十四章 籠城の女たちと、最後の交渉
ご都合主義、独自設定が多々あります。ゆるい気持ちでお楽しみください。
事務所の壊れた扉の向こう、闇の中に立っていたのは、警備隊ではなかった。
優雅な扇子で口元を隠す、妖術師ヨエル。そして、その背後に佇む、ナイフを構えた女暗殺者ウィル。帝国の二人組だった。
「こんばんは、ご婦人方」
ヨエルは、まるで舞踏会にでも来たかのように、しなやかに一礼した。
「先ほどは、波止場で見事な逃げ足でしたな。…さて、あなたが命懸けでここまで運んできた『それ』を、こちらに渡していただきましょうか」
ウィルは音もなく事務所に滑り込み、アイラとエルマの退路を断つ。その目は、獲物を前にした蛇のように、冷たく二人を射抜いていた。
絶体絶命の状況。しかし、アイラの表情から冷静さは失われなかった。彼女は、矢面に立つようにエルマの前に進み出ると、不敵な笑みを浮かべてみせた。
「ええ、お待ちしておりましたわ、帝国の皆さん」
その予想外の言葉に、ヨエルの眉がわずかに動いた。
アイラは、相手の動揺を見逃さずに続ける。
「箱は、確かにここにあります。でも、残念ながら、すぐにお渡しすることはできないの」
「ほう?」
「あの箱には、このギルドの創設者だけが知る、古代の魔法罠が仕掛けてあるのよ」アイラは、よどみなく嘘をついた。「無理にこじ開ければ、中身は塵になって消える。解除できるのは、ザインただ一人。彼をここに連れてきなさい。そうすれば、交渉に応じてあげる」
「その通りよ!」
エルマが、アイラの嘘に即座に同調する。「あれは、Sランク冒険者が使う秘匿用の魔道具なのよ! あんたみたいな魔術師でも、絶対に開けられないわ!」
二人の女の、あまりに息の合った迫真の演技に、ヨエルは沈黙した。秘宝を前にして、破壊されるリスクを冒すことはできない。
「…なるほど。面白い手を考えましたな」
ヨエルは懐から、通信用の魔晶石を取り出すと、主君であるグートマン卿に連絡を取り始めた。
「…はい、閣下。…ええ、女たちが。…ですが、厄介なことに、箱には魔法罠が。…はい、ザインを連れてこいと。…ええ、わたくしも、ハッタリのようには思えませぬ。…承知いたしました」
通信を終えたヨエルは、魔晶石を懐にしまうと、アイラとエルマに向き直った。
その顔には、先ほどまでの余裕の笑みとは違う、冷たい、爬虫類のような微笑が浮かんでいた。
「我が主君は、あなた方の提案をお受けになりました」
彼は言った。
「どうやら、我が主君も、最後の舞台には役者が全員揃っていた方がお好みのようだ。…あなた方が会いたがっている探偵殿も、間もなくここへ到着するでしょう。せいぜい、それまでお茶でも楽しむことですな」
ヨエルは、事務所の椅子に腰を下ろすと、まるで主人のように寛ぎ始めた。ウィルは、扉の前に立ち、二人の女を監視する。
もはや、逃げ場はない。
アイラとエルマは、自分たちの機転が、かえって最悪の状況を招いてしまったことを悟った。
彼女たちは、自らの手で、この狭い事務所を、悪魔たちとの最後の交渉の舞台へと変えてしまったのだ。
静寂の中、三つの勢力が、最後の役者――ザイン――の到着を待っていた。
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