第六章 金獅子の檻と、女の影
ご都合主義、独自設定が多々あります。ゆるい気持ちでお楽しみください。
ゴードンが去った後、ザインはエルマに扉の修理(というよりは、とりあえず板で塞ぐ作業)を任せると、一人、夜の王都へと繰り出した。目的地は一つ。『金獅子の御座』だ。
王侯貴族や大富豪だけが泊まることを許されるその宿舎は、ザインのような裏街の探偵が正面から入れる場所ではない。彼は宿舎の裏手、使用人たちが出入りする薄暗い路地へと回り込むと、闇に紛れて壁を見上げた。壁の凹凸や窓枠を確かめると、常人には不可能な、獣のような身軽さで壁を登り始めた。元Sランク冒険者として、数多のダンジョンや絶壁を踏破してきた彼にとって、この程度の壁面登攀は呼吸をするのも同然だった。
目的の部屋は、ヨエルが持っていた招待状から見当をつけていた。最上階に近い、王城を見下ろす一室。窓の鍵を特殊な道具で静かに開け、カーテンの隙間から中を覗うと、そこにはザインの想像を超える光景が広がっていた。
部屋の中央では、東方の絹でできた豪華なガウンをまとった、肥満漢の老人が葉巻をくゆらせている。その威圧感は、並の貴族のものではない。(へえ、随分と大物が釣れたもんだ。あれが、この面倒なゲームの親玉ってわけか)
そして、その傍らには、警備隊に連行されたはずの妖術師ヨエルが、何事もなかったかのように控えていた。
「――で、ザインという探偵は、どうだったかね?」
「噂通りの男ですな。腕は立ちますが、どこか甘さがある。特に、女には弱いようです…」
ザインがさらに聞き耳を立てようとした、その時。
背後に、殺気とも呼べないほど希薄な、しかし確実な死の気配を感じた。
彼は咄嗟に身を翻し、壁から飛び離れる。ザインがいたまさにその場所に、闇色のナイフが音もなく突き刺さった。
屋根の上に、夜の闇に溶け込むような、黒革の装束をまとった小柄な人影があった。引き締まった体躯としなやかな動きは女性のものと見えたが、その全身から放たれる気配は、ただの人間のものではなかった。
「…へえ、今度はお嬢さんかい。親玉は、趣味が良いのか悪いのか」
ザインが軽口を叩くが、女の影は何も答えない。ただ、フードの奥から、獲物を見定めるような、冷たい視線が注がれるだけだった。
女は、二本目のナイフを抜き、再びザインに襲いかかった。その動きは、戦闘というよりは、まるで死の舞踏だった。ザインは短剣を抜いた。金属がぶつかり合う甲高い音と共に、二人の影が火花を散らした。
(…ったく、この街はどうなってやがる。俺が出会う女は、嘘つきか、陰謀家か、そうでなきゃ殺し屋かよ!)
ザインは内心で悪態をつきながら、その超人的な反射神経で猛攻を防戦するが、相手の動きはあまりに速く、徐々に追い詰められていく。
「こいつは厄介だぜ!」
ザインはわざと体勢を崩し、屋根から下の路地へと飛び降りた。女の暗殺者もまた、猫のように軽々とそれに続く。
ザインは迷路のように入り組んだ裏路地を、記憶している最短ルートで駆け抜ける。追跡者は、まるで影のように、ぴったりとその後ろをついてきた。
ザインは最後の路地を抜けると、大通りへと飛び出した。そして、ちょうど通りかかった豪華な辻馬車の前に、わざとらしく転がり込む。
「うわっ! 危ねえ!」
馬は驚いていななき、辻馬車は急停止した。御者が悪態をつき、乗っていた貴族が何事かと窓から顔を出す。
その一瞬の騒ぎ。
ザインは、暗殺者の目が馬車の方に向けられた、そのコンマ数秒の隙を見逃さなかった。彼は人混みに紛れると、まるで最初からそこにいなかったかように、完全に気配を消し去っていた。
残された女暗殺者――ウィルは、忌々しげに舌打ちすると、闇の中へと静かに姿を消した。
一方、辻馬車から降りてきた貴族は、ザインの顔を見て、驚きに目を見開いた。
「……ザイン殿? 生きておられたのですか!」
それは、ザインがまだ高名な冒険者だった頃、ある高難度の依頼でその窮地を救ったことのある、温厚な老貴族だった。
「いやはや、驚きましたぞ。追放されたと聞いて、どれほど心配したことか…」
ザインは、その偶然の再会を利用することにした。
「ええ、まあ。今はしがない探偵でしてね」
彼は三枚目の笑みを浮かべ、貴族に声を潜めた。
「ところで、一つお聞きしたいんですがね。この紋章に、見覚えはありませんか?」
ザインは懐から、あの金属片を取り出して見せた。
老貴族は、その紋章を一目見るなり、顔色を変えた。
「こ、これは……! まさか…! これは、我が国の紋章ではありませぬぞ! これは、隣国…帝国の、それも王族に連なる大貴族のみが使うことを許された、『黒鷲』の紋章じゃ…!」
帝国。その言葉に、ザインの背筋を冷たいものが走った。
この事件は、単なる秘宝探しではない。国家レベルの陰謀が、その背後で渦巻いているのだ。
ウィルは五十四さんをイメージに六番化してキャラ構築してます
ウィルなのに五十四、しかも六番 混乱しますね
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも『面白い』『続きが読みたい』と思っていただけましたら、↓の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!




