第二十九話 思い違い
タイトなスーツに身を包んだ愛華がまー君と零楼館乳首郎の間に入って仲裁をしようとしていた。
だが、そんな事をするまでもなく二人の間には友情にも似た感情が生まれていた。そのきっかけを作ったのが自分だという事に愛華は気付いていないのだが、二人にはそんな事はどうでもいい事であった。
「愛華が気を使ってくれるのは嬉しいことだ。とっても嬉しいことだ。でもな、俺とまー君にはそんなものは必要なくなったのさ」
「そうだな。俺はあんたの事を誤解していたのかもしれないな。お互いにちゃんと分かり合えることもあるって学ぶことが出来たよ」
関係性が急変した二人を見て愛華は混乱し戸惑うだけであった。
いったいどうしてこんな風に関係性が良くなったのかわからないのだが、二人から生暖かい視線を向けられていることが少しだけ不快だった。
そして、ちょっとぴっちりしすぎたパンツスーツのせいかお尻と太ももが締め付けられている感触も不快だった。
「そう言うわけだから、これから少しの間は愛華がまー君の面倒を見てくれ」
「「え?」」
愛華だけではなくまー君も同時に驚きの声を上げていた。
面倒を見てくれと言われて愛華が困るのはわかるのだが、面倒を見てもらう立場のまー君も驚いているという事がそう言った零楼館乳首郎自身も驚くことになってしまった。
「なんだなんだ、愛華が驚くのはわかるけど、なんでまー君も驚いてるんだ?」
「そりゃ驚くでしょ。俺が愛華ちゃんに面倒を見てもらう必要なんてないのに。そんな風に言われたら驚いちゃうって」
「でも、これからまー君の面倒を見る人がいなくなるんだから愛華がいた方が良いと思うぞ。こいつはやろうと思えばなんだって出来ちゃうからな。もちろん、サキュバスじゃないからあんなことやこんなことは出来ないけれど、サキュバスじゃない一般人であるからルールや規制とかにこだわる必要なんてないんだよな」
まー君は少し思うところがあったが、自分の面倒を見る人がいなくなるという言葉の意味がわからない。別に今だって面倒を見てくれる人なんていないのだからそんな言い方をされても困ってしまう。
それ以上に困っていたのが、勝手に差し出されることとなった愛華だった。確かに愛華は普通の人間で戦闘能力がない分だけ日常生活に対して支障がないくらいのスキルを持っている。戦闘では全く役に立たないスキルの数々を習得しているのだが、それは全て生きていくうえでプラスになるモノばかりだ。それなので、まー君の手助けをして日常生活を不安なく送る手伝いをすることは出来るのだけれど、それを今このタイミングで零楼館乳首郎から言われることの意味がわからない。
まー君と愛華はお互いに困ったと言った顔をしたまま見つめあっていた。
二人の間に特別な感情が芽生えることはなかったが、こいつは急に何を言い出しているんだという思いは共通していた。
「だってよ、まー君が成人になるまでの間は俺にイザーちゃんとうまなちゃんを貸してくれるってことだよな?」
「そんな事を言った覚えはないんだが?」
まー君は零楼館乳首郎にそんな事を言った覚えはないし、そのような風に受け取れるようなことも言っていない。なぜそんな発想になったのか全く理解出来ずにますます混乱してしまった。
だが、それを聞いた愛華は零楼館乳首郎の顔を見つめながら深くゆっくりと長く息を吐いた。その直後にまー君の方を向きなおした。
「あのね、前々から言ってることなんだけど、君は自分が何か考えているときに相手が笑顔を向けてくれると自分のことを肯定してくれたって思いこむ癖があるよね。それは必ずしもそう言うことじゃないって説明してるのに、なんでわかってくれないのかな?」
「何でって、愛華が踊ってるところを見てまー君は俺のためにイザーちゃんとうまなちゃんたちを一旦譲ってくれるって思ったからじゃないか。あの時の頷きは俺の思いを察してくれた上での肯定だよな?」
「……全然知らないんだけど。そんな風にお前が思ってたなんて知らないし、俺がイザーちゃんとうまなちゃんを差し出すことなんて無いって言ってるじゃん。俺はネトラレとか興味がないって言ってるんだからわかるよね?」
「口ではそう言ってるかもしれないけど、実際に体験してみたら考えが変わるかもしれないよ。だからさ、試してみるのもありなんじゃないか。ほら、今が良い機会だよ」
「絶対に嫌なんだけど。そんなことしても俺が嫌な気持ちになるだけだろ。それに、愛華ちゃんだって嫌な思いをしちゃうんじゃない?」
「いや、私は別に。まー君のお手伝いをすることくらいは問題ないかな。でも、そうなると乳首郎のお世話をする人がいないんじゃないかな?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔という表現がぴったり合うなと生まれて初めて思ったまー君。言われた当人の零楼館乳首郎はやや憮然とした態度で二人のことを交互に見ていた。
何かを言い返そうとしている零楼館乳首郎ではあったけれど、上手い言葉が何も浮かばずに黙って二人を見ずに入り口をじっと見ていた。
誰かが入ってくるという事もなく、時間だけが過ぎていったのだ。
「あ、いいこと思いついた。これなら俺だけじゃなくみんな幸せになれるんじゃないかな。そういう提案をすればよかったんだ」
声自体は明るく元気な零楼館乳首郎。だが、その顔を二人に向けることはなかった。
まー君と愛華はそんな零楼館乳首郎を見てどうせろくでもないことを考えているのだろうという共通した考えを持っていたのだった。




