第八章 共犯者の契約と、新たな嘘
ご都合主義、独自設定が多々あります。ゆるい気持ちでお楽しみください。
ゴードンがリリアナを連れ去り、事務所には再び静寂が戻った。いや、静寂ではない。ザイン、アイラ、そしてエルマという三人の間の、探るような、それでいて張り詰めた沈黙が満ちていた。
「さて、と」
ザインは、芝居がかった陽気さをかなぐり捨て、冷たい、ビジネスライクな声で言った。
「サーカス一座が出ていったところで、本題に入ろうか、アイラさん」
彼はソファに深く腰掛けると、テーブルの上に、あの紋章が刻まれた金属片を置いた。
「これは、アステリアが襲われた現場に落ちていた。そして、うちを襲撃してきた妖術師は、『金獅子の御座』の招待状を持っていた。その封印にも、同じ紋章が刻まれてたぜ」
ザインは、アイラの瞳をまっすぐに射抜いた。
「これは、帝国の紋章だ。アステリアは、ただの『大きな獲物』なんかじゃない。帝国の密偵とやり合ってたんだ。そして、あんたはそれを知っていた。違うか?」
アイラは、しばらく無言でザインの視線を受け止めていた。やがて、彼女はゆっくりと息を吐き、観念したように口を開いた。
「…ええ、その通りよ」
彼女は、もはや取り繕うことをやめた。その顔は、悲しむパートナーではなく、危険なゲームのプレイヤーのそれだった。
「あの子…アステリアは、帝国の連中が、伝説の秘宝『女神の涙』をこの王都に密かに持ち込もうとしている情報を掴んだの。あれは、王侯貴族が一生遊んで暮らせるほどの価値がある。だから、私たち二人でそれを横取りする計画だった」
「リリアナ嬢は?」
「ただの駒よ」アイラは冷たく言い放った。「帝国の連中と繋がりがある、ただの使いっ走り。あの子を利用して、秘宝の受け渡し場所と時間を探るつもりだった。でも、その前に誰かがアステリアを襲った。リリアナが裏切ったのか、それとも帝国の連中に計画が漏れたのか…」
その話は、アステリアらしい、筋の通ったものだった。
「…分かった」
ザインは、あえてその話に乗ることにした。
「あんたの話を信じてやる。で、俺にどうしろってんだ?」
「手を組まない?」アイラは、その美しい瞳に冷たい怒りの炎を宿して、ザインを見つめた。「私は、私のパートナーをあんな目に遭わせた連中を、この手で地獄に送ってやりたい。そしてあなたは、あなたの相棒を傷つけられた落とし前をつけたいはずよ。私たちの目的は、まず第一に『復讐』。利害は一致するわ」
彼女はそこで一息つき、口の端に不敵な笑みを浮かべた。
「…もちろん、復讐だけじゃ割に合わない。奴らから『女神の涙』を奪い取って、私たちのものにする。これで文句はないでしょう?」
ザインは、しばらくアイラの顔を見つめていた。復讐と欲望。先ほどの話より、ずっと筋が通っている。**だが、それでもまだ嘘の匂いがした。この女は、まだ何か重要な切り札を隠している。**これは対等な協力関係の提案などではない。ザインという駒を、自分のゲーム盤に乗せるための、新たな招待状だ。
…面白い。
ザインの口元に、すべてを理解し、その上でその危険なゲームを楽しんでいる者の、不敵な笑みが浮かんだ。
「いいだろう。その話、乗ってやる。俺とあんたは、これで共犯者だ」
彼は立ち上がると、アイラの前に手を差し出した。
「ただし、条件がある。アステリアとあんたが掴んでいた情報を、すべて俺に渡せ。お互い、隠し事はなしだ。もし、あんたが俺に嘘をついたら…」
ザインの声が、低くなる。
「その時は、あんたもアステリアと同じベッドに寝かせてやる。もっとも、二度と目は覚めないだろうがな」
その脅し文句に、アイラは怯むどころか、心底楽しそうに微笑んだ。
「ええ、望むところよ」
彼女は、ザインの差し出した手を、固く握り返した。
「あなたのそういうところ、アステリアが夢中になるわけね」
こうして、嘘と猜疑心の上に、危険な共犯関係が結ばれた。
カウンターの奥で、エルマは「はぁ……」と、今日一番深いため息をつき、頭を抱えるのだった。
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