第九章 危険なゲームの作戦会議
ご都合主義、独自設定が多々あります。ゆるい気持ちでお楽しみください。
ザインとアイラの間に、危険な共犯関係の契約が結ばれた。事務所の空気は、先ほどまでの敵意に満ちたものから、獲物を前にした二匹の獣が互いを牽制しあうような、油断のならない緊張感へと変わっていた。
「さて、と」ザインはソファに深く座り直し、アイラを促した。「契約の第一条だ。お前たちが掴んでいた情報を、洗いざらい話してもらおうか、パートナーさんよ」
その「パートナー」という言葉には、皮肉がたっぷりと込められていた。
アイラは、もはや躊躇しなかった。彼女もまた、このゲームに勝つためには、目の前の男の能力が必要不可欠だと理解していたからだ。
「分かったわ」彼女は語り始めた。「あの子…アステリアが掴んだ情報によると、『女神の涙』はただの宝石じゃない。帝国の初代皇帝が遺した、正統な後継者の証よ。あれを手にした者は、帝国そのものを手にしたに等しいと言われているわ」
「…そいつはまた、とんでもない代物だな」
「ええ。だから帝国は、正規の外交ルートを避け、闇の運び屋を使って王都に密輸しようとしていた。その最終受け渡しが、数日以内に行われるはずだったの」
アイラは、一枚の羊皮紙を取り出した。そこには、一隻の船の名前と、その船長の似顔-絵が描かれている。
「これが、その運び屋よ。南大陸からの交易船“海竜”号の船長、ヤコフ。彼が『女神の涙』を運んでくる。アステリアは、彼から直接ブツを奪う計画だった」
ザインは、その羊皮紙を受け取った。これで、具体的なターゲットが定まった。
彼はカウンターの奥で、心配そうにこちらを窺っていたエルマに声をかける。
「エルマ、仕事だ。この“海竜”号が、いつ、どこの波止場に着くか調べろ。入港記録を全部洗え。偽名を使ってる可能性もあるから、南大陸からの船は一隻残らずだ。それと、『金獅子の御座』の監視も続けろ。どんな些細なことでもいい、奴らの動きを報告しろ」
「…分かったわよ」
エルマは、アイラを警戒しながらも、ザインの命令通りにテキパキと動き始めた。
ザインは立ち上がると、コートを羽織った。
「あんたにも仕事をやろう。帝国の連中も、ヤコフを探しているはずだ。奴らの動きを探れ。あんたなら、貴族街の情報屋に顔が利くだろ」
そこでザインは、アイラの目をじっと見つめて続けた。
「だが、肝に銘じておけ。奴らの縄張りには、あの女暗殺者もウロついている。見つかれば、お前は一瞬で殺されるだろうな」
彼の声は、静かだが重い響きを帯びていた。
「幽霊のように動き、影のように情報を集めろ。…お前なら、できるだろ?」
アイラは、その挑戦的な言葉に、自信に満ちた笑みを返した。
「私を誰だと思っているの?」
彼女はそう言い残し、しなやかに事務所を出ていった。
一人になったザインは、短剣やいくつかの探偵道具を懐にしまいこむ。
「…ザイン」
エルマが、不安そうな声で彼を呼び止めた。
「…あの女、信用できるの?」
「信用?」ザインは振り返り、ニヤリと笑った。
「するわけないだろ。あの女は、俺と同じ種類の人間だ。息をするように嘘をつき、自分の利益のためなら、パートナーだろうが平気で裏切る」
「じゃあ、なんで!」
「だから面白いんじゃねえか」
ザインは、そう言い残すと、夜の闇へと姿を消した。
王都の波止場。法も秩序も届かない、ならず者たちの巣窟。
しかし、元Sランク冒険者ザインにとって、この場所は勝手知ったる狩場だった。数年前、彼は商人ギルドの依頼で、この波止場を支配していた海賊団を壊滅させたことがある。裏社会のならず者たちにとって、ザインの名は英雄などではない。自分たちのルールと逃げ道をすべて知り尽くした、最も厄介な「悪魔」として記憶されているのだ。
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