十五章 集う役者と、裏切りの舞台
ご都合主義、独自設定が多々あります。ゆるい気持ちでお楽しみください。
事務所の古びた階段が、重い足音に軋んだ。
最初に現れたのは、巨漢の“蒐集家”グートマン卿。その存在感は、狭い事務所の空気を圧し潰すようだった。続いて、彼の両脇を固めるように、妖術師ヨエルと女暗殺者ウィルが入ってくる。
そして最後に、二人の屈強な衛兵に両腕を拘束された、ザインが部屋へと押し込まれた。彼の顔には殴られた跡があり、魔力封じの枷がその手首で鈍い光を放っていたが、その瞳の光は少しも衰えてはいなかった。
部屋にいる全員の役者が、これで揃った。
囚われの探偵、ザイン。忠実な助手、エルマ。危険な共犯者、アイラ。そして、このゲームの主催者である、グートマン卿とその配下たち。
「さて、ご婦人方」グートマンは、まるで自室にいるかのように、一番大きな椅子に腰を下ろした。「あなた方の見事な策略に敬意を表し、主役をお連れしましたぞ。これで、私の所有物の返還について、お話ができますな」
その言葉を遮ったのは、囚われているはずのザインだった。彼は、楽しそうに笑った。
「あんたの所有物? そいつは初耳だ。俺が聞いた話じゃ、そいつは帝国の正統性を示す『後継者の証』だってことだったがなあ?」
彼は、アイラが語った真実を、わざとらしく口にした。
「茶番はよせ、グートマン」ザインは続けた。「あんたが欲しいのは『女神の涙』。俺が欲しいのは、俺と、ここにいる女たちの安全と、山分けしても一生遊んで暮らせるだけの金貨だ。話はそれからだろ?」
「待った」
口を挟んだのはヨエルだった。彼はザインをねめつけるように見つめた。
「その前に、この男には貸しがある。先日、私を殴り倒し、私の魔道具を奪った。その屈辱は、晴らさせてもらいますぞ、閣下」
ウィルもまた、無言でナイフを抜き、殺意のこもった視線をザインに向けている。
「ヨエル殿、個人的な恨みは後です」グートマンは、二人を冷ややかに制した。「今は、目の前にある『女神の涙』が最優先。…それから、ザイン殿。あなたの要求には、もう一つ加えなければならんものがある。警備隊への『お土産』ですな」
グートマンは、部屋の隅で成り行きを見守っていたウィルを、顎でしゃくった。
「この娘を、警備隊に引き渡します。波止場の船乗りと、盗賊の頭領を殺したのは、この娘だ、と。そういう筋書きで、どうですかな?」
「――ッ!」
それまで機械のように無表情だったウィルの顔が、初めて驚愕と絶望に歪んだ。
「閣下…! それは、どういう…! 私は、あなたの命令で…!」
「黙れ、ウィル」グートマンはウィルの言葉を冷たく遮ると、ザインに向き直り、まるで講義でもするかのように語り始めた。
「ザイン殿、ご覧なさい。盗賊を殺したのは、この娘。警備隊に差し出す駒として、これほど都合の良いものはない。これが理由の一つ目。最も合理的でしょう?」
彼は、絶望するウィルに侮蔑とも憐憫ともつかぬ視線を向けた。
「それに、ウィルのような純粋な忠誠心は、戦いの最中には美徳ですかな。しかし、事が終わった後の平和な世界では…ただの障害にしかならんのですよ。理想に燃える目は、現実的な統治には邪魔でしてな。これが二つ目。危険な狂信者は、不要なのです」
そして最後に、グートマンはザインの目をじっと見つめ、その口元に歪んだ笑みを浮かべた。
「そして、あなたのような、現実を理解している男なら、この判断の合理性がお分かりでしょう? わたくしが必要としているのは、ウィルのような駒ではない。あなたのような、冷徹なプロなのですよ、ザイン殿。これが三つ目。あなたへの、わたくしからの誠意であり…最後の勧誘です」
「ふざけるな!」
ウィルが絶叫した。彼女は、もはやザインなど見ていない。その殺意は、育ての親であるはずの、主君グートマン、ただ一人に向けられていた。彼女は獣のように床を蹴り、隠し持っていた最後のナイフで、グートマンの喉笛を掻き切ろうと躍りかかった。
だが、その動きはあまりに直線的すぎた。
ヨエルが即座に麻痺の呪文を唱え、ウィルの動きが一瞬、鈍る。その隙を、グートマンは見逃さなかった。彼は巨体に見合わぬ俊敏さで立ち上がると、鉄のような拳を、ウィルの顔面に容赦なく叩き込んだ。
鈍い音と共に、ウィルは床に崩れ落ち、そのまま動かなくなった。
部屋は、再び静寂に包まれた。
グートマン卿は、何事もなかったかのように、自身のガウンの乱れを直した。
「さて」
彼は、目の前の惨劇にも動じないザインに向き直る。
「これで、交渉の邪魔者はいなくなりましたな。話を続けましょうか、ザイン殿」
ザインは、床に転がるウィルを一瞥し、それから目の前の、底知れない悪意の塊のような老人を見つめた。
この男は、本物だ。
ザインは、このゲームで生き残るためには、最後の切り札を切るしかないことを、静かに覚悟した。
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