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12 おまじない ※

 アルは夢を見ていた。

 目を開けているのかどうかさえ分からない闇の中で、一人動けずに立ち尽くしている。そこはとても寒く、思わず身を縮めるようにしてしゃがみ込めば、動かした体に激痛が走った。

(…ってぇ…! 夢ン中くらい痛みは消えとけって…。だいたい、夢は痛みなんか感じないはずだろ…?)

 こんな痛みはコリゴリだ…とウンザリしていると、ふいに自分の名前を呼ばれた気がして、アルは顔を上げた。すると淡い金色の光が体全体を包み込み、それは頬の辺りで手の形に浮かび上がった。両頬を包み込んだその手はとても温かく、その心地良さから自然と目が閉じられてしまう。

 何も見えないこの状況を肌で感じていると、今度は額の辺りに何かが触れた気がした。それは次に瞼に移り、頬、唇の近く、そして体のあちこちに感じるようになった。最初は変な感じだったが、何故か触れられた部分の痛みが消え、それが水の波紋のように広がっていくのを感じると次第に体中の力が抜けていった。

(…すっげぇ……なんかよく分かんねーけど、すっげぇ心地良い……)

 いつまでもこのままでいたい…。

 アルはその心地良さに身を委ね、そう思った。


 それからどれくらい経っただろうか。

 今度は夢の中ではなく、現実の痛みを感じて目を覚ました。──が、目の前は真っ暗で何も見えない。一瞬 夜かと思ったが、手に感じる温もりが太陽の陽射しだと分かり、夜でない事を知った。ならば目が腫れて、開けているつもりでも開いてないのか…とも思うが、痛みを我慢して手で触れると、ようやくその理由が分かった。

(…包帯…か。そりゃ見えねーはずだよな…)

 今の状況が分かれば何ら問題なく、しょうがないと納得の溜め息を吐き出せば、その直後に聞こえた声に驚いた。人がいるとは思っていなかったからだ。

「…目が覚めたか、アル?」

「──!?」

 それは少しホッとしたようなユアンの声だった。

「…んで、ここ…──ッ!?」

 〝何でここにユアンが…?〟

 そう口にしながら起き上がろうとしたアルだったが、体はもちろん口の中まで激痛が走り、起き上がることはおろかそのあとの言葉も続かなかった。

(…ってぇ……)

 痛みで顔を歪ませるアルに、ユアンはそっと頬に手を伸ばした。

「ここはオレの部屋だ。安心して休めばいい」

(ユアンの…部屋…? ──って事はこのベッドは……)

 てっきり自分の部屋だと思っていたアルは、ユアンの部屋だと聞いて改めて掛け布団を触ってみた。

(そういやこの感触……)

「そうだ、オレのベッドだ。分かるか?」

 アルの行動と表情を読み取ったユアンがそう聞けば、アルも素直に頷いた。

 アルがユアンのベッドで目を覚ましたのは、これで三度目だった。

 一度目は噴水の中に飛び込んだ日。二度目は母親が亡くなってここに戻ってきた日だ。どれも意識のないままベッドに寝かされていて、気が付いたら朝になっていたのだ。

 ユアンのベッドで朝まで寝ていた…と気付いた時は驚きも焦りもしたが、眠り心地の良さだけは、もう一度寝てみたいと思うものだった。

 夢の中が心地良かったのはそのせいか…と思っていると、

「アル、すまなかった」

 申し訳なさそうなユアンの声が聞こえた。

「まさかこんなことになるとは…。オレはただお前が作ってくれた事が嬉しくて──」

「…っかやろ…」

 謝るユアンに、アルは痛みを堪えてそう遮った。

「アル…?」

「…メシは…命を繋ぐもので……命を懸けて食うもんじゃねーだろ……死んだら…俺のメシだって食えなくなるんだからな…」

 悪気がないのはセロンから聞いて百も承知。恨むどころか、純粋に食べてあげたいと思ってくれたのは嬉しい事だ。けれどユアンに限らず、そんな事で命を落として欲しくはない。謝るよりもこれから二度とそんな事するんじゃねーぞ、という意味を込めてそう言えば、ユアンもその思いを理解した。

「…あぁ、そうだな。お前の言う通りだ」

「…ん」

挿絵(By みてみん)

 立場逆転。まるで上からモノを言うように 〝ヨシ〟 と頷けば、ようやくユアンから笑みがこぼれた。もちろんアルはその笑みを見れなかったが、フッと笑ったのだけは分かり、ホッとしたのと同時にそれまで我慢していた痛みを思わず 〝はぁぁ~~〟 と吐き出した。

「ひどい痛みだろうな…」

「…ん……」

「痛みをとってやることはできんが、して欲しい事があれば何でも言え。オレはお前の傍にいるからな」

 ユアンはそう言ってアルの頭を撫でた。それはいつかの時と同じで、とても優しく温もりのあるものだった。アルは何度か撫でられていくうち、目が覚めたばかりにも拘らず再び心地良い眠りに誘われていった。

「…俺…も…寝る…」

「あぁ、ゆっくりと休め」

「…ユアンも…な…」

「……………!」

「メシも…ちゃんと食えよ…」

「……………!!」

 色々とあったからか、ユアンの優しさが分かってきたアル。おそらく自分を看病する為まともに休みもせず、食事も摂ってないのだろうと思ったのだ。

 すぐに返事が返ってこなかった為、アルは 〝やっぱな…〟 と思った。それでもややあって、〝あぁ〟 という返事が聞けたから安心したのだが。

 ユアンは 〝おやすみ〟 と、そっとアルの額にキスすると、冷めてしまった食事に手を付け始めた。

 一方アルは、額に感じたその感触にふっと何かを思い出しそうになったが、そのすぐあとに聞こえてきた食器の音に安心して、すぅーっと深い眠りに落ちていったのだった。



 夢の中の心地良い感覚は何度も続いた。痛みを感じるたび、体に何かが触れ次第に痛みが消えていく。その感覚に何度救われたか分からないくらいだ。

 そんな日が何日か続き、ようやく腫れが引き始めたのは地下牢から出て四日目のことだった。視界も半分くらいは戻ってきたため、目の包帯も取ってもらえた。

「…うゎ…すっげー顔……」

 初めて自分の顔を鏡で見て、アルは思わずそう漏らした。

「それでも大分良くなったのですよ。毎日ユアン様が消毒したり、腫れをとる薬を塗ったりして…最初は目も開けられない状態でしたからね」

「もしかして…傷の手当てって全部ユアンがしてくれたのか…?」

「えぇ。起きている時は痛いだろうから…と、あなたが寝ている時に」

「……………」

「驚きましたか?」

「あ…あぁ、それもそうだけど……なんか…同じ夢を何度も見たっていうか感じたっていうか……それと関係あるのかな…って…」

「──というと?」

「いや…なんか…夢の中でも体中が痛くなる時があって……でもしばらくしたらおでこや瞼や色んな所に何かが触れる感じがしてよ…。そしたらこう…水の波紋が広がるように痛みが消えていったんだ。そのあとは何かすっげー心地良くなってさ…」

「あぁ…ではきっと、ユアン様が手当てしている時の夢でしょうね。それと、おまじないだと思います」

「…おまじない?」

「えぇ」

「なんだよ、それ?」

 アルが聞き返すと、セロンはニッコリと微笑んだ。

「ユアン様が帰ってきたら、聞いてみてください」

「セロンが教えてくれればいいじゃねーか」

「いいえ。これは特別なおまじないですから」

 そう言ったセロンの笑みはどこか意味ありげで気になるものだが、もしかしたら王家に伝わる特別なおまじないかも知れない、と思った。ならばたとえ側近でも簡単に教えるわけにはいかないのだろう。聞くなら王家の者から…そう言われているような気がしたアルは、〝しょうがねーな…〟 と渋々頷いたのだった。

(痛みが消えるおまじないなら知って損はねーもんな…)

 それなら絶対に聞き出してやろうとアルは密かに意気込んだ。

「──さぁアル、食事にしましょう」

「あ…あぁ、うん…」

 口の中の傷が痛くて何も食べれなかったアルは、四日間ずっと点滴をしていた。久々の食事は少し冷めたお粥。その方が傷への刺激も少ないだろうという、料理長グラントの優しさだった。

 そんな食事を済ませ、他愛もない会話で時間が過ぎていくと、あっという間にユアンが帰ってくる時刻になっていた。

「あぁ、そう言えば…今日ユアン様がアルをお風呂に入れるとか言ってましたよ」

「え…?」

「もう四日も入っていませんからね。傷も少しはよくなってきたから、一度お風呂に入れてサッパリと──」

「ちょ、ちょっと待った!」

「……………?」

「それって…俺がユアンと一緒に入るってことか…?」

「えぇ」

「裸で?」

「もちろん。緊急事態を除き、お風呂に服を着て入る人はいないでしょう?」

「……………!」

「アル…?」

「お、俺…一人で入る……ってか、自分の部屋に戻る。もう歩けるようになったし──」

「それはダメですよ」

「何でだよ?」

「傷の手当てはどうするのです?」

「それくらい自分でやれるって。薬箱さえ渡してくれたら」

「背中の傷は?」

「…う…せ、背中の傷は……」

 顔と体の前面は自分でできても、背中の傷の手当てまでは無理だ。

(け、けど…一緒に風呂に入るリスクを考えればだな──)

 傷の手当てをしてもらっている以上 裸は見られているわけで…今更リスクというのも変な話なのだが、アルは何故か一緒に入ることだけは躊躇った。

「い、いいって…背中は放っときゃ──」

「ダメですよ、アル」

 言おうとしていることを察し、セロンが即 却下した。

「もう少し、ユアン様の傍にいなさい。あなたの為にもユアン様の為にも、それが一番いいのです」

(そして、そのままずっとこの部屋にいればいい…)

 そんな言葉を、セロンは心の中で付け足した。その想いはアルには分からなかったが、セロンの言い分を覆すだけの正しい理由はなく…結局アルは彼の言葉に従うしかなかったのだった。

「じゃ、じゃぁ…風呂だけは一人で入るからな!」

 そう言うと、有無も言わせずさっさとシャワールームに消えていき、セロンは閉められたドアに向かって、〝しょうがないですねぇ…〟 と困ったような溜め息を付いたのだった。


 それからしばらくしてユアンが帰ってくると、ちょうどお風呂から上がったアルがセロンに薬を塗ってもらっている所だった。

 朝より元気な姿に、ユアンは安心した。

「なんだ、もう風呂に入ったのか。もう少し待っていればオレが一緒に入ってやったのに」

「だ、だから一人で入ったんだよ」

「何も今更 恥しがることないだろう?」

「なっ…何バカな事言ってんだ…お、俺は──」

「傷の状態も見ておきたかったんだがな…」

「……………!」

「まぁ、それだけ元気で風呂に入れるのなら問題はない…か?」

「あ、あぁ…もう、大丈夫だよ…」

「そうか…」

 始めこそ軽い口調だったが、もともとは自分の体を心配してくれているのだと知り、尚且つ、〝それならいい〟 というような笑みを見せたから、アルも一気に反発する気がなくなった。

「あ、ありがとな…」

「…うん?」

「手当てだよ…俺が寝てる時に手当てしてくれてたんだろ?」

「あぁ、その事か。当然の事だ」

「当然って……いくら責任感じたからって、次期国王がすることじゃねーと思うんだけど…」

「そうか? どんな立場で、どんな状況であれ、愛する者を手厚く看病したいと思うのは当然の事だと思うがな?」

「……あ、愛す…って……またそんな………」

 二度目とはいえ、こうもサラリと言われると何と答えていいのやら…。

 以前より胸が騒がしい事に焦りながらも、アルはとにかく話を逸らそうと、別の事を切り出した。

「あ…そ、そういやよ…おまじないって何なんだ?」

「おまじない?」

 急に話題が変わったのはもちろん、言っている意味がよく分からなかったユアンは、そう繰り返すと共に 〝何のことだ?〟 とセロンに視線を向けた。

「アルが寝ている時に傷の手当てをして、そのあとにするおまじないのことですよ」

 セロンがそう説明すると、ユアンも 〝あぁ〟 と理解した。

「おまじないに興味があるのか、アル?」

「あぁ…。だって、痛みが消えるおまじないだろ? 夢の中でもその痛みが消えたから、現実でも効くと思ってよ…」

「そうか。──よし、なら目を閉じていろ」

「目? 何でだよ…目ぇ閉じたら見えねーじゃねーか…」

「見えなくても分かるものだ」

「……………?」

 〝いいから閉じていろ〟 と目で言われ、仕方なく目を閉じたアル。ややあって、ユアンがアルの顔をそっと両手で包み込むと、少しだけ上を向かせた。その仕草に一瞬ドキッとしたアルが反射的に身を怯ませたが、

「このままジッとしていろ。目を開けたり途中で途切れたりしたら、このおまじないの効果はないからな」

 そう言われ、アルは少しの緊張感を感じながら 〝分かった〟 と頷いた。──とその直後。

「……………!?」

 夢の中と同じものを感じて驚いた。額や瞼の上、それから頬…順番に下りてくる綿のような柔らかい感触。痛みを吸い取ってくれるような心地いい感覚に体から力が抜けていく。

 素肌に受けるその感覚がユアンの唇だと分かったのは、一番敏感な唇の近くに触れた時だった。驚くと共に更に強い衝撃が心臓に響き、アルは慌ててユアンを突き放した。

「な…なな、何すん──」

「動くなと言っただろう? おまじないが効かないぞ?」

「そ、それがおまじないかよ!?」

「ガーゼや包帯の上からキスすると、それまで痛がっていたお前の顔が少しずつ安らかな寝顔に変わっていった」

「……………!」

「まぁ…口の中まで 〝おまじない〟 ができなかったのは残念だがな」

「─ !」

 本気か否かそう言うと、ユアンは 〝オレも風呂に入ってこよう〟 とシャワールームに消えて行った。

 傷口に塗りこんだのは塩ではなくユアンの愛情。下心なく純粋に痛みが消えるようにと願ってしてくれたことに、アルは先ほど突き放した事を申し訳ないと思ったのだが…。楽しそうに言った最後の言葉に、その思いも吹き飛んでしまった。

 アルは、既にこの場にいないユアンの代わりにセロンを睨んだ。

「セ…ロン…こうなると知って、ユアンに聞けって言ったんだろ?」

 こうなるというのは、言葉で説明するのではなく実践で教える…という意味だ。そう問えば、セロンはニッコリと微笑んで答えた。

「もちろんです」

「何で──」

「アル」

 アルの言葉を遮ったセロンの顔から笑みが消え、とても真剣な表情に変わった。

「認めてしまいなさい」

「あ…な、何がだよ?」

「あのおまじないで痛みが消えた事実…そして心地良いと感じた事実。その理由を認めてしまえばいいのです」

「理由って…」

「きっと、そのおまじないは誰がしても効くというものではないと思いますよ?」

「……………!」

 アルは、何か核心に触れられたような気がして動揺した。それ以上の言葉は何も出てこない。そんなアルを見て、セロンは優しく微笑むと、再び同じ言葉を繰り返した。

 〝認めてしまいなさい〟

 それは、その後のアルの中で呪文のように繰り返されるのだった。

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