13 決断の時 ※
ユアンが皆の前で愛の宣言をしてから約三週間、アルの体もすっかり癒え今ではもう自分の部屋に戻っていた。
セロンに言われたからか、部屋に戻るタイミングを失いズルズルと三週間もユアンの部屋で過ごしていたが、もうそろそろ仕事に戻れそう…という話をキッカケに、数日前から自分の部屋に戻ったのだ。なのに今度は、宣言した事で堂々とユアンがアルの部屋に来るようになった。
(部屋が狭くなったぶん、なんか居づらいじゃねーか…。しかも、セロンは一緒にこねーしよ…)
居づらさの理由は考えなくとも分かっている。分かってはいるが、アルは敢えて考えないようにしていた。
「なぁ…もう戻って寝たほうがいいんじゃねーか?」
時刻は二十三時を回ったところ。
明日はユアンの公務があり、アル自身も久々の仕事に戻るため、そう切り出したのだが…。
紅茶のカップを片付けようと伸ばした手は、ベッドで横になっていたユアンにスッと持っていかれた。
「なん──」
「アル、いい加減 本気で考えろ」
「は…な、何がだよ?」
「決まっている、オレのものになるかどうか、だ」
「ばっ…何 言ってんだよ!? …ってか、ならねーって!」
突然の言葉にアルはバッと手を振り払った。
「なぜだ?」
「なぜって…決まってんだろ、俺は男でユアンも──」
「それは関係ないと、前にも言っただろう?」
「か、関係ないのはユアンだけで、俺には関係あるんだよ。っつーか普通、関係あるだろ!?」
「そうか?」
「そうかって……」
「好きになれば歳の差なんて関係ないと言うではないか」
「歳の差と性別を一緒にすんなっ」
「ならばどうすればいい?」
「どうって…」
「どうすれば考えてくれるのだ」
「だから──」
「相手が誰であれ、お前は本気で考えて答える義務があるはずだ。お前の事を本気で愛していると言った者に対してはな、違うか?」
「……………!」
「言っておくが、オレは本気だぞ」
「────!!」
それはもう、適当に反発しながらあしらえる状況ではなかった。出来るだけ二人きりになることを避けていたのは、いつかこの日が来ると思ったからだ。
敢えて考えないようにしていたことを、考えなければいけない時期にきたということだろうか。
(よりによってなんで今日なんだよ…? 明日から仕事に戻って今まで通りになると思ってたのに………ってか黙れよ、この心臓!)
アルは騒がしくなる胸の辺りをギュッと押さえつけた。
「アル」
「…………ッ」
名前を呼ばれ、更に強く胸が打ちつける。
〝認めてしまいなさい〟
激しくなる鼓動に混じり、セロンの言葉が脳裏をよぎった。
(ち…がう……これはそんなんじゃねぇ! 焦ってるだけだ…答えを急かされ焦ってるだけだ……)
アルは必死でそう自分に言い聞かせた。そんな時、再びユアンの声が聞こえた。
「アル、オレを見ろ」
ユアンは背けているアルの顔に手を添え、自分の方に向かせた。その途端、またアルの心臓が激しくなった。あまりの激しさに痛みすら感じるほどだ。
「ア──」
「捨てて…みろよ」
「なに…?」
アルはその激しさに我慢できなくなり、気付けばそんな事を口にしていた。
「全部 捨ててみろよ…ユアンの地位や名誉や金も全部……全部捨ててみろよ! それができたら考えてやる。けど、それはあくまでも考えるだけだ。捨てたら絶対にユアンのものになるっていう保障はねーからな!!」
そう言った瞬間、アルはユアンの顔を見てハッとした。さっきよりずっと真剣で、怒っているようにさえ見えたからだ。いや、実際怒っているのかもしれない。
次期国王という地位を捨てることなどできるわけがない。全てを捨てるという事は王家の人間でいられなくなるという事だからだ。
不可能な事を条件にあげるとは…それほど考えたくない事なのか。そしてそれ以上に卑怯なヤツだと思えば、腹を立てて当然の事だろう。
少し言い過ぎたかな…と思った矢先──
「本気か?」
「え…?」
ユアンがアルの目を見て改めて確かめた。
「今のは本気でそう言ったのか?」
「あ……」
言い過ぎたかも…と思っても、時既に遅し。一瞬言いよどんだが、
「あ、あぁ…本気だ」
戻れないその言葉を繰り返してしまった。それを聞いたユアンは、やはり怒ってしまったのか、何も言わず部屋を出て行ってしまった。
(ユアン…)
何でそこまで言ってしまったのか…。
後悔する反面、これで諦めてくれたかも…と、ある意味ホッとしたアル。けれどなぜか、心の中にあった大事なものを失くしたようで、言葉では言い表せない 〝寒さ〟 みたいなものを感じているのも、また事実だった。
翌日から、アルの生活にユアンの姿はなくなった。
公務から帰ってきたその日の夜からユアンが来なくなったのはもちろん、夕食さえアルが王家に来る前の状態に戻ったのだ。つまり、ユアンたちの夕食をアルが作らなくてよくなったということだ。もちろんきちんと夕食は摂っているため、アルの手間が省けただけで何ら心配するような事はないのだが。
以前より早く仕事が終わり部屋に戻るようになったアルは、この二週間ほどの間、同じような時間を過ごしていた。
何もせずベッドに横になっていたり、時折本を読んでみたり、お風呂もいつもの二倍の時間をかけて入ってみたり…。自分の時間を自分の好きなように使っているにも拘らず、その時間が苦痛でしょうがないのは、時間を過ごすというより必死で潰していたからだろう。
ユアンに会うこともなければ話をすることもない。二人きりにならないだろうか…とか、迫られた時に騒がしくなる胸の鼓動を必死で否定したり…とか、そんなことを考える必要は全くないのだ。故に清々した気分でいられるはずなのに、部屋に戻って考えてしまうのはユアンの事ばかりで…そんな自分に気付いては苛立ちと自己嫌悪を繰り返していた。何度となくその考えを振り払い、敢えてやることを見つけ動きだしても、しばらくするとまた頭の中はユアンの事で一杯になってしまうのだ。
(ぜってぇ、あれだ……最後の会話があまりにも後味悪かったからだ…。じゃなきゃ、こんなに気になるはずねーし…気分が晴れないのもそのせいだ…)
苛立ちや晴れない気分が日々募っていく中、アルは必死でそう自分に言い聞かせていた。
考えてみればこれが普通の生活。新人の、しかも一般庶民だったアルが、次期国王やその側近と親しく話していたほうがおかしい事なのだ。
アルは、今までの事は全部忘れてしまおう…と何度も心の中で繰り返した。
なのに──
そう思えば思うほど、夜中に初めて会った時の事からついこの間の事まで鮮明に蘇ってくる。
(…くっそ…なんで忘れられねーんだよ…なんでこんなにも気になるんだよ……!?)
仕事にも影響が出そうなほど、苛立ちは苦しさに変わっていった。
食品保管庫での一件以来アルの事を気にかけていたグラントは、そんなアルにしばらく休むよう指示した。実際何があったかは分からないが、ユアンの夕食を作らなくていいと言われただけで、事の重大さは分かるほどだ。ただ、アルの苛立ちや落ち込みが日々激しくなり、そこに食欲不振と寝不足まで加われば、仕事云々よりも見ていられなくなった…というのが正直なところだろう。
一方、休暇を与えられたアルは部屋の中で暴れていた。
「…っそぉ! もう…いやだ…! 何でこんなに苦しいんだよ!? 何でこんなに胸が痛いんだ!? なんであいつの事ばっか考えて眠れねーんだよ!? くっそぉ…メシだって…メシだって食わなきゃなんねーのに…喉通らねーし……仕事もろくに手がつかねーなんて……な…んでだよ……なんで…俺がこんな思い………ッ…」
ベッドシーツから何から全部剥がし、部屋に置いてあるもので動かせるものはみんな壁に投げつけた。壊れゆく音を聞くたび何故か胸が痛みを増し、暴れまわっているうちクシャクシャになったシーツに足をとられて転べば、あとはもう、涙がこぼれて止まらなくなってしまった。
「…な…んで…涙…なんか……なん…で……」
(…頼むよ……誰か助けてくれ……誰か……母…さん……セロン……)
自分ではどうしていいか分からず、そう心の中で呼びかけたときだった。いつかの時と同じようにドアがノックされ、直後に聞こえた声に、アルは返事もしないままドアを開けていた。
「セ…ロン…!」
「アル…!?」
ドアが開いたと思いきや泣き顔のアルに飛び込まれ、これにはさすがのセロンも驚いた。とにかく部屋に入ろうと一歩足を踏み入れれば、部屋の中の光景にも驚かされる。
本人が認めないだけで、セロンにはアルの本当の気持ちが分かっていた。故に、ユアンの行動には、認めざるを得ない苦しさが伴うだろうと思っていのだが…。
(まさかここまでとは……)
「アル、とにかく座って話しましょう、いいですね?」
セロンは倒れたソファを起こし、そこにアルを座らせた。
「…セ…ロン…分かんねーよ……何で俺こんな……イライラして…苦しくて……」
「胸が痛い…ですか…」
アルの言葉にセロンが付け足すと、アルは胸を押さえ頷いた。
「…んで…何でこんなに……」
「分かっているはずですよ、アル」
「…分…かんねーよ……分かんねーから──」
「いいえ、分かっているはずです。何よりもここの痛みが訴えているではありませんか」
セロンはそう言って、胸を押さえているアルの手に自分の手を重ねた。そして、今度はハッキリとそれを口にした。
「認めてしまいなさい、アル。ユアン様が好きだというその気持ちを」
「────!!」
「何も恐れる事はありません。ただあなたは自分の気持ちを認めるだけでいいのです。そうすれば、あとはユアン様が全て受け止めてくれます」
「…ぁ…け…ど、俺とユアンは……」
「男同士、ですか?」
無言で頷くアルに、セロンは小さな溜め息を付いた。
「アル…? アルは同性を好きになった人を軽蔑しますか?」
「え…?」
「私が最初に好きになったのはユアン様です」
「── !」
「小さな頃から一緒にいて、相手が女の子だから好きになるとか、男の子だから好きにならない…そんな事を考える間もなくユアン様を好きになったのです。思春期になった私はその想いを押さえる事ができず、ある日、ユアン様の性を目覚めさせてしまいました」
「────!!」
「もちろんそれは一度だけで…ひどく後悔もしましたよ。でもユアン様は仰ってくださいました。〝変だと思わないし、いけない事だとも思わない。人を好きになるのはいいことだし、その気持ちには素直でいていいと思う〟 とね」
「……………」
「アル、私を……そして男性のあなたを好きになったユアン様を軽蔑しますか?」
もし、〝そういう人を好きになりませんか?〟 と聞かれたら、〝なるはずないだろ〟 と答えていただろう。確かにセロンの告白には驚いたが、だからと言って話もしたくないほど嫌いになるとか軽蔑する気持ちは、不思議と出てこなかったのだ。
──いや、きっと幼いユアンの言葉が心の中の何かを取り去ったからだろう。
アルが首を左右に振ると、その反応にセロンはニッコリと微笑んだ。
「だったらもう、自分を許してあげなさい」
「……………!?」
「同性を好きになる人を軽蔑しないのなら、自分のことも軽蔑する必要はないでしょう?」
「──── !」
「嫌いになる必要も、責める必要もないのです。さぁ、アル。人を好きになったその気持ちを認め、その想いに素直に従いなさい」
「────ッ!!」
言葉と共にセロンの手が頬に触れれば、それまでアルの心を縛り付けていたものが解けるように、苦しみや痛みがなくなっていった。と同時に、僅かに止まっていた涙が見る見るうちに溢れ出てきた。それは今までとは全く違う涙だ。
セロンはアルをそっと引き寄せると、泣き崩れるアルの背中を優しくさすった。
「…ぁ…あぁ…お、俺……俺は…ユ…ユアンの事が好き…だ……」
それまで決して言葉にしなかった事を口に出してみれば、改めてその想いが本当の気持ちだと実感し更に涙が溢れ出す。
「…す…きだ…俺はユアンが……好きなんだ……俺は…ユアンが……」
「えぇ…えぇ、分かっていますよ、アル」
何度も繰り返すアルをセロンはギュッと抱き締めた。
(ユアン様…今すぐこの言葉を聞かせてさし上げたいです…)
そう思いながら…。
しばらくして気持ちが落ち着いてくると、アルは現実を思い出しハッとした。
「…あ…セロン……俺…バカな事しちまった……」
「え…?」
「やっと気付いたのに…やっと認める事ができたのに……遅かった……」
「…どうしてですか?」
「知ってんだろ? 俺…ユアンにひどいこと言っちまったからよ……だから…メシも作らせてくれなくなったし…ここにも来なくなったんだ…」
「ひどい事って…何を言ったのです?」
聞き返したセロンの目は嘘を言っている目ではなく、意外な反応にアルは少々驚いた。
「知らねー…のか…?」
「えぇ。突然 公務に専念し始めて、アルにも会わないと言い出したので何かあったのだろうとは思ってましたが……」
(俺にも会わない…? って事はやっぱすっげー怒って……俺に愛想も尽きたんだ……)
「アル? いったい、何があったのですか?」
「あ……全部捨てたら…って言ったんだ…」
「え…?」
「…地位も名誉も金も…全部捨てたらユアンのものになるかどうか本気で考えるって……考えるだけなのに……絶対できねーこと条件にしたから…だから……ユアン怒って……お、俺…ユアンに嫌われちまったんだ……」
言っているうちに、またアルの目から涙が溢れてきた。その一方で、
(そういう事でしたか、ユアン様……)
セロンはユアンの行動を理解する事ができ、ホッとした笑みを漏らしていた。
「アル、よく聞いてください。いつになるか分かりませんが、ユアン様はもう一度あなたに会いにきます。その時に伝えなさい、あなたの本当の気持ちを。おそらく、それが最後のチャンスです」
「最後の…チャンス…?」
「えぇ」
「…ぁ…け、けど…こなかったら…?」
「いいえ、必ずきますよ。それは私が保証します」
「……………」
セロンの自信がどこからくるものか分からなかったが、信用できるかできないか…と聞かれたら、間違いなく信用できる人物だ。その人物から 〝保障する〟 と言われれば、答えはひとつしかないだろう。
アルが 〝分かった〟 と頷づけば、セロンもその答えに満足し頷いた。
「それより、アル?」
「…うん?」
「ここを片付けましょう」
そう言われ、改めて部屋の中を見渡したアル。
「あ……」
何とも無残な光景は、今のアルにとって異質な世界に見えていた。心を乱していた時は、この状況を何とも思わず、片付いている部屋より物が散乱した部屋の方が相応しいとさえ思えていたのに…。
「…わ、わりぃ…セロン…。俺、いっぱい壊しちまって……」
「えぇ。でも、壊れたものが目に見えるものでよかったですよ」
「…………?」
「形あるものより形ないもの、お金で買えるものより買えないもの……大事なものはいつも気付きにくい場所にありますからね。目に見えないものが壊れるよりは、目に見えるものが壊れたほうがずっとマシだということです」
セロンはそう言ってアルの胸を指差した。そうしてようやく、セロンが何を意味したのかアルも気付いたのだった。
「は…はは…なんか…すげーな、セロンは……」
「だてに年は取っていませんからね」
セロンはそう言ってニッコリと笑った。
ユアンとは二歳、アルに至っては七歳の年齢差がある。セロンの年齢で、〝歳を取っている〟 というのは言い過ぎだが、やはり、七年の人生経験は大きなものなのだろう。事実、セロンの存在や言葉に救われてきたアルは、その言葉に納得するとようやく笑顔を見せ、部屋の片付けに取り掛かったのだった。
〝いつになるか分からない〟
そう言われてはいたが、アルはその日を信じてただひたすらユアンのいない日々を頑張って過ごしていた。
そしてその日は、突然やってきた。
アルが自分の気持ちを認めてから一ヶ月が経とうとしていた夜の事──
ドアがノックされ、返事をする間もなくその扉が開き一人の男性が入ってきた。突然のことに、ベッドで横になっていたアルが飛び起きたが、すぐには声も出ないほどだ。
「…あ…ユ…ユア──」
言いかけた言葉を遮るように、ユアンは無言で一枚の紙をアルの目の前に差し出した。〝なんだよ?〟 と聞く前に、ほぼ反射的にそれを受け取り目を通したアルは、そこに書かれている事に心臓が止まりそうになった。
「…こ…これ──」
「お前の条件はクリアした。これで考えてくれるな?」
そこには、現国王の直筆サイン入りで 〝王位継承権の放棄を了承する〟 という内容のものが書かれていたのだ。
「な、何でこんな……」
どうしてこんな事ができたのか。絶対に不可能だと思っていた事が現実になるとは…。いや、それよりもとんでもないことをさせてしまったという気持ちのほうが強くて、嫌われていなかったという嬉しさなど微塵も出てこない。
「それを手に入れるのに、思ったより時間が掛かってしまった。国王を納得させるだけの理由と、その気持ちが本物だという事を証明せねばならなかったからな。国王でさえ手を焼いていた仕事を成功させれば…という条件で公務に専念したのだ。それが思っていたより難儀なもので…思った以上に時間がかってしまったのだ」
「…バ…バッカじゃねーのか…そんな事までして……」
「それは、〝オレが〟 という意味か? それとも 〝恋した男〟 がする行動という、一般的なものか?」
「ど、どっちでも同じだろ?」
「そうか? ならば、答えも同じだな」
「は…?」
「人は一生のうちに一度だけ、全てを捨ててでも手に入れたいものがあるという。オレにとってはそれが、お前だったというだけだ。それがバカな事か?」
「そ、そりゃそうだろ? 全てを捨ててって…ユアンは次期国王なんだぞ!? 国の頂点に立つ者が、恋ごときでその座を捨てるなんて──」
「それだけの価値はある」
「…………!?」
「オレの全てを捨ててでも、お前を手に入れる価値があるんだ」
「…け、けど…俺は…考えるって言っただけで……」
「あぁ、分かっている。だから考えろ。本気で考えてくれるなら、どんな結果であろうと構わん。少なくとも、全てを捨ててでも手に入れたいものが見つかった今のオレは幸せだ」
「────!!」
「好きなだけ考えろ。そして答えが出たらセロンを通せ」
「な…何でセロンに──」
「王家の人間でなくなった以上、ここにはいられないからな。近いうちにここを出て行くのだ」
「────ッ!!」
「住む場所が見つかったらセロンに連絡先を教えておく。いい返事なら直接 会いにきてくれ」
そう言うと、ユアンはクルリと背を向けて歩き出した。
〝最後のチャンスですよ〟
途端にセロンの言葉が思い浮かんだ。
「…あ…や、やめた…」
思わずそう言ったのは、ユアンがドアに手を掛けた時だった。思わぬ言葉にユアンが振り向く。
「もう、考えんのやめた!」
「なに?」
「あれからもうすぐ二ヶ月が経つんだぞ…考えるたって、今更なに考えるんだよ…」
「つまり…その気がなくなった…とでも言うのか…?」
「その気がなくなったってゆーか……もう、考えたくねーんだ……考える必要もねーし……」
「どういう…ことだ…?」
最悪の結果が頭をよぎり、ユアンの表情が青ざめていく。
「アル──」
「嫌なんだ、もう……ユアンに会えない日は……会えずにユアンのことばっか考えなきゃなんねーのは……」
アルの言葉にユアンがハッとした。
「ア…ル…まさか……」
「…あぁ、好きだよ……俺はユアンの事が好きだ…」
「────!!」
「ユアンがこの部屋を出てってから何か俺おかしくてよ…ユアンの事ばっか考えて…考えないようにしててもいつの間にかユアンが頭ん中に出てくるんだ…。メシもまともに食えねーし、夜も全然眠れねーし……ココントコが苦しくて痛くて…それが日に日に激しくなるんだ…。もう、死んだ方がマシだって思ったくらいなんだぞ…。部屋のものもいっぱい壊したし…そんな時セロンが来てくれてよ……話してるうちにやっと気付いたんだ、ユアンの事が好きだって……」
「アル…」
「気付いたってゆーよりは、やっと自分の気持ちを認める事ができたんだけどな…。それでセロンが言ったんだ。もう一回、ユアンは必ず俺に会いにくるからって……だから俺…その日をずっと待ってた…俺の気持ちをちゃんと伝えなきゃって…そう思ったからよ…。それが…こんなに時間掛かりやがって……──ッ!」
ユアンの手が頬に伸びたと思ったら、あっという間にアルの長い告白はユアンの舌に絡めとられていた。
優しく、それでいてとても熱く深い愛情の口付けだった。
「やっと…手に入れた…」
ふっと唇が離れた瞬間、ユアンがアルを見つめそう言った。
ユアンに自分の想いを伝えられた事、ユアンに触れられている事、声が聞けること、顔を見ていられること、口付けを交わしたこと……その全てがアルには嬉しくて幸せなことだった。
(…もう、ぜってー離れたくねぇ…)
アルは自分の気持ちに素直に従い、ユアンに抱きついた。
「これからは、俺が全部メシ作ってやるからな…」
「あぁ」
「ナッツはどんな事情があっても食うなよ…」
その言葉に、ユアンはフッと笑ないがらも 〝分かった〟 と答えた。
「俺以外…見んじゃねーぞ…」
「望むなら視力を失ってもいい。そうすればお前だけを感じていられるからな」
「ば…か…」
「バカ…か。知っているか、アル。お前の 〝バカ〟 はオレにとって最高の褒め言葉だぞ?」
「………ほんっと、バカじゃねーの?」
「ははは…全てはお前がそうさせるのだ」
本気か否か…その言葉にアルが再び小さな声で 〝バカ〟 と繰り返せば、ユアンもまた面白そうに肩を揺らした。
「…他は? 他に望みはないのか?」
「…い…一生……」
「一生…?」
「俺を手放すんじゃねーぞ…」
「あぁ、当然だ。こんなにも苦労して手に入れたのだ。誰が手放すものか」
ユアンは更にアルを強く抱き締めた。
「ユアン…」
「うん…?」
アルは大きく息を吸うと、この一ヶ月の間に変化した今の気持ちを口にした。
「…愛…してる…」
「あぁ…オレは、その何倍もお前を愛しているぞ」
そんな言葉と共に再び熱い口付けを交わせば、体の奥深くから湧き上がる熱を抑えることは不可能で……二人はその想いに素直に従った。
惹かれあう運命は、既に生まれた時に決まっていたのかもしれない。
全てはこうなる為に起こった過去の出来事なら、今はもうそれさえも愛しく思えてしまう。
互いの肌に触れるたび溢れる愛情を、二人は余すことなく相手に与え続けたのだった。