二十章 呆れた天使と、馬鹿げた始まり
ご都合主義、独自設定が多々あります。ゆるい気持ちでお楽しみください。
季節は移ろい、王都の長く暑い夏は、冷たい秋の雨に洗い流されようとしていた。
ザインの探偵ギルドは、以前と何も変わっていなかった。いや、一つだけ、決定的に変わったことがある。
事務所が、常に騒々しく、そして華やかになったのだ。
「ザイン! あなた、また私の分のプリンを食べたでしょう!」
「あらリリアナ、そんなことで怒るなんて、品がないわよ。それよりザイン、今夜付き合ってほしい舞踏会があるのだけど…」
「二人とも、落ち着きなさい。ザインは今夜、私と新しい魔道具の鑑定に行く約束をしているわ」
「お前らなあ、俺の予定を勝手に…」
ソファに寝転がるザインの周りで、リリアナ、アステリア、そしてアイラが、三者三様の口調で言い争っている。その光景は、もはや日常となっていた。
あの一件以来、リリアナは貴族の身分を捨て(というよりは、半ば勘当される形で)、ザインの事務所に居候するようになった。アステリアは怪我が完治し、以前にも増して奔放に振る舞っている。アイラは、そんなパートナーの側にいるのが一番だと言い、頻繁に事務所を訪れるようになった。
三人の危険な美女たちは、互いに牽制しあい、ザインを巡って火花を散らしながらも、それぞれの能力――リリアナの表社会への影響力、アステリアの裏社会での実力、そしてアイラの知性と鑑定眼――を組み合わせることで、ザインの探偵ギルドを、以前とは比べ物にならない、王都で最も厄介で、最も有能な情報屋集団へと変貌させていた。
「――いい加減にしなさいッ!!」
怒声と共に、事務所の空気が凍りついた。
声の主は、エルマだった。彼女は帳簿をカウンターに叩きつけると、全員を仁王立ちで睨みつけた。
「あんたたちは遊びに来てるんじゃないのよ! 仕事は山積み、経費はかさむ一方! 少しは真面目に働きなさい、この穀潰したち!」
その迫力に、三人の悪女も、そしてザインさえも、思わず背筋を伸ばす。
この奇妙な共同生活において、実質的な権力の頂点に君臨しているのが、誰であるかを示す光景だった。
エルマは、深いため息をつくと、一通の手紙をザインに差し出した。
「ゴードン隊長からよ。非公式の、あんた個人宛の依頼ですって」
ザインが手紙を受け取る。そこには、乱暴な文字で、新たな事件の概要が記されていた。貴族街で発生した、不可解な連続失踪事件。警備隊では手に負えない、複雑な背景があるらしい。
「…おいおい、面倒ごとの匂いしかしねえぜ」
ザインがぼやくと、彼の背後から三人の女たちが、その手紙を覗き込んだ。
「あら、面白そうじゃない」とアステリアが笑う。
「報酬次第ですわね」とリリアナが計算する。
「…この紋章は」とアイラが何かに気づく。
ザインは、自分を取り囲む、美しく、抜け目がなく、そしてどうしようもなく厄介な三人の顔を見回した。そして、その少し後ろで、「また始まった」と頭を抱えている、忠実な助手を見る。
前の相棒が死んだ時、彼は復讐を誓った。
だが、その果てにあったのは、復讐の終わりではなく、こんなにも騒々しく、馬鹿げていて、そして、悪くない日常だった。
「…しゃあねえな」
ザインは、立ち上がると、不敵な笑みを浮かべた。
それは、かつての孤独な復讐者の顔ではなかった。
危険な仲間たちを率いる、悪党たちのリーダーの顔だった。
「エルマ、茶を入れてくれ。一番濃いやつをな」
彼は言った。
「――さて、と。新しい『仕事』の作戦会議を始めようぜ」
追放探偵の長い夜は、終わりを告げた。
そして、一人の男と四人の女たちの、予測不可能な新しい物語が、今、本当に始まろうとしていた。
(了)
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