第三十一話 体操服で抱きしめる
零楼館乳首郎の気迫に押され気味だったまー君。背後にいる愛華に危害が及ばないように気を配っていたという事もあるのだが、本気を出した零楼館乳首郎とやりあうのは骨が折れそうだなと感じていた。実際に肩の骨がミシミシと音を立てて今にも折れそうになっていたのだが、それは何とか耐えることが出来た。
「あんたがそういう考えだったんなら、こっちもこっちで実力行使させてもらうからね。あんたには悪いと思うけど、メチャクチャにしてやるよ」
「この程度の力でどうにか出来ると思うなよ」
気合を入れればこれくらいの圧力どうでもないとまー君は思っていた。相当な実力者である零楼館乳首郎が相手であっても本気を出せば負けるはずがない。まー君はそう考えていたのだけれど、いつものように力を入れることが出来ない。
今までも何度か同じような体勢になったことはあるし、どんな時でも簡単に切り抜けてきた。それなのに、今はどんなに力を入れても零楼館乳首郎のことを押し返すことが出来なかった。
「ごめんね。私はまー君のことを嫌いじゃないんだけど、やっぱり乳首郎の仲間だからさ。もう少しだけ我慢してね」
いつもと違うところと言えば、愛華が自分の後ろにいるという事だ。
それだけでこんな風に力が入らなくなるなんておかしいとまー君は考えた。考えてはいたものの、その答えは見つからない。どうしてこんなに力が入らないのだろうか。
「イザーちゃんたちの契約はわかった。サブスク契約であんたが定期的に支払ってるってのも分かった。でもな、だからと言ってイザーちゃんたちを一人で独占するのは良くない。いや、あんたがその契約を結べるほどの上客だってのはわかってるし、俺らがサキュバス娼館に支払う魔力の総額よりもあんたの一年分の方が多いってのもわかってる。だからって、独占するのは良くないと思うんだ。うん、絶対に良くないと思う。そうなると、俺が考えることはわかるよな?」
零楼館乳首郎が肩を掴む力が少しずつ弱くなっているのを感じているのにもかかわらず、まー君は抵抗出来ずにいた。なぜか全身の力が脱力してくと言うことに抗うことが出来なかった。
自分の背中に抱き着きながら何度も何度も謝っている愛華が何かやっているんじゃないかと気付いたのは、零楼館乳首郎の手が自分の肩にそっと触れているだけになっていたからだった。
「そろそろ良いだろ。もう離れてもいいんだぞ。……離れてもいいんだよ?」
愛華は零楼館乳首郎の問いかけを無視してずっとまー君の背中に抱き着いていた。まー君は背中に女性特有の柔らかさを感じてはいたのだけれど、何か物足りなさを感じていた。それを口に出すことはしなかったが、うまなちゃんとイザーちゃんだったらどんな感じなんだろうなと考えてみたりした。
「あの、それ以上くっついてるとまー君が死んじゃうかもしれないんですけど?」
「え、死ぬってどういう意味?」
愛華は人に抱き着くことで力を抑えるのかと思っていたまー君は驚いた。単純に力を押さられているだけだと思っていたのに、死んじゃうと言われてしまったまー君は本気で驚いていた。驚いてはいたのだけれど、そのリアクションはいつもよりもかなり薄味の地味なものでしかなかった。
「あの、愛華さん。そろそろ本当にまー君が死んじゃいそうなんですけど。後ろにいるから見えないのかもしれないけど、顔色がどんどん土気色になってるし、唇もカサカサになってるから。ね、もう離れてもらった方が良いから。いや、いっそのことまー君を殺してくれてもいいんだけど、そうなるとイザーちゃんたちがこの世界から別の世界に行っちゃう可能性があるんだよね。だから、俺の考えた最高のプランを聞いて協力して。愛華さんにもきっとメリットある話だから」
「でも、今は慣れたら乳首郎が殺されちゃうかもしれないよ?」
「大丈夫だって。まー君が万全の状態だったとしても俺は簡単に殺されたりなんてしないから。さっきだって平気だったの見てたでしょ?」
「見てたけど、手負いの獣は危ないって言うし」
「手負いって言うか、死にかけの状態だけど」
「そうは言うけど、私がこうして抱き着いてるんだからまー君は興奮しちゃってるでしょ?」
自分の言葉で恥ずかしくなったのか、愛華は顔をまー君の背中に思いっきり押し付けた。愛華が抱きしめる力を強くしたことでまー君の生命力はさらに奪われていったのだ。
当然、そんな状況で興奮するわけもなく、まー君の脈拍は少しずつ間隔が広くなっていた。
「いや、そいつは全然興奮してないぞ。むしろ、死にそうになってるんだけど」
「そんなはずないって、私がこうして体操服姿で抱き着いているんだよ。それなのに興奮しないとか、男としてどうなの?」
愛華はまー君のお腹に回していた手を少し下におろしてから確認するように色々な場所を触っていた。
普段の様子がわからなくても変化していることくらいはわかりそうなものなのだが、愛華の手にはその変化は何も伝わっていなかった。
「ねえ、どういうこと?」
若干怒り口調の愛華はまー君の背中から離れると前に回り込んで視線を下へ向けていた。
「死にそうな時こそ大きくなるんじゃないの?」
「状況にもよるんじゃないか?」
得体のしれない力から解放されたまー君はこの二人に逆らわない方が良いんじゃないかと考えていた。
横になる体力も気力もないのでその場に立ち尽くして考えていたのだが、零楼館乳首郎がそっと椅子を持ってきてくれた。
ゆっくりと椅子に腰を下ろすところをじっと二人に見守れていたのだが、二人の視線がやたらと下に向いているのだけは察していた。




