第十八話 神出鬼没
二人の思っていることが根本的に違うので話がかみ合うはずはないのだけれど、なぜか奇跡的に少しだけかみ合っているのでちょっと変だと思いつつも納得しながら会話が続いていた。
そんな状態なのでお互いに確信めいたことには触れることが出来ずに探り合う状況が続いていた。
話しのかみ合わなさが少しずつ我慢の限界に近付いているのを無意識のうちに感じ取りながらも、お互いに怒ることもなく大人な対応をしていた。だけれど、それにも限度というものがあるのだ。
「あの、まー君さんとご主人の思ってることは微妙に違うと思うんですけど。多分、きっと、おそらく、もしかしたら、二人は別のことを考えてませんか?」
まー君は急に現れた少女に驚いていた。黒を基調とした振袖に身を包んだ可憐な少女は急いできて少しだけ着崩れた着物を直すそぶりは見せなかった。こんなにしっかりとした着物を着ていてこの茶室の狭い入り口を通ってなぜ気付かなかったのかわからないが、いくら思い出してもこの少女がこの部屋に入ってきた瞬間を見ていないのだ。
それに、どんなに道を究めた者を相手にしてもここまで無警戒な状況で誰かの接近を許したことなどなかった、なかったがゆえに突然現れた少女に対して今までにないくらいの警戒態勢をとっていた。超一流のスパイや超一流の忍者であってもある程度近付いてきたときには気付いていた。瞬間移動が出来る者が近付いてきたとしても、その場に現れるエネルギーの揺らぎによって何かが近付いているという事には気付くのだ。
それなのに、この少女に関してはこの場に現れていたという事自体にも気付いていなかったのだ。
だからこそ、まー君はより一層の警戒心を持って対峙する必要があるのであった。
「あわわわわ、そんなに警戒しないでください。私は別に怪しい者なんかじゃないですから。ご主人に頼まれていたお茶菓子を持ってきただけのただの使用人ですから。別に危害なんて加えないですって」
必要以上に慌てふためいている姿を見るとなぜだかさっきまで感じていたイライラが消えていった。少なくとも、こんなことで怒るのは大人ではないと思ったまー君である。それは 零楼館乳首郎も同じだったのだが、彼の場合はこの少女の出現に関しては当然知っていたので驚くことはなかったのだ。
「そう言えば茶菓子の追加を頼んだのを忘れていた。ちなみに何を持ってきてくれたのかな?」
「焼きそばパンです。昨日食べておいしかったんで持ってきました」
茶菓子と言って持ってきたものが焼きそばパンというのはどういう事だろうとまー君は訝しんだ。この世界では焼きそばパンが茶菓子の一種なのかと思って納得しようとしたまー君ではあったが、 零楼館乳首郎の今まで落ち着いていた顔に明らかな戸惑いが浮かんでいるのを見てコレは茶菓子ではないんだなと気付くことが出来た。
パンや焼きそばがお茶請けにならないかと言われると、なるだろう。焼きそばもパンも単体であればお茶に合うんじゃないかと思うのだが、その二つが合体して焼きそばパンになると話は少し変わってくる。まー君の個人的な考えではあるが、お茶よりも炭酸系のジュースの方がより良いのではないかと思っていたのだ。
「昨日食べておいしかったものを俺たちにも食べさせたいって気持ちだったんだね。それは凄くうれしいんだけど、俺はこれからこのお兄さんと大切な話をするところだからもう少し普通の物を、一般的にお茶請けとしてよく聞くものを持ってきてくれたら嬉しいかな」
「うーん、ちょっとわかんないから誰かに聞いてみる。でも、カニクリームコロッケも美味しかったよ」
久々に聞いたカニクリームコロッケという言葉に遠い昔の記憶がよみがえる。
まだごく普通の一般人で強くてニューゲームはおろかニューゲームもやっていなかった頃、家族で連れ立っていった病院近くの洋食店で食べたミックスフライ定食のカニクリームコロッケ。家族の顔も思い出せないまー君ではあったが、なぜか急にカニクリームコロッケの事だけは思い出せたのだ。
「もしかして、あんた、カニクリームコロッケが食べたいのか?」
零楼館乳首郎の問いかけに対して素直にうなずくと、 零楼館乳首郎は少し嬉しそうな顔をしながら少女の肩をポンポンと叩きながらまー君を見つめていた。
「よし、それならこの話し合いが終わったら俺と愛華とあんたの三人でカニクリームコロッケを食べようじゃないか。試合が終わればノーサイドの精神でいいよな?」
「ああ、もちろんだとも」
まー君も 零楼館乳首郎も同じ気持ちになっていた。先ほどまでは微妙に考えがすれ違っていた二人ではあったが、今この時点での気持ちは全く同じものになっていたのである。
「ええ、私は昨日食べたから別のものが良いかも。お好み焼きとか食べたいかな」
少女の思わぬ言葉に 零楼館乳首郎は今まで見せることのなかった困惑した表情を浮かべていた。まー君も驚いてはいたのだが、 零楼館乳首郎の驚きがあまりにも強烈なインパクトを与えてきたので冷静になることが出来たのだ。
まー君が 零楼館乳首郎の顔を見ていたのはほんの一瞬で一秒にも満たなかったのだが、その間に着物を着た少女は姿を完全に消していた。いなくなった瞬間も見ていなかったし、いなくなったこと自体にも気付かなかったのだ。そこに存在していないと知ってから初めていなくなったことに気が付いたという事になる。
「あんたのお嬢さん、神出鬼没という言葉がふさわしいな」
「そうか、あんたほどの男でも愛華の移動には気付かないのか。そう考えると、あんたもまだまだ成長の余地があるってことになるのかもな。ちなみに、愛華は俺の娘じゃないぞ」
娘かどうかなんてどうでもいい。
あの移動方法を知ればもっと成長できると思ったまー君はまだまだ向上心を持っているのである。




