7 惹かれあう運命
「…アン様…ユアン様、時間ですよ?」
体を揺らされ、ユアンは心地良い眠りから目を覚ました。
「…あぁ、セロン…」
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「…夢を見ていた…とても懐かしい夢を…」
「それはまたどのような夢で?」
「オレが赤ん坊を抱いている夢だ…」
そう言われ、セロンは 〝あぁ〟 と頷いた。
「セス様ですね?」
三歳下の弟、セスのことだと確認したのだが…。
「いや…全くの他人だ」
「……………?」
「憶えているか? オレが初めて街に出た時の事。母上は前日から熱を出したセスの看病に付きっきりで、父上は公務が忙しくて殆ど顔を合わせていなかった」
そう説明され、セロンはその時の事を思い出した。
「確かユアン様の…六歳の誕生日でしたね」
「あぁ。今なら何とも思わないことだが、その頃はまだガキだったからな。誕生日だというのに誰にも構ってもらえなくて拗ねていたのだ」
「拗ねていたというには可愛すぎますよ、あの時は。みんな自分の事は忘れているんだと、慰めにくる大人たちに、部屋中の物を投げつけていたのですから」
「はは…そうだったな」
「唯一傍にいた私も見ているしかできなくて…でもあの時は、幼心にユアン様の気持ちが痛いほど分かりましたから、止めようという気も起きなかったというのが正直な気持ちでしたけれど」
「オレの気持ちを分かってくれるのはお前と、あの頃オレの側近だったお前の父親だけだったからな。あれでも父親のレイモンドだけには当たらないようにしていたんだぞ?」
「えぇ、もちろんそれは父も分かっていましたよ。だからこそ、以前から街に出たいと言っていたユアン様をお連れしたのです」
「まさか父上に内緒だとは知らなかったがな」
「バレた時の覚悟はしていたそうですが、いいのか悪いのか最後まで気付かれなくて…父も心の中ではホッと胸を撫で下ろしていました」
「そうか…レイモンドにも無理をさせたな」
「あぁ、いえ…そんなことは…。──それより、赤ん坊というのは…なかなか泣き止まなかった赤ん坊のことですね?」
「あ、あぁ…そうだ。ふと赤ん坊の泣き声が聞こえて…それがなぜかオレを呼んでるような気がしてな…その声に導かれるように赤ん坊の所にいけば、オレの顔を見た途端泣き止んだ」
「母親も驚いていましたよ。何をやっても泣き止まなかったのに…って」
「そう言われて何だか嬉しくなって抱かせてもらったら…次の時にはもうオレを見て笑っていた。それがあまりにも可愛くて愛しくて…思わず言ったのだ、〝この子が欲しい〟 って。そしたらお前に言われたよな。〝人間の子供は犬や猫とは違いますよ〟 って。分かってはいたが、家に帰ってからも暫くはあの赤ん坊の事が忘れられなかった…」
「毎日のように噴水の前で祈ってましたよね?」
その一言に、ユアンは驚いた
「セ…ロン…お前、知っていたのか?」
「夜中、何度か部屋を抜け出す音が聞こえたので……」
「…はは…そうか…。知られてたのなら、願い事が叶わぬのも当たり前だな…」
「そうでもないと思いますよ」
「……………?」
「私が願っていた事は誰にも知られていませんでしたから」
どういうことだ…と聞き返そうとしたユアンより早く、セロンが続けた。
「ユアン様の願い事が叶うよう、私も祈っていたのです」
「……………!」
「そしてその願いは、叶いつつあります」
「セロン…?」
「あなた方はお互いを必要とする存在だった…だからこそあの時から惹かれあう運命だったのだと私は思います。──ユアン様、欲しいものは案外近くにあったりするものですよ」
その言葉を飲み込む僅かな間があってから、ユアンは驚きの目をセロンに向けた。
「ま…さか……セロン…!?」
「あとは、アルの気持ち次第です」
「────!!」
その瞬間、ユアンの中に様々な感情が湧き上がってきた。時を越えた懐かしさや、愛しさ、惹かれあう理由、あの赤ん坊がアルであった喜び……尚更、ユアンは一秒たりとも離れていたくないと思うようになっていた。
「感謝するぞ、セロン」
「いえ、私は何も。母親がシェフ募集に推薦応募して、私も彼だと知ったのです。全てはそうなる運命だったのですよ」
「……そう、だな」
「はい。それからユアン様、今回の公務の事ですが──」
「あぁ、そうだセロン」
ユアンはふと何かを思い出し、セロンの言葉を遮って続けた。
「お前はここに残ってアルを見てやってくれないか?」
「ユアン様…?」
「オレがあいつに目を掛けていることを、よく思ってないヤツがいるだろう?」
「気付いておられましたか…」
「あぁ。〝これ以上特別扱いされたら…〟 というあいつの言葉でピンときた。本当ならこの三日間の泊まり公務を取りやめて、オレが傍にいたいのだが…立場上、叶わぬ事だからな…。頼まれてくれるか?」
「もちろんです。実は私も今、同じ事を考えておりました」
昨日の夜、今回の泊まり公務により夕食はいらないと伝えるつもりだったセロンだが、アルに対しよく思ってない輩の会話を聞いて、ここに残ることを決めたのだ。
セロンのその言葉に、ユアンは 〝そうか〟 と頷いた。
「では頼んだぞ、セロン。オレもできるだけ早く帰ってくる」
そう言うと、一分でも早く公務を終えて帰ってこられるよう、ユアンは身支度を整え出掛けて行ったのだった。