ていた多くの人たちがほぼ同時に怒声を上げていた。
各自が好き勝手に叫んでいるので言葉としては理解出来ないものになっていたが、まー君に向けられる強烈な敵意は強烈な振動を伴って兵器と化していた。
その結果、たった一瞬で多くの窓ガラスが割れ壁に亀裂が走り、日本にある多くの震度計が反応を示していた。
だが、まー君はそんな敵意を向けられている状態にもかかわらず、先ほどと同じように落ち着いて観衆一人一人を確かめるようにゆっくりと視線を動かしていた。




