第四章 妖術師の申し出と、隠された牙
ご都合主義、独自設定が多々あります。ゆるい気持ちでお楽しみください。
アイラが事務所を去った後、ザインは一人、深く息を吐いた。彼女が残していった、気品がありながらもどこか危険な花の香りが、まだ部屋に漂っている。
「…とんでもねえ女だな」
「あんたの周りには、そういうのしか集まらないのよ」
カウンターの奥から、エルマが呆れたように言った。
ザインは頭をガシガシとかき、思考を整理しようとした。何かを隠して進めていた相棒。その相棒の、さらに裏がありそうなパートナー。消えた依頼人。そして、正体不明の紋章。パズルのピースは増えるばかりで、全体像は一向に見えてこない。
その時、事務所の扉についている古びたベルが、チリン、と乾いた音を立てた。
エルマが顔を出すと、そこには場違いなほど優雅な、絹のローブをまとった顔の堀が深い男が立っていた。甘い香水の匂いが、事務所の淀んだ空気を侵食する。
「…また変なのが来たわよ」
エルマの囁き声と同時に、男はザインの前に進み出ると、芝居がかった仕草で一礼した。
「これはこれは。あなたが、腕利きと噂のザイン殿ですかな?」
その声は、囁くように柔らかい。
「わたくしはヨエル。“ある紳士”の代理人として、あなたにご依頼したい儀があり、参上いたしました」
ザインは男を値踏みするように見つめながら、三枚目の笑みを浮かべた。
「おっと、こいつはご丁寧に。で、どんなご依頼で? 子猫探しなら、うちの専門外なんだがね」
「ご冗談を」ヨエルはくすりと笑った。「わたくしどもが探しておりますのは、先日、とある場所から“失われた”、一つの宝石。その名を『女神の涙』と申します」
その名を聞いた瞬間、ザインの顔から笑みが消えた。
「心当たりがおありのようだ」ヨエルは満足げに目を細めた。「単刀直入に申し上げましょう。その宝石の在処を、教えていただきたい。成功なされば、報酬として金貨百枚をお約束いたしますぞ」
「金貨百枚!?」エルマが素っ頓狂な声を上げる。
「生憎だが、俺は何も知らねえな」ザインはそっぽを向いた。
「おや、そうですかな?」ヨエルは杖の先で床を軽く叩いた。「あなたの相棒、アステリア殿は、その宝石を追っている最中に襲われた。そう聞いておりますが?」
ヨエルの言葉には、隠しきれない脅迫の響きがあった。ザインがさらに問い詰めようとした、その時。
ヨエルの指にはめられた指輪が、鋭い魔力の光を放った。無詠唱魔術。ザインの耳元を、見えない風の刃が通り過ぎ、背後の壁に突き刺さって木屑を弾き飛ばした。
「お喋りは、どうやらお好きではないようだ」ヨエルは楽しそうに言った。「ならば、力づくで結構。このギルドを隅々まで調べさせていただきます」
ザインは、わざとらしく両手を挙げて降参のポーズをとった。
「わ、わかった! 降参だ! 好きなだけ調べてくれ! だから、命だけは!」
そのあまりに情けない姿に、ヨエルは油断し、勝利を確信した笑みを浮かべた。
その隙を、ザインは見逃さなかった。
彼は降参したと見せかけた姿勢から、床を蹴って弾丸のように前進。元Sランク冒険者の動きは、書斎育ちの妖術師の反応速度を遥かに超えていた。ヨエルが驚愕に目を見開くより早く、ザインの固い拳がその華奢な顎を撃ち抜いていた。短い呻き声を残し、妖術師は糸の切れた人形のように床に崩れ落ちた。
「…エルマ」
ザインは、気絶したヨエルの上に乗り、そのローブの懐を探りながら言った。
「今の、見たか?」
「…ええ」まだ震えているエルマが答える。
「俺の華麗なる逆転劇を」
「あんたの情けない命乞いを、ね」
エルマの容赦ないツッコミに、ザインは「ちぇっ」と舌打ちした。
ザインの手は、ヨエルの懐から一つの物を引きずり出した。それは、羊皮紙でできた招待状。行き先は、王都で最も格式高い宿舎『金獅子の御座』。
そして、その羊皮紙を留める蝋の封印には、一つの紋章が刻まれていた。
それは、昨夜ザインがアステリアの襲撃現場で見つけた、あの金属片に刻まれていた紋章と、寸分違わぬものだった。
「…ビンゴだ」
ザインは、気絶した妖術師を見下ろし、獰猛に笑った。
ようやく、敵の尻尾を掴んだのだ。
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