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4 驚きの味見 ※

 時刻は夜の十一時を回ったところ。

 アルは、見慣れつつある光景を眺めながら男の第一声を待っていた。

 ひとくち食べて言う時もあれば、食べ終わってから言う時もあり、それを聞くまではどうも男から目が離せない。──とはいえ、〝どうなんだよ?〟 と急かした所で答えてくれない事は、最初の何日かで分かったため、敢えて聞かないことにしているのだが。

(今日は最後かもな…いや、ひょっとしたら今日こそ無言で終わるかも…)

 食べている時の表情からそう予想したアルは、仕方なく椅子に腰掛け男が食べ終わるのを待つことにした。

(──っていうか、今日は料理の感想はどうでもいいか…)

 そう思うのは心配事が募っていたからで、アルはその原因を探ろうと男と交わした会話を振り返り始めた。



 王家に来て二日目のこと──

「よっしゃぁ、これで明日の準備も完了~。とっとと風呂入って寝──ょわぁっ!」

 部屋に戻ろうと振り向いたところで、昨日と同様、厨房の入り口にあの男が立っていたから驚いた。それとは対照的に落ち着いていたのは男──ユアン──のほうだった。

「よく驚くな、お前は?」

「よくって…あ、あんたが急に現れるからだろ!?」

「昨日はともかく、今日の事はちゃんと言っておいたはずだが?」

「そ、そりゃ… 〝明日また来る〟 とは言ったけどよ…」

「なら、驚く必要はないだろ?」

 そう言うと、ユアンは何も言い返せないアルを横目に昨日と同じ場所に座った。

「さて、今日は何のまかない料理だ?」

「え…い、今から食うのか?」

「当たり前だ。それ以外、この厨房に何の用がある?」

「いやまぁ…そう言われりゃそうなんだけどよ…」

「ひょっとして、何もないというのではないだろうな?」

「そ、そんなことはねーけど…」

「なら、早く出してくれ。オレは今日のこの時間を楽しみにしていたんだ」

 その言葉自体はウソに聞こえる。一流の食材で作った料理が出される中で、誰が好んでまかない料理を食べたがるのか。けれど、ユアンの表情は本当に楽しみにしているように見えた。

(まぁ…物珍しいだけかもな…)

 そう思いはしても、自分の料理を楽しみにしていたのだとしたら、それはそれで嬉しいもの。アルはその気持ちを見える形で表した。その出されたものに、ユアンの表情が一瞬固まる。

(お…大盛り…。まぁ、分かりやすい性格ではあるがな…)

 数時間経っているとはいえ、夕食後のユアンにその量は厳しかったが、素直に反応したアルの気持ちに応え全て平らげたのだった。

「どうだった?」

 嬉しそうな顔で尋ねられ、ユアンは両方の意味を込めて答えることにした。

「あぁ、気に入った」

 ──と。

 もちろん、翌日から夕食の量を減らすよう命じたのは言うまでもないが…。


 王家に来て三日目──

「今日は少し早めに来たぞ、アル」

「な、なんで俺の名前を…」

「新人なんてものは、どこにいても話題に上るものだ。特に最初のうちはな」

「ふ~ん…」

「それより、オレにも名前があるんだがな?」

「あぁ~、そりゃあるよな」

「聞きたいとは思わないのか?」

「別に…」

「何故だ?」

「だって、どうせ俺すぐ出ていくからよ。ここにいるやつの名前覚えたってしょうがねーもん」

「出て行くって…自分の意思だけでは許されんぞ?」

「おぅ。だから追い出されるんだ」

「追い出される?」

「そっ。お偉いさんに暴言でも吐いて、追い出される計画。ま、そう簡単にそういうお偉いさんには出会えねーんだけどな」

「追い出されるだけで済めばいいけどな」

「え…それってどういう意味だよ?」

「相手によっては殺されるかも知れないって事だ」

「──っ!!」

 思ってもみなかったことだが、言われてみればその可能性もあるわけで…アルは今更ながらその計画の恐ろしさに血の気が引いた。そんなアルを見て、ユアンの心臓がチクリと痛んだ。

(出て行かせないためとはいえ、殺される…とは少し言い過ぎたか…)

 できるなら 〝あぁ、悪かった…冗談だ〟 と抱き締めてやりたかったが、それはまだ早すぎるだろう。

 ユアンはその想いを押し込め、少し話を戻した。

「出て行ってどうするつもりなんだ?」

「え…? あ…ぁ、そりゃ決まってんだろ、家に帰るんだよ」

「なんだ、家が恋しくなったのか」

「別にそういうんじゃなくて……俺は元々ここに来るつもりはなかったんだ。親が勝手にシェフ募集に応募して、知らぬ間に採用試験まで受けてて…ンで気が付いたら合格してここに連れてこられただけだからよ」

「…なるほど。だが、親は親なりにお前の事を考えて応募したんじゃないのか?」

「そうかもしんねーけど…俺の親は一人なんだぞ。父親は数年前に亡くなって、俺と母親の二人であの店やってたんだ…。けど、その母親も体が弱くて…早く帰ってやらねーといつ倒れるか…」

「……………」

(…そうだったのか。セロンのやつ、そんなことは一言も……あぁ、まぁいい。どういうことかは明日じっくり聞かせてもらおうではないか)

 自分に内緒にしていたことに腹を立てながらも、翌日セロンから事情を聞けば、怒りはどこへやら、それ以上にアルを守ってやりたいという気持ちが強く湧いてきたのだった。


 王家に来て四日目──

「来たぞ、アル」

「来たぞって…俺は別に来てくれって言ってねーんだけど…? ってか、なんでこんな夜にばっか来るんだよ?」

「人目を忍んで逢うというのも雰囲気があっていいではないか」

「何が人目を忍んで逢う…だよ。それは恋人同士の場合だろ。それに、あんたの場合はメシ食いに来てるだけじゃねーか」

「まぁ、そう言われたら言い返す言葉もないが、オレはそれだけでもないんだがな」

「はぁ?」

「いや、そのうち分かるさ」

「………?」


 王家に来て五日目──

 その日は一時間ほど来るのが遅かった。

「今日は遅かったな。もう来ないと思って寝ようかと思ってたぞ?」

「まぁ、色々とあってな…おいそれと一人では出歩かせてくれないんだ」

「…なん…だよ、監視でもされてんのか?」

「そんなところだ」

「じゃぁ、ひょっとして今も…?」

 アルは思わず声を潜め、厨房の入り口付近に目をやった。

「いいや、今は見ての通り一人だ」

「見ての通りってよ…普通、監視ってのは隠れてしたりするもんだろ…?」

「オレの場合は違う」

「え…あ、そう…なのか…?」

「あぁ」

「ふ~ん、変わってんだな。けどそうすっと、毎日毎日、そいつらの目を盗んでここに来てるってことか…」

「そうでもしないと、この料理にはありつけんからな」

「ちょっ…それってまさか、メシ食わせてもらえてねーのか!?」

「そうでもないが…まぁ、これが命綱ではあるかな」

「……………」

「どうした?」

「いや…まさかあんたが囚われの身だとは思ってなかったからよ…」

(囚われの身…!?)

 何故にそう結論付けたのか…その発想に驚いていると、アルは何かを決めたように 〝よしっ〟 と頷いた。そして、余った食材で手際よく別の料理を作り始めれば、数十分後には栄養バランスの取れた家庭料理が並べられた。

「まかない料理って言っても、次の日の準備段階だからな。これからはキッチリ一人前 作ってやるから、遠慮せずにどーんと食えよ、な?」

「……………」

 勘違いとはいえ、アルが自分の為に作ってくれるという事はとても幸せな事で…けれど同時に、その日からある想いが強く芽生え始めたのだった。



 それは日が経つにつれてユアンの心に切なさと苛立ちを募らせ、アルが王家に来てから半月が経った今日、それは限界に達していた。そんなユアンの変化はアルも気付いていて、相手が喋ってくるまでは待っていようと思っていたのだが、やはりこちらにも限界はやってくる。

 おかしくなったのは一週間くらい前からだよな…とその頃の事を思い出していたが、そうなる原因に心当たりは全く見つけられず…結局、男が食べ終わる前に限界を超えたのはアルの方が先だった。

「なぁ…何かあったのか?」

「……………」

「何かおかしいぞ、あんた?」

「……………」

「俺でよかったら話くらい聞いてやれるのに……。あ、それともそのグラタンがマズかったとか? まぁ…そんなはずはねーと思うけど…でも、そんなにマズイなら無理して食わなくてもいいんだぞ?」

「……………」

「なんならあんたの好きな料理でも作ってやるし…」

 そう言い掛けて、これだと思った。

「よし、そうしようぜ。今からあんたの好きなモン作ってやるよ、な? どうだ? 何が食いたい? 何でもいいぞ?」

 美味しいものは人を幸せにすることを知っているアル故の言葉だった。

「なぁ、言ってみろよ。あんたの好きな──」

「アル…」

 何度目かの 〝あんた〟 という言葉に、ユアンは我慢できなくなってフォークを置いた。

「う…うん、何だ?」

「まだ、オレの名前を聞く気はないのか?」

「は…?」

 それは意外な言葉だった。

「あ…な、何で今そんな…」

「いいから答えろ」

「…いや、だってよ…それは前にも言っただろ? どうせすぐ出て行くから聞く必要はないんだって…」

「ここに来て半月も経っているのにか? いい加減──」

 〝出ていくのは諦めろ。それが母親の望みでもあるんだぞ〟 という言葉が喉のところまで出てきたが、アルの悲しそうな顔を目にして反射的に飲み込んだ。そして慌てて話を戻す。けれど、それはある欲求を満たすための口実に過ぎなかったのだが…。

「…マズくはないが、何か足らん気がするんだがな」

「…………?」

「グラタンだ」

 急に話が戻り、アルもハッとした。

「え…マジで?」

 そんなはずはないだろうと、思わずユアンのフォークを取り上げ一口食べてみる。

「そ、そうか…? マズくないんだったらこれがいつもの味だけどな…」

「では、お前が食べた所とオレが食べた所の味が違うのかもしれんな」

「いや、それはねーって…。グラタンのソースだぞ? 食べた場所で味に違いが出たら、こんなに滑らかになってないってーの」

「なら、試してみようじゃないか?」

 ──と次の瞬間、〝え…?〟 と思った言葉は口に出す事ができず、更には自分の身に何が起こったのかすぐには理解できなかった。それはアルにとって思いも寄らない…いや、人生の中で有り得ない出来事だったからだ。

 いきなり後頭部を掴まれグイッと前に引き寄せられたかと思うと、ユアンの顔が目の前に迫り、何か柔らかいものが唇に触れていたのだ。そしてユアン──男──にキスされていると分かったのは、熱く弾力のあるものが口の中に押し込まれ、自分の舌に絡みついてきたからだった。

挿絵(By みてみん)

「──ッ!」

 慌てて突き飛ばそうと両手を胸に押し当てたが、後頭部にかかった手は緩むどころか更に力強く引き寄せられ、押しやろうとした手まで掴まれてしまった…!

「………ッ…ッ!!」

 驚きのあまり、アルは息をする事さえ忘れていた。苦しくなって唇を離そうともがくが、その都度、ユアンの手と唇にその動きを封じ込まれてしまう。

(は…なせ…このヤロ…ォ……)

 あまりの苦しさに抵抗すらできなくなったからか、そう心の中で呟いた直後、ようやくユアンの唇が離れた。

「…くはっ…はぁ…はぁ…はぁ…!」

 口を拭い、肩で息をしながら睨みつけてくるアルに、ユアンはまるで料理の味見をした後のように、ペロリと唇を舐めた。

「やはり、お前の方が美味いぞ?」

 それは 〝お前の食べた部分〟 が美味いのか、それとも 〝お前〟 が美味いのか…どちらとも取れるような言い回しだったが、今のアルにはそれを考える余裕などなかった。

「て、てて…てめぇ…いきなり…なな…なに…何すん──」

「いきなり? ちゃんと言っただろう、〝試してみよう〟 と。分かりにくかったか?」

「そ、そそ…そんな問題じゃ……うだぁ~! くそっ…!! もう知らねぇ!!」

 家に帰りたくても帰れない状況と、突然の出来事に涙まで浮かんできて、アルはそう叫ぶと厨房から飛び出していってしまった。

(くっそ…)

 それは自分に向けた言葉だった。ユアンは深い後悔の溜め息を吐き出すと、しばらくはその場で動けないでいた。

(時に、欲求は満たされた途端 後悔に変わる…と言ったのは誰だったか…)

 ユアンは天井を見上げ、そんな言葉を思い出しながらバカな自分にフッと笑った…。

 それからどれくらい経ったのだろうか、やっとの事で部屋に戻ってくると、隣の部屋に続くドアが開いてセロンが入ってきた。

 ユアンを見て何かあったというのは一目瞭然で、セロンの顔が緊張する。

「どうされました、ユアン様?」

 セロンの呼びかけも聞こえないのか、ユアンは自己嫌悪に陥った重い体をソファに投げ込んだ。

「ユ──」

「泣かしてしまった…」

「────!?」

 それは独り言のようにも聞こえたが、どちらかというと教会で懺悔する口調に近かった。

「…強引に奪っちまったんだ…あいつの唇…」

「ユアン様それは──」

「あぁ、分かっている…分かってるんだ、早すぎたというのは…。だが、どうしようもなかった…」

「ユアン様…」

(まさか、名前を呼んで欲しいという想いだけでここまで心乱され、止められなくなっていたとはな…。だが、これでハッキリした。オレは本気だ…。本気であいつが欲しい…アルの全てが欲しくてたまらないんだ…)

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